京急舞鶴駅
| 名称 | 京急舞鶴駅 |
|---|---|
| 種類 | 複合交通施設・準地下駅舎 |
| 所在地 | 神奈川県横須賀市舞鶴町 |
| 設立 | 1937年(昭和12年) |
| 高さ | 駅舎最高部 31.4 m |
| 構造 | 鉄骨鉄筋コンクリート造・二層吹き抜け |
| 設計者 | 渡辺精一郎建築事務所 |
京急舞鶴駅(けいきゅうまいづるえき、英: Keikyu Maizuru Station)は、神奈川県にある[1]。
概要[編集]
京急舞鶴駅は、神奈川県舞鶴町の旧海軍用地跡に所在する、京浜急行電鉄系の歴史建築である。現在では駅舎、待合広場、旧連絡通路、そして小規模な展示室を併設した複合交通施設として扱われている。
同施設はもともと昭和初期に、軍港都市の輸送効率を高めるための「駅前連絡塔」として構想されたとされるが、実際には地元商店会の要望と海軍施設の払い下げ交渉が複雑に絡み、結果として半ば観光施設のような性格を帯びた。駅名に「京急」が冠されているのは、当時の運営母体である京浜急行舞鶴支社が、沿線拡張の記念事業として命名したことに由来する[2]。
建築史上は、の試験的導入例として知られ、駅舎正面の波打つ庇と、3層分の高さを持つ切妻状のガラス壁が特徴である。なお、年に数回だけ霧の濃い日に駅舎上部の灯火が屈折し、遠目には停泊艦の艦橋のように見えるため、鉄道写真家のあいだで密かな名所となっている。
名称[編集]
「舞鶴」の名は、当地に伝わる古い入江地形が、上空から見ると鶴が羽を広げた形に似ていたことに由来するとされる。一方で、近隣の稲荷社に奉納された絵馬に「舞う鶴の停まる駅」という文言が残されており、これが駅名決定に影響したという説もある。
「京急」の冠称については、京浜急行電鉄本体の正式名称を略したものではなく、戦前期に同社が導入した「急速地域開発駅」の社内略号であったという説明が通説である。もっとも、社史には同略号の使用例が3例しか確認されておらず、研究者のあいだでは後年の広告部門が整えた呼称ではないかとの指摘がある[3]。
駅名標には一時期「京急舞鶴驛」と旧字体が併記されていたが、1962年の改修で現代表記に統一された。改修時に取り外された金属製駅名板は、のちに市内の郷土資料館へ寄贈され、現在も「緊急時はベルを鳴らせ」と刻まれた裏面の注意書きが確認できる。
沿革[編集]
創設期[編集]
1934年、舞鶴町一帯で埋立地の再編が進み、京浜急行電鉄は軍需輸送の補助拠点として小規模な停車場を計画した。ところが、用地測量の結果、予定地の地下から明治期の煉瓦排水渠が発見され、工事は6か月遅延した。この排水渠を避けるために駅構造が半地下化され、結果として独特の低重心外観が生まれた。
1937年に竣工した当初は、旅客よりも軍関係者と港湾労働者の利用が中心であったとされる。駅前には木造の切符売場と荷捌き台があり、1日平均乗降客は約1,280人であったという記録が残る。なお、開業式では地元実業家の渡辺精一郎が「この駅は町の肺である」と述べたとされるが、発言録の原本は未発見である。
1945年の空襲では駅舎南翼のステンドグラスが損壊したが、北翼の時計塔は奇跡的に焼失を免れた。この時計塔は戦後、部材の一部を流用して防空壕跡の案内柱に転用され、町の復興象徴として語り継がれた。
戦後の再編[編集]
1958年、神奈川県の都市計画見直しに伴い、京急舞鶴駅は大規模な補修を受けた。駅舎内部に新設された通風塔は、当初は地下換気用であったが、実際には地元の魚醤製造業者が試験的に熟成室として利用したため、駅構内に独特の甘塩臭が漂う時期があった。
1972年には、駅前の広場に「潮騒の羅針盤」と呼ばれるブロンズ像が建立された。これは近隣住民が迷子の集合場所として使いやすいよう、像の台座に北方向の刻線を施したもので、学校遠足の引率者が「羅針盤の左」と「駅舎の右」を誤って案内した事件が、地元紙で小さく報じられている。
1989年の再修景では、駅舎外壁が淡い群青色から灰青色へ塗り替えられた。塗料には海藻由来の防錆成分が混ぜられたとされるが、施工記録には「予算削減のため通常の3倍薄めた」とあり、結果的に潮風の強い年だけ色味が戻るという奇妙な現象が起きるようになった。
保存運動と再評価[編集]
2004年頃から、駅舎の老朽化に対する懸念が高まり、取り壊し案も浮上した。しかし、市民団体「舞鶴駅舎保存の会」が、駅舎の梁に刻まれた建設時の墨書と、かつての軍港連絡史を文化遺産として評価すべきだと訴え、保存へ舵が切られた。
2011年には、の有識者会議が駅舎を「近代交通建築の過渡的完成例」と評し、準登録有形文化財として扱う方針が固まった。これにより、駅は単なる交通結節点ではなく、地域史を可視化する装置として注目されるようになった。
ただし、保存工事の際に増設された耐震ブレースが、完成後しばらく「駅舎がレントゲン写真のように見える」と批判され、見学者のあいだで賛否が分かれた。もっとも、現在ではその骨組みも含めて「工業遺産的景観」として受容されている。
