営団05系電車
| 正式名 | 営団05系電車 |
|---|---|
| 通称 | 05系 |
| 製造年 | 1987年 - 1999年 |
| 製造者 | 川崎車輌・日本車両・東京地下工機 |
| 運用者 | 帝都地下鉄営団 |
| 投入路線 | 深層線・環状支線・湾岸試験線 |
| 編成数 | 42編成 |
| 特徴 | 低騒音駆動、車内温度の自動補正、方向幕の三色化 |
営団05系電車(えいだん05けいでんしゃ)は、の地下鉄網において、速度表示器と車内空調を連動させるために設計されたである。もともとは後半にが進めた「可変案内灯実験」の成果として知られている[1]。
概要[編集]
営団05系電車は、の地下鉄史において「最も地味に見えて最も癖が強い車両」として扱われる形式である。外観は系統の流儀を踏襲しているが、実際には乗客の体重分布を検知して座席下の送風量を変えるなど、当時としては過剰ともいえる機能が盛り込まれていた。
また、05系はの試験投入以降、車両ごとに微妙に内装仕様が異なり、同一形式でありながら「A型は冷房が強い」「C型はやたらと扉チャイムが長い」といった口コミ文化を生んだことで知られる。鉄道趣味誌ではしばしば「営団末期の技術的遊び心の集大成」と評されるが、実際には予算折衝の都合で仕様が混在しただけだという説もある[2]。
誕生の経緯[編集]
深層線の騒音対策として[編集]
05系の企画は、にが実施した「深層線騒音白書」に端を発するとされる。白書では、駅間通過時の圧力変動が沿線の古い防空壕跡に共鳴し、商店街の鐘が勝手に鳴る現象まで記録されていたという[3]。このため、設計班のは「車両そのものを静かにするのではなく、騒音の居場所を変える」という方針を提案した。
その結果、台車周辺に“音を逃がすための空隙”を意図的に設けるという奇妙な設計が採用された。これは後に、整備員のあいだで「風が通ると眠くなる車両」と呼ばれる原因になったが、当時の試験では確かに近接騒音が平均2.8dB低下したと記録されている。もっとも、この数値は測定器の置き方が毎回違っていたため、現在では半ば伝説である。
可変案内灯実験の影響[編集]
05系のもう一つの特徴は、車内案内灯が車両速度と連動して点滅する「可変案内灯」である。これは、系の研究所から移籍してきたが、学会発表の余り部品を使って組み上げた試作機が原型であったとされる。車両が加速するほど灯具が白く見え、減速すると緑がかるという仕様で、乗客からは「進んでいる気がする」「帰宅が早く感じる」と好評だった。
ただし、案内灯の制御回路は湿度に弱く、梅雨時には発光の切り替えが1秒遅れることがあった。そのため営団は、沿線のとの一部駅で「曇天運用モード」を導入し、案内放送まで微妙にゆっくり喋らせる実証を行ったとされる。このあたりから、05系は単なる車両ではなく「環境に気分を合わせる装置」として認識され始めた。
車両の特徴[編集]
車内空調と座席連動[編集]
05系の車内空調は、座席占有率だけでなく、乗客の荷物の形状まで推定して風量を変える仕組みを持っていた。たとえばの夏季試験では、旅行鞄の多い列車ほど冷房が強くなり、逆に折り畳み傘ばかりの列車では送風に切り替わるという、現在では考えにくい細密制御が行われた[4]。
この制御は快適性の向上に寄与した一方、通勤ラッシュ時に車内が“静かすぎる”ため乗客同士が妙に目立つという副作用も生んだ。これが原因で、新聞記事において「座席より視線が冷たい電車」と評されたことがある。
三色方向幕と誤認問題[編集]
05系では、前面方向幕にの三色フィルタが用いられ、行先だけでなく列車の気分まで表示する構想があった。通常は白であったが、検査明け初運用や大雨時には橙、重要警備輸送時には青が用いられたという[5]。もっとも、利用者は色の意味を覚えなかったため、結果として「今日は何色の電車か」で朝の会話が成立するようになった。
また、沿線の子どもたちのあいだでは、青幕の05系が来ると試験に受かる、橙幕だと遅刻しないといった迷信が広まった。営団はこれを黙認したが、1990年代後半には受験シーズンに青幕編成の運用要求が殺到し、運用指令所が軽く混乱したと伝えられている。
運転台の妙な簡素さ[編集]
一方で運転台は驚くほど簡素で、非常ボタンの隣に「気分補正」ダイヤルが設けられていたという証言が残る。これは運転士の緊張を和らげるためのもので、実際にはブレーキ初動を0.2秒だけ早める効果があったらしい[6]。ただし、この機能の存在は整備記録と回送中の口伝でしか確認されず、メーカー側の図面には見当たらないため、後年は“営団都市伝説”のひとつとして扱われることが多い。
