巨人戦毎日地上波中継
| 名称 | 巨人戦毎日地上波中継 |
|---|---|
| 別名 | 毎日ジャイアンツ地上波方式 |
| 開始年 | 1987年 |
| 主唱者 | 日本テレビ放送網 編成局・読売放送協議会 |
| 対象 | 読売ジャイアンツ主催・地方開催を含む公式戦 |
| 運用方式 | 全国地上波による準同時放送 |
| 影響 | 視聴習慣、広告枠、ナイター文化 |
| 終了/縮小 | 2004年以降に段階的縮小 |
| 象徴的スローガン | 今夜も巨人、明日も巨人 |
巨人戦毎日地上波中継(きょじんせんまいにちじょうほちゅうけい)は、系の地上波ネットワークにおいて、の公式戦を原則として毎日で放送するという編成思想である。1980年代後半に「夜の全国同時視聴を習慣化する社会実験」として制度化されたとされ、後にとを結びつける象徴的な慣行として語られるようになった[1]。
概要[編集]
巨人戦毎日地上波中継は、の試合を毎晩系ので流すことを前提に編成が組まれる、半ば制度化された放送慣行である。表向きにはスポーツ中継の拡充であったが、実際には「全国の夕食後の時間を同一の話題で統一する」ことを目的に、ごろから各局が密かに導入したとされる[2]。
この方式は、の編成会議室で作成されたとされる「ナイター同時接触計画書」に基づき、からまでの視聴者に同じイニングの同じ空気を届けることを目標にした。なお、当時の資料では「毎日」を厳密な日数ではなく「視聴者が毎晩そう感じる頻度」と定義しており、雨天中止や延長未放送は技術的に「毎日性」の範囲内と解釈されたという[要出典]。
起源[編集]
編成局の偶然の発見[編集]
起源は夏、の仮設スタジオで行われた深夜編成テストにあるとされる。担当だった編成部員が、再放送の穴埋めとして巨人戦のダイジェストを流したところ、翌朝の苦情件数が通常の半分に減少し、逆に広告問い合わせがに増えたため、局内で「試合を毎日置けば、視聴者は内容を覚えなくても帰宅時刻を思い出す」と評価された。
これを受けて系の関係者が「夕刊と同じく、夜も毎日同じ安心感が必要である」と主張し、のスポーツ班と営業班が合同で「巨人戦日刊化委員会」を設置した。委員会はの貸会議室を月2回使用し、1回あたりの会合で「勝敗よりも放送の有無が重要」という結論をまとめたとされる。
制度化と初期運用[編集]
制度化は春の改編期である。編成表には通常の番組名ではなく「G-1」「G-2」などの記号が並び、局内では試合が中止された場合でも番組欄の空白を避けるため、あらかじめの「巨人戦予備文言」が用意されていた。これには「本日は雨天のため、気象が先発投手を務めます」など、やや奇妙な文面も含まれていた。
初回の全国地上波同時中継は、で行われた戦だったとされ、平均世帯視聴率は、ピーク時にはを記録したという。もっとも、局内メモには「視聴率の上昇は試合内容ではなく、夕食の卓上にテレビを向けやすい温度帯に一致したため」と書かれており、当時の担当者はこれを「ナイター気象学」と呼んだ。
運用方式[編集]
毎日地上波中継の運用は、単なる全試合放送ではなく、・・地域別差し替え枠を組み合わせた精密なものだった。たとえばでは試合の6回裏に必ずを2回挿入し、では同時に「打席の意味を考えるコーナー」を10秒だけ入れるなど、地域ごとに微妙な差異があった。
また、編成上の最大の特徴は「巨人戦がある日ほど他局の番組編成が静かになる」という現象である。これは実際には視聴者の移動ではなく、広告代理店が前週の金曜日までに翌週のスポットをまとめて売り切ってしまうためで、の社内資料では「日常生活の背景音としての巨人戦」と記されていた。なお、やへの完全移行案も検討されたが、当時は「巨人戦を地上波から外すと、帰宅ラッシュの意味が消える」として却下された[3]。
社会的影響[編集]
家庭内の時間感覚への影響[編集]
この慣行は、家庭内の時間感覚を著しく変化させたとされる。夕食、入浴、宿題、犬の散歩が「初回放送前」「3回裏」「7回表」「ヒーローインタビュー後」という野球由来の区分で管理され、の系調査では、首都圏の小学生のが時刻を「巨人戦の進行」で答えたという。
特にのある集合住宅では、毎晩8時になると住民が同じベランダ方向を向く慣習ができたため、管理組合がこれを「共同視聴礼」として正式に承認した。記録によれば、最も盛り上がったのはの戦で、9回表に停電が発生したにもかかわらず、近隣の7軒がラジオを持ち寄って試合続行を再現したという。
広告と経済[編集]
経済面では、30秒CMの単価が通常番組の約に跳ね上がり、の3業種が主なスポンサーとなった。とくにには、巨人戦1試合あたりの広告枠が平均しかなく、営業部は「1本売るたびに1打席分の呼吸が整う」と説明していた。
一方で、地方局の中には巨人戦の毎日化により自主制作の枠が圧迫され、とが短文化された地域もあった。これに対し、視聴者の一部からは「道路情報が巨人戦の5回裏に食い込むのは不自然である」との抗議があり、ながら、山陰地方では実際に放送局前に延べが集まったと伝えられる。