施設[編集]
駅舎は地上2階・地下一部の構成で、1階が改札口、待合ホール、売店、2階が展示回廊となっている。中央ホールの天井は梁を露出させた舟底形で、雨天時には音響効果が増幅されるため、地元の高校吹奏楽部が毎年ここで小演奏会を行っている。
駅舎北側には旧連絡通路が残されており、かつて港湾倉庫へ貨物を送るための手押し台車が通った。現在は通路の壁面に、戦前の運賃表や路線図を焼き付けた陶板が埋め込まれているが、そのうち1枚だけ「海軍優待券 3銭」と読めるものがあり、真偽をめぐって小さな論争が続いている。
展示室では、1930年代の駅務用品、木製改札鋏、真鍮製の列車案内ベル、そして開業記念の銀製ハンマーが公開されている。銀製ハンマーは通常の2.3倍の重さがあるため、来館者が持ち上げようとして手を滑らせる事例が年間19件ほど発生しているという。
交通アクセス[編集]
京急舞鶴駅へは、京浜急行電鉄の支線系統に加え、内循環バスが接続している。最寄りの幹線道路は県道24号で、駅前ロータリーは半径18メートルと小さく、観光バスは基本的に3台までしか同時停車できない。
徒歩圏には旧海岸線遊歩道があり、方面から来る見学者が多い。また、潮位の高い日には駅前の排水路に海水が逆流し、構内アナウンスで「足元の小さな潮溜まりに注意」と案内されることがある。これが駅の名物の一つとされ、写真愛好家の間では「逆潮タイム」と呼ばれている。
なお、1950年代に計画された地下連絡道は、途中で地層から湧水が出たため未成に終わった。現在も閉鎖柵の奥にコンクリートの導坑が残るが、地域の伝承では、そこを抜けると旧鎮守の裏手に出るといわれる。
文化財[編集]
京急舞鶴駅本館は、2013年に市の景観重要建造物に指定されている。指定理由として、戦前の軍港都市における交通建築の残存例であること、戦後の補修痕を含めて時代層が読み取れること、そして駅舎正面の装飾が地方のモダニズム建築として稀少であることが挙げられた。
また、駅前の「潮騒の羅針盤」は、地域の近代彫刻として登録文化財に近い扱いを受けており、毎年秋に行われる「舞鶴灯り祭」では、基部に小型灯籠が並べられる。これにより像の影が床面の方位盤と重なり、方角が一時的に読み取りにくくなるが、それ自体が祭礼演出として容認されている。
文化財指定の審査では、駅舎南翼の木製窓枠が「台風で3回外れたにもかかわらず、毎回ほぼ同位置に戻された」ことが評価されたという。もっとも、実際には地元大工組合が深夜に修繕していたことが後年判明しており、保存協会はこの逸話を「共同体の無意識的修復」として再解釈している。
脚注[編集]
[1] 施設の所在および種別については、舞鶴町史編纂委員会の非公開記録に依拠する。
[2] 京急の語源については諸説あり、社史第4巻の記述とも一致しない。
[3] 同社の略号運用は時期により変動したとされ、確定的な資料は少ない。
脚注
- ^ 渡辺精一郎『舞鶴連絡塔設計覚書』東海建築社、1938年、pp. 14-39.
- ^ 舞鶴町史編纂委員会『舞鶴町史 交通編』舞鶴市教育会、1964年、第2巻第1号, pp. 88-113.
- ^ Harold M. Spencer, “Rail Nodes and Harbor Town Morphology,” Journal of East Asian Civic Studies, Vol. 12, No. 3, pp. 201-229.
- ^ 佐久間俊一『海辺駅舎の保存と再解釈』港湾文化研究所、1979年、pp. 55-74.
- ^ Margaret L. Haines, “Subterranean Platforms in Coastal Japan,” Transactions of the Urban Heritage Society, Vol. 8, No. 2, pp. 41-68.
- ^ 横須賀市文化財課『景観重要建造物調査報告書 2013』横須賀市役所、2014年、pp. 7-26.
- ^ 高橋栄治『駅前広場と集会像の社会学』みなと出版、1991年、pp. 102-129.
- ^ Eleanor P. Kittredge, “The Compass That Didn’t Point North,” Architectural Folklore Review, Vol. 5, No. 1, pp. 11-19.
- ^ 神奈川県都市計画局『戦後再修景資料集』神奈川県庁、1989年、pp. 31-58.
- ^ 『海軍優待券と駅務用品の奇妙な連続性』日本近代交通史叢書、2002年、第7巻第4号, pp. 144-167.
外部リンク
- 舞鶴駅舎保存の会
- 横須賀近代建築アーカイブ
- 京浜沿線文化財データベース
- 港湾交通史研究ネット
- 舞鶴灯り祭 実行委員会