俺ックスバッファローズ
| 名称 | 俺ックスバッファローズ |
|---|---|
| 読み | おれっくすばっふぁろーず |
| 英語表記 | Orex Buffaloes |
| 起源 | 1978年ごろの大阪府内の放送実験 |
| 活動地域 | 大阪府、兵庫県南東部、京都府南部 |
| 関係組織 | 近畿放送文化協議会、関西自己宣言応援連盟 |
| 主な媒体 | 中継車、球場内アナウンス、深夜ラジオ |
| 象徴 | 角付きの橙色帽子 |
| 標語 | 俺であれ、しかし団体であれ |
俺ックスバッファローズ(おれっくすバッファローズ、英: Orex Buffaloes)は、を中心に展開された自己同一性拡張型の文化運動、ならびにそれを母体として成立したとされる半公式の応援共同体である。後半に内の放送局との共同実験から派生したとされ、のちに系の企業文化と結び付けられた[1]。
概要[編集]
俺ックスバッファローズは、自己申告によって「自分をチーム化する」ことを目的とした文化現象である。通常の応援団と異なり、参加者は選手を応援する前に自分自身へ向けてコールを行う点に特徴がある。
この運動は、の周辺で行われた公開収録の失敗から生じたとされる。収録機材の誤作動により、司会者の「オレ、バッファローズ」という言い淀みが会場全体に拡散し、その場にいたの技術者が「語尾を固定すれば新しい応援様式になる」と判断したことが始まりである[2]。
定義と性格[編集]
俺ックスバッファローズは球団名そのものではなく、個人の自己表明をチーム所属のように演出する言語装置であるとされる。初期の研究では、時点で参加者の約37%が「本当に所属している気分になる」と回答したが、残りの63%は単に帽子が派手だったため協力しただけと分析されている[3]。
名称の由来[編集]
「俺ックス」はの語感を借用しつつ、「俺」と「axis」を混ぜた造語であるという説が有力である。ただし、の言語社会学者・渡会順三は、同語は実際には54年のカセットテープ編集表記「OREX BUFFALOES」が、早口の関西弁で「俺っすバッファローズ」と聞こえたことに起因すると指摘している[4]。
歴史[編集]
誕生期[編集]
、の臨時スタジオで、深夜番組『こちら関西応援改造室』の収録中に、マイクの位相ずれが発生した。これにより、出演者の発声が観客の拍手よりも先に増幅され、結果として「俺ックスバッファローズ」とだけ聞こえる奇妙な反復音が生まれたとされる。番組ディレクターの松永義弘は、これを事故ではなく「大阪的な自己増殖の兆候」と記録している[5]。
拡張期[編集]
にはのライブハウス3会場で「俺ックス宣言大会」が同時開催され、延べ1,420人が参加した。参加者は互いの職業や年齢を名乗ったあと、最後に必ず「しかし俺である」と付け加える規則を守ったため、会場内の名札消費量が通常の2.8倍に達したという。なお、同年の記録映像には、応援よりも名札の貼り替えに熱中する様子が多く残っている[6]。
制度化[編集]
、の球場運営側は、俺ックスバッファローズの参加者が入場券を示さずに「自分は実質的に内野席である」と主張する事例が増えたことを受け、限定的な公認制度を導入した。これにより、胸章を1枚提示すれば3人まで「連帯入場」できる仕組みが成立したが、週末にはしばしば胸章だけが先に列を成してしまう問題が生じた[7]。
運動の特徴[編集]
俺ックスバッファローズの応援では、拍手・足踏み・自己紹介の三拍子が基本とされる。特に「自己紹介の途中で打席が終わる」ことが美徳とされ、長く語りすぎる者は「個人主義が強すぎる」として軽く冷笑された。
また、参加者は橙色の角付き帽子を着用することが推奨されるが、この帽子は実際にはの試作品ケースを改造したものであり、当初は社内で「着用すると少しだけ自信が出る収納具」として登録されていた。後年、この帽子は沿線の土産物店で年間約9万2,000個売れたとされるが、半数以上は植木鉢として転用されたとの報告がある[8]。
コールと応答[編集]
最も有名な掛け声は「俺、俺、俺ックス」であるが、地域によっては「わたし、わたし、俺ックス」と変化する。とくに南部では丁寧語化が進み、「おれでございます、バッファローズ」とまで変形した例が記録されている。これは文化庁ではなく、地元の自治会が独自に分類したものである[9]。
装束と小物[編集]
象徴的装束である角付き帽子のほか、参加者は白い軍手の片方だけにの路線番号を書き込む習慣がある。これは「自分の進路を先に決める」という意味を持つとされるが、実際には観客席で手袋を紛失した際、左右を区別しやすくするための実務的工夫だったともいわれる。
社会的影響[編集]
俺ックスバッファローズは、の応援文化に「自己を名乗ることは集団に参加することと矛盾しない」という価値観を広めたとされる。これにより、学校行事や商店街の福引大会でも「俺であること」を先に宣言する慣習が一部で流行した。
一方で、後半には自己同一性の強調が過剰になり、会議で発言するたびに「本日の議題は俺です」と述べる会社員が増えたため、が注意喚起を出したという記録がある。もっとも、この文書は内部資料であり、実在性には疑義がある[10]。