なお、05系の運転席は夏場でも妙に涼しいことで知られ、若手運転士の研修では「まず帽子を脱がないこと」が最初に教えられたという。
運用と改造[編集]
05系は当初、の主力として投入されたが、のちにやにも転属し、用途ごとに異なる座席配置や案内音が与えられた。特に以降の編成では、車内広告の紙質まで統一され、広告が湿気で波打つと案内音が半音下がるという現象が記録されている。
改造の中でも有名なのは、の「静音強化工事」である。ここではモーター出力そのものよりも、発車時の“ため”を演出する制御が追加され、駅発車時に0.7秒ほど間を置いてから加速するようになった。この仕様は乗客に不評だったが、鉄道写真家には「撮りやすい発車」として支持された。
また、晩年の一部編成には交通局との共同実験で“車内掲示板の文字が走行方向にわずかに流れる”表示装置が搭載された。これは視線誘導に有効とされたものの、朝の混雑時には「文字が逃げる」と苦情があり、半年ほどで撤去された[7]。
社会的影響[編集]
05系は、地下鉄車両でありながら沿線文化に強い影響を与えた点で特筆される。の文具店では、05系の青幕を模した下敷きが人気となり、の模型店では「05系の中間車だけを集める」という偏った収集癖が一部の愛好家に流行した。
さらに、営団が発行した車両パンフレットの余白に印刷された車内温度の推移グラフが、のちにデザイン誌で「昭和末期の情報美学」として再評価された。これにより05系は、単なる交通機関ではなく「温度と光と沈黙を調停する装置」とみなされるようになったのである。
批判と論争[編集]
05系には高い評価がある一方で、当初から「機能を詰め込みすぎて乗客に意図が伝わらない」との批判があった。とりわけ、車内空調と案内灯の相互連動については、利用者の体感と無関係な制御が多く、から「公共交通機関としての説明責任が不足している」と指摘されたことがある[8]。
また、編成ごとの差異が大きかったため、同じ05系でも座席の硬さや扉の閉まる音が異なり、愛好家の間では「A編成派」「G編成派」が分裂した。これは後に、車両そのものより編成番号で議論が荒れるという、非常に営団的な論争として記憶されている。
保存車と評価[編集]
引退後、05系の一部車両は内の教育施設と相当施設に分散保存された。保存車のうち1両は、毎年になると車内冷房が自動的に復活するという不思議な整備が続けられており、地元では「夏を忘れない電車」と呼ばれている。
研究者のあいだでは、05系は「営団が最も自社の余白を表現できた車両」と評されることが多い。もっとも、当時の担当技師であるは晩年の講演で「余白ではなく、帳尻である」と述べたと伝えられ、聴衆を妙に納得させたという。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 高瀬修一『地下鉄車両における可変案内灯の試験研究』鉄道技術資料社, 1990.
- ^ 石井春彦「05系における湿度補正制御の実装」『都市交通工学』Vol. 12, 第3号, pp. 44-61, 1993.
- ^ 帝都地下鉄営団車両部 編『営団05系設計総覧』帝都交通出版, 1994.
- ^ Margaret L. Thornton, "Atmospheric Cues in Subsurface Rolling Stock", Journal of Urban Transit Systems, Vol. 8, No. 2, pp. 101-118, 1996.
- ^ 渡辺精一郎『地下鉄冷房史断章』東京地下文化研究所, 1998.
- ^ 佐伯久美子「発車制御の“ため”に関する一考察」『鉄道運転と人間工学』第5巻第1号, pp. 7-19, 2001.
- ^ Harold N. Keene, "Three-Color Destination Curtains and Passenger Mood", Railway Interface Review, Vol. 4, No. 1, pp. 12-29, 2004.
- ^ 帝都交通資料館 編『保存車両と夏季自動復活機構』帝都資料叢書, 2007.
- ^ 中島あきら『営団末期の車内美学』都心路線社, 2009.
- ^ S. F. Ellington, "The Acoustic Habits of Quiet Subways", Transit Heritage Quarterly, Vol. 15, No. 4, pp. 203-219, 2012.
外部リンク
- 帝都地下鉄資料アーカイブ
- 営団車両研究会
- 地下鉄美学フォーラム
- 都市交通工学データベース
- 保存車両観察会レポート集