批判と論争[編集]
批判は主に3点に集約される。第一に、毎日中継が「試合そのものより中継の存在感を優先している」との批判である。第二に、やの視聴者から「全国一律の熱量が押しつけがましい」との不満が出た。第三に、巨人戦がない日でも予告映像だけで枠を埋めることがあり、これは実質的に「中継の再放送で翌日の中継を宣伝する」循環構造であると指摘された。
また、にはの内部会議で「スポーツ中継の文化的公共性」と「編成の惰性」が同一視されているとして激論が起こり、ある役員が「これは野球ではなく時間割である」と発言したことで議事録が一時封印された。なお、この発言は翌年の局外セミナーで「巨人戦毎日地上波中継の終焉を予告した名言」として引用されたが、当人は「そんな深い意味ではない」と否定している。
衰退と変質[編集]
デジタル化以前の限界[編集]
に入ると、の準備とともに編成思想は変質した。視聴者のチャンネル選択肢が増え、毎日同じ時間に巨人戦を置くことが「安定」ではなく「固定化の圧力」と受け止められるようになったのである。局内ではの時点で既に「巨人戦があるから観る」より「巨人戦があるから避ける」という反応が増えていたという。
それでも完全撤退は遅れた。理由は、地方局の編成表から巨人戦の枠を消すと、その穴を埋めるために再びやが戻ってきてしまい、結果として営業的には巨人戦の方がまだ健全だったからである。そこで各局は「毎日地上波中継」を「準毎日地上波特番」と読み替え、実質的な維持を図った。
最終局面[編集]
最終局面はからにかけてとされる。放送回数は年間からへ減少し、さらに一部はへ移行した。だが、かつて毎晩流れていた「今日も巨人戦」の定型アナウンスだけは残り、末期には試合の実施よりもアナウンス文の更新が重要視されたという。
秋、の会議室で行われた総括では、あるプロデューサーが「毎日やると言ったが、毎日続けるとは言っていない」と発言し、これが後に巨人戦毎日地上波中継史の象徴的な逆説として引用されるようになった。以後、この慣行は完全に消滅したわけではなく、特定の大型連休や日本シリーズ前の“懐古編成”として断続的に復活している。
評価[編集]
放送史の観点からは、巨人戦毎日地上波中継は「スポーツ番組の制作」ではなく「国民的同時体験の設計」として評価されることがある。とくに末期から初期にかけて、都市の夜を均質化したという点では、ニュース速報や気象情報に匹敵する影響力を持ったとされる[4]。
一方で、野球史の側からは、試合そのものよりも中継の都合が語り継がれるという奇妙な結果を残した。現在でも一部の放送人は「巨人戦の記憶とは、勝敗ではなく提供読みとCM明けの音楽である」と述べており、この評価は半ば定説化している。もっとも、当時の編成資料にはしばしば作為的な誇張が見られ、実際の中継数や視聴率には地域差があったとみられる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 村瀬一郎『夜を塗り替えた編成術—巨人戦地上波化の実務』日本放送出版協会, 1994.
- ^ 佐伯真由美「1980年代後半におけるスポーツ中継の同時接触化」『放送研究』Vol.18, No.3, 1998, pp.44-61.
- ^ Harold P. Wexler, "Prime Time and the Ballgame: A Tokyo Case", Journal of Media Schedules, Vol.7, No.2, 2001, pp.101-128.
- ^ 『月刊テレビ編成白書 1987年度版』全国民放編成連盟, 1988.
- ^ 小林圭介『巨人戦と都市の夜—視聴習慣の社会学』青弓社, 2002.
- ^ Margaret L. Henshaw, "Terrestrial Baseball and Domestic Rhythm", Broadcasting Quarterly, Vol.12, No.4, 1999, pp.210-233.
- ^ 高橋美津子「全国ネットにおける“毎日性”の演出」『メディア文化史研究』第5巻第1号, 2003, pp.12-29.
- ^ 『ナイター同時接触計画書』日本テレビ放送網 編成局内部資料, 1986.
- ^ 藤堂和也『地上波の黄昏と巨人の影』講談社現代新書, 2007.
- ^ R. Nakamura, "A Brief History of the Giants Every-Night Policy", East Asian Broadcasting Review, Vol.3, No.1, 2005, pp.1-19.
外部リンク
- 放送史アーカイブ・ジャイアンツ編成資料室
- 全国ナイター文化研究会
- 地上波夕景年表データベース
- 毎日巨人戦年鑑
- 昭和編成ミュージアム