メディアへの波及[編集]
深夜ラジオ番組『・アフターバッティング』では、俺ックスバッファローズの口調が若者言葉として採用され、1回の放送で平均14回の自己言及があった。リスナー投稿の中には「自分を応援し始めたら、親も少しだけ見直した」とするものがあり、社会学的効用があると誤認された。
教育現場への侵入[編集]
にはの中学校で、生徒会選挙の立候補者が全員「俺ックスバッファローズの精神に則る」と演説し、投票用紙の記入欄に自画像を描く事案が相次いだ。学校側は再発防止策として、選挙期間中のみ廊下での自己紹介を30秒に制限した。
批判と論争[編集]
批判の中心は、俺ックスバッファローズが集団応援の形式を借りながら、実際には個人の感情を過度に肥大化させる点にあった。とりわけの「一塁側自己主張事件」では、観客約200人が同時に自分の方が主将にふさわしいと宣言し、試合開始が18分遅れた。
また、地方版に掲載された「角付き帽子は都市の迷信ではないか」とする投書をきっかけに、文化人類学者・宮原真理子が公開討論を行ったが、討論の最終盤で両者とも「結局俺である」という結論に達したため、論争は実質的に収束したとされる。なお、この討論会の録音は一部でしか確認されていない[11]。
自治体との摩擦[編集]
は一時期、街頭での自己宣言を拡声器使用と同等に扱う方針を検討したが、角付き帽子の着用者が公園内に自然発生的な応援席を作り始めたため、条例化は見送られた。代わりに「通行の妨げにならない範囲で俺であることを表明してよい」とする緩やかな運用指針が通知された。
主な人物[編集]
俺ックスバッファローズの形成には、放送技術者、球場運営者、そして深夜ラジオの常連投稿者が深く関与したとされる。中心人物としては、放送ディレクターの松永義弘、言語社会学者の渡会順三、帽子改良を担当した金沢亜紀子の3名が挙げられる。
ただし、金沢については資料ごとに所属が、、あるいは「家業の裁縫店」と揺れており、研究史上の典型的な要出典事項となっている。いずれにせよ、彼女が帽子の内側に小さな応援用ポケットを追加したことだけは、複数の証言で一致している[12]。
松永義弘[編集]
収録事故を最初に肯定的に解釈した人物である。彼のメモには「失敗は形式を越える」とだけ書かれており、この一文が後年の運動理論の原型になったとされる。
渡会順三[編集]
の助教授として、自己言及表現の拡散を研究した。彼は論文の中で俺ックスバッファローズを「応援のふりをした自己確認儀礼」と定義したが、査読者の一人が本当にその場にいたかは不明である。
脚注[編集]
[1] 俺ックスバッファローズ研究会編『関西自己宣言文化史序説』 [2] 近畿放送文化協議会『昭和五十三年度公開収録事故報告書』 [3] 宮原真理子「自己応援の計量的分析」『地域文化年報』Vol. 12, pp. 44-59. [4] 渡会順三「OREX表記の音韻転倒について」『京都社会言語学研究』第8巻第2号, pp. 11-27. [5] 松永義弘『深夜番組と偶然の演出』関西放送出版, 1986年. [6] 神戸応援文化資料室『俺ックス宣言大会記録集 1984』 [7] 西宮球場運営部『連帯入場制度試行要領』内部文書. [8] 角付き帽子普及協会『平成四年度販売実績報告』 [9] 京都南部自治会連合『応援用語の丁寧語化に関する覚書』 [10] 大阪商工会議所『職場内自己宣言の過剰使用に関する注意』 [11] 朝日新聞大阪本社文化部「角付き帽子をめぐる公開討論」1993年4月17日付地方版. [12] 金沢亜紀子『帽子の内側に何を置くか』大阪工業技術研究所紀要, 第21巻第1号, pp. 3-9.
補足[編集]
一部資料では、俺ックスバッファローズの初出はとされるが、これは録音テープの回転速度が誤って再生された結果であるという説がある。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 俺ックスバッファローズ研究会編『関西自己宣言文化史序説』近畿文化書房, 1998年.
- ^ 松永義弘『深夜番組と偶然の演出』関西放送出版, 1986年.
- ^ 宮原真理子『自己応援の計量的分析』地域文化年報 Vol. 12, pp. 44-59.
- ^ 渡会順三『OREX表記の音韻転倒について』京都社会言語学研究 第8巻第2号, pp. 11-27.
- ^ 金沢亜紀子『帽子の内側に何を置くか』大阪工業技術研究所紀要 第21巻第1号, pp. 3-9.
- ^ 西宮球場運営部『連帯入場制度試行要領』西宮球場資料室, 1991年.
- ^ 近畿放送文化協議会『昭和五十三年度公開収録事故報告書』同協議会刊, 1979年.
- ^ 神戸応援文化資料室『俺ックス宣言大会記録集 1984』神戸文化アーカイブズ, 1985年.
- ^ 大阪商工会議所『職場内自己宣言の過剰使用に関する注意』大阪商工会議所報, 1999年.
- ^ 山田圭介『関西の応援儀礼と自己表明』文化社会学レビュー 第14巻第3号, pp. 201-218.
外部リンク
- 関西応援文化アーカイブ
- 近畿放送史デジタル館
- 自己宣言研究センター
- 大阪ローカル文化年表
- 角付き帽子保存会