修学旅行の五輪競技化
| 分類 | 学校行事、地域振興、擬似スポーツ |
|---|---|
| 発祥 | 1972年頃、京都・大阪間の教育旅行研究会 |
| 主催 | 学校、旅行会社、自治体文化課の合同実行委員会 |
| 競技数 | 正式12種・準正式8種 |
| 採点方式 | 団体行動点、礼儀点、土産調達点などの合算 |
| 象徴色 | 赤白青の三色旗に黄の補助線 |
| 最高記録 | 1989年に奈良市内で124.6点 |
| 廃止状況 | 全国統一化は未達、一部で慣習として残存 |
修学旅行の五輪競技化(しゅうがくりょこうのごりんきょうぎか)とは、およびのを、競技になぞらえて採点・表彰する制度的遊戯の総称である。主に後期の教育行政と民間旅行業界の接点から生まれたとされ、のちに一部地域で実施要領が整備された[1]。
概要[編集]
修学旅行の五輪競技化は、修学旅行の行程を複数の競技目標に分解し、班ごとに得点を競う教育行事である。見た目はのような華やかさを持つが、実態はの厳守、での所作、での購買効率など、学校生活特有の規律を競技化したものである。
この発想は、初頭に後の「集団移動の再評価」を掲げる教育関係者の間で広まったとされる。とくに内の旅行業者が作成した「行程を競技化したほうが遅刻が減る」という内部資料が、後年の制度化に影響したと指摘されている[2]。
歴史[編集]
前史: 行事点の時代[編集]
前史は40年代の「行事点」制度にさかのぼるとされる。当時、およびの一部私立校では、修学旅行の班ごとに遅刻、忘れ物、集合写真の整列美を別々に採点する試みがあった。これがのちに「競技化」の萌芽とみなされた。
1968年にはの教育委員会資料に「修学旅行は学習指導要領の外縁にあるため、娯楽性を数値化しないと教員の労務が説明不能になる」との記述が残されている。もっとも、この文言は当時の担当者がのインクをこぼした跡を読み誤った可能性も指摘されている[3]。
制度化と初期大会[編集]
制度化の契機は、1972年の「」である。会場は北区の旅館「錦橋荘」で、学校関係者34名、旅行会社11社、地元観光協会2団体が参加したとされる。ここで「競技ごとに学習効果を可視化する」という案が採択され、同年秋にで試行大会が行われた。
初回の正式競技は、、、の三つであった。優勝校はの県立高校とされるが、記録簿の大半がの汁で判読不能であるため、確定していない。なお、この大会で審判を務めたのは元職員が多く、笛の吹き方がやけに厳格だったという。
黄金期[編集]
1980年代前半から中頃にかけて、修学旅行の五輪競技化は一部地域で黄金期を迎えた。とくに、、では、教育委員会が「旅先学習の質保証」を名目に、標準競技表を配布していた。競技は12種目に増え、得点は100点満点から開始したが、団体写真の構図が良いと加点される独自方式のため、上位校はしばしば100点を超えた。
1984年の京都大会では、での移動速度を競う「石段リズム走」が話題となった。最速記録は2分14秒であるが、計測時に一名の生徒が販売列へ吸い寄せられたため、公式記録には「参考値」と付記された。これをめぐっては、旅行会社側が「購買も学びのうち」と主張し、教員側が「財布の開き方まで競技にするのか」と反発した。
衰退と再評価[編集]
に入ると、過密な行程管理と安全対策の強化により、競技化は徐々に簡素化された。とくに以降は、後の防災意識の高まりから、走行競技よりも避難誘導点の比重が増した。これにより、かつての華やかな採点競技は「教育的には正しいが、体力的には昭和すぎる」と評された。
一方で、頃から一部の進学校や私立中学で再評価が進んだ。理由は、スマートフォン持参の禁止により、班の連絡手段が再び紙のタイムテーブルに戻ったためである。これが結果的に「紙の時代の競技性」を呼び戻し、の複数校で復刻版が試行された。
競技種目[編集]
正式種目は時期によって異なるが、全国共通の「準標準12種目」が存在したとされる。採点はの簡易基準に基づき、礼儀、時間管理、学習量、購買効率、班内協調の5軸で行われた。
なかでも人気が高かったのは、史跡での説明をどれだけ自然に聞いているかを測る「傾聴の間合い」と、駅弁を食べ終えるまでの静粛性を競う「車中沈黙スプリント」である。後者はの車内販売員から「静かすぎて逆に不安になる」と苦情が寄せられたという[4]。
主な種目[編集]
団体行動系[編集]
団体行動系には「集合号令の同期率」「バス降車後の整列速度」「引率教員との視線一致率」などがあった。とくに「整列速度」は、1班8人編成を標準とし、7.8秒を切ると満点とされた。あるの中学校では、男子班が帽子を落としながらも整列の美しさで優勝したため、以後は帽子も評価対象に含められた。
この系統の競技は、見た目には地味であるが、現場では最も熱心に研究された。教頭会の資料によれば、整列角度の誤差0.5度が学年全体の士気に与える影響は「想像以上に大きい」とされている。
文化体験系[編集]
文化体験系では「拝観マナー」「展示物前の滞留美」「解説板を読んだふりの自然さ」などが競われた。とくにを模した会場で行われた「沈黙の深さ」競技は、声量ではなく呼吸音の小ささで採点されるため、優勝者が「ほぼ無音だった」と記録されている。
また、陶芸体験を競技化した「ろくろ安定度」は、作品の完成度よりも手元の震えの少なさが重視された。ここで高得点を取る生徒は、たいてい朝食のを飲み過ぎていたという。
購買・土産系[編集]
最も議論を呼んだのが購買・土産系である。「土産予算の配分」「列の待機時間」「割れ物の生存率」が得点化され、財布管理能力が直接評価された。1987年の大会では、鹿せんべいを誰が最後まで温存できるかを競う「保存戦」が追加され、試合中に3班が自ら餌付けに転じたため無効試合となった。
この種目は、教育的合理性と商業主義の境界を最も曖昧にした。旅行会社の広報誌には「買いすぎも買わなすぎも学びの損失」と記されているが、学校側はしばしば「予算超過こそ反省材料」として別扱いにした。
社会的影響[編集]
修学旅行の五輪競技化は、学校現場に独特の言語を残した。たとえば「今日は入場行進の気持ちで歩く」「班の速度が五輪級である」といった表現が、の一部中学校で慣用句化したとされる。また、旅行中のトラブルを「失点」ではなく「改善種目」と呼ぶ文化が生まれ、教員間の報告書は妙にスポーツ寄りの文体になった。
一方で、過度な競争が子どもの疲弊を招いたとの批判もあった。特に後半、保護者から「観光なのか予選会なのか分からない」との苦情が増え、自治体の教育課に問い合わせが相次いだ。もっとも、当時の担当者は「予選会ではないが、再来年には宿泊部門の改定がある」と答えたとされ、説明になっていない。
批判と論争[編集]
最大の論争は、競技化が学習効果を高めたのか、それとも単に教員の管理欲を可視化したのかという点である。の研究班は、1993年に「競技化された修学旅行群」と「通常型修学旅行群」を比較したが、統計上の有意差はわずかであった。ただし、競技化群のほうが帰宅後の洗濯物の畳み方まで丁寧だったという観察結果が付記されている[5]。
また、採点の公平性も問題となった。審判の一部は地元の紹介で集められていたため、「団体写真の笑顔に地元愛が含まれていた場合は加点」という不可思議な基準が存在したという。これについては、後年になっても「観光公害を避けるための知恵だった」と擁護する声と、「単なるご当地贔屓である」とする声が並立している。
現在[編集]
現在では、全国的な制度としてはほぼ姿を消したものの、の一部私立中学、の公立校、近郊の進学塾提携校などで、年1回の「準五輪」形式が残っているとされる。内容は大幅に簡略化され、採点も記念スタンプの数や集合写真の余白で代替されることが多い。
なお、近年はとの接続も試みられ、タブレット端末で行動ログを取る「デジタル行進種目」が導入された。もっとも、端末の電池切れが多発したため、結局は紙のしおりが最強という結論に落ち着いたという。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『修学旅行競技化論―集団移動と評価の近代史―』東洋教育出版社, 1994.
- ^ 松浦久美子「近畿圏における学校行事の得点化」『教育行政研究』Vol.18, No.2, pp. 44-67, 1981.
- ^ H. Thornton, Margaret A. “Competitive Excursion Systems in Postwar Japan” Journal of Comparative School Travel, Vol. 7, No. 1, pp. 3-29, 2002.
- ^ 小西宏樹「修学旅行における整列行動の審判化」『学校文化学報』第12巻第4号, pp. 88-101, 1987.
- ^ Abe, Jonathan K. “The Medalization of Educational Tourism” Asian Pedagogy Review, Vol. 21, No. 3, pp. 110-136, 2010.
- ^ 京都修学旅行研究会『昭和四十七年 競技行程標準案』京都教育資料刊行会, 1972.
- ^ 高橋里奈『班別自由行動の倫理と採点』みやこ学術叢書, 1998.
- ^ 村瀬一成「土産購買率と学習満足度の相関について」『観光教育季報』第9巻第1号, pp. 19-35, 1990.
- ^ 鈴木ゆり『無音の学習史――沈黙競技の成立』南窓書房, 2006.
- ^ Carter, Elaine P. “Uniformity, Compliance, and the School Trip Olympiad” Education and Leisure Studies, Vol. 15, No. 4, pp. 201-222, 2016.
- ^ 田島聡『修学旅行の五輪競技化と地域経済』関西観光大学出版局, 2013.
- ^ 『なぜか七種目めが増える 修学旅行採点規定集』北港教育図書, 1989.
外部リンク
- 日本修学旅行審判協会
- 近畿教育旅行アーカイブ
- 学校行事競技化資料館
- 旅程採点研究センター
- 全国準五輪行事保存会