巨根vs素人
| 分野 | ネット・コミュニケーション / 言説研究 |
|---|---|
| 成立の契機 | 匿名掲示板とミーム文化の混成 |
| 中心テーマ | 身体的特徴と経験差の“優劣”を競う語り |
| 伝播媒体 | まとめサイト、チャット、短文投稿 |
| 関連概念 | サイズ神話、素人神話、経験マーカー |
| 使用感の分類 | 煽り型 / 統計装飾型 / 逆張り型 |
| 論点の焦点 | 優劣判定の恣意性と羞恥の誘発 |
| 研究上の位置づけ | “疑似計量”言説(pseudo-metric discourse) |
巨根vs素人(きょこんばすしろうと)は、議論の体裁を装った比較煽動が特徴の、性的言説をめぐる日本の民間スラングである。主に匿名掲示板期に拡散し、「サイズ」や「経験差」を疑似データ化して語る慣行として観察された[1]。
概要[編集]
巨根vs素人は、身体の大小(通称“巨根”)と行為経験(通称“素人”)を対置し、どちらが“優れる”かを断定的に論じる言い回しとして知られる。表面上は「比較」であるが、実態としては自己承認や対人攻撃のためのフレームとして機能したとされる[2]。
語の特徴として、計測や検証を装うための“細部”が過剰に挿入される点が挙げられる。たとえば投稿では「角度」「時間」「反応」などの観測項目が列挙され、個人差を無視した“勝率”が語られることがある。一方で、この勝率は実測ではなく、実情に合わない推定式として構成されるため、後に「嘘のデータで煽る文化」として批判対象になったとも指摘されている[3]。
この言葉が象徴するのは、身体や経験を“数式に還元できるもの”として扱う流れである。特に2000年代後半の掲示板では、医学的・統計的根拠がないにもかかわらず、議論を“統計っぽく”見せる書式が流行したとされる[4]。のちに研究者の一部が、これを「疑似計量の快楽」と呼ぶようになったことが報告されている[5]。
成り立ち[編集]
語の“起源”と早期の流通[編集]
語の起源については複数の説があるが、代表的には東京・神田地域の若手編集者が作った“下世話な表現集”に由来するという伝承が挙げられる。伝承では、編集者の渡辺精一郎(仮名)が「議論は勝ち負けより先に“型”が必要」と考え、対置表現を章立てして配布したとされる[6]。
また別の説では、静岡県の架空イベント「寸法測定ナイト」(当時の開催記録は見つかっていない)をきっかけに、参加者が匿名で投票を競ったのが始まりとされる。この投票は「素人でも勝てる」派が「経験は手順で補える」と主張し、「巨根でも負ける」派が「反応は偶然」と反論する構図を作り、最終的に“vs”という記号がテンプレ化したと説明されている[7]。
この段階ではまだ“巨根”という単語が専用語として固まりきっていなかったともされる。当初は「長尺側」「初心側」などの婉曲語が使われ、後に語感のよさから現行形が定着した、とする推定がある[8]。
ミーム工学としての再設計[編集]
言説は、その後「ミーム工学」の観点から再設計されたとされる。具体的には、匿名掲示板のモデレーター制度が導入され、投稿を“通報しにくい形”へ寄せる必要が生じた。そこで利用されたのが、比較の主語を抽象化し、数値や単位の“雰囲気”で包む手法である[9]。
例えば投稿テンプレートには「判定条件(n=12)」「観測時間(t=30秒)」「再現性(R=0.6)」のような項目が並び、実際のデータではないにもかかわらず読者が計算した気分になるよう誘導された。もっとも、これらの定数は投稿者ごとに恣意的に変えられ、同一スレッド内でもRが0.3から0.9へ飛ぶ事例が報告されている[10]。この矛盾は「疑似計量の演出」として逆に評価されることもあった。
この再設計には、情報工学系のコミュニティから流入した“説得の文法”が影響した可能性があるとされる。特に東京大学の関連研究会に在籍していたと名乗る人物によって、「数式は倫理的免責符になる」という趣旨の小講義が共有され、後の“統計装飾型”投稿を増やしたとする証言がある。ただし当該講義の開催記録は確認されていない[11]。
社会的影響[編集]
巨根vs素人は、性的話題そのものよりも「比較の作法」を社会に持ち込んだ点で影響があったとされる。つまり、相手の尊厳を測る指標として“サイズ”や“経験”を採用し、会話を勝敗で終わらせる癖を強化したという評価である[12]。
影響はコミュニティの外縁にも及び、たとえば東京都内の若者向け就職支援イベント「品川“会話の履歴書”講座」では、対人コミュニケーションの悪例として引用されたことがあるとされる。講座資料には「vs型の比較は、関心ではなく羞恥を最適化する」との文言があったというが、資料原本は所在不明である[13]。
また、この言葉は広告・商品レビューの文体にも波及したと推測されている。レビューで「素人でも十分」「巨根級」といった比喩が混入し、定量評価のフリをする表現が増えたという。その結果、購入者が情報よりも物語(勝ち負けの物語)に引き寄せられる現象が観察されたとされる[14]。なお、これに対して「ミームとしての誇張は娯楽である」と擁護する意見もあった。
一方で、被比較側が“人格ごと序列化”されるため、オンライン上の関係性が壊れやすいという指摘がある。特に恋愛相談スレッドで、回答者が本文の悩みより先に“巨根側/素人側”の陣営を当てはめる事例が報告され、相談者が投稿を撤回する傾向が増えたとする観測が記録された[15]。
製作・運用の実態[編集]
“勝率”を作るための疑似データ[編集]
運用面では、勝率を提示するための疑似データが頻繁に用いられた。典型例として「勝率=(報告数A×再現係数)/(報告数A+報告数B)」のような式が示され、分子と分母の“報告数”が観測ではなく感想の数え上げで決まることがあったとされる[16]。
さらに、観測項目を増やして“研究っぽさ”を演出する傾向があった。たとえば「姿勢角度(度)」「反応遅延(秒)」「会話のテンポ(拍/分)」といった、直接関係しない項目まで含めた投稿が確認されている。これにより、読者は矛盾を検証する前に「情報量」に圑圧されるように設計された、と後年の分析で述べられている[17]。
なお、疑似データには“都合の良い丸め”が施されることがある。ある月の投稿では、平均値が「12.8」となっていたにもかかわらず、翌週に「13.0」に統一されており、丸め規則が固定されていないことが指摘された[18]。このような一貫性の欠如が、逆に真剣味を弱めず笑いとして作用した面もあった。
言葉のバリエーションと流派[編集]
巨根vs素人には流派があるとされる。第一に“煽り型”で、相手の経験不足を前提化して結論を急ぐ。第二に“統計装飾型”で、式や記号、仮定を散りばめて説得する。第三に“逆張り型”で、「巨根は神話」「素人は可能性」として勝敗をひっくり返すことで会話を延命する[19]。
バリエーションとして「巨根側」「素人側」の代わりに、陣営名を“擬似学術”へ置換する例が見られた。たとえば「巨根=高圧領域」「素人=初期調整領域」といった言い換えにより、話題が性的な断定から曖昧化されることがある。ただし曖昧化しても、読者は文脈から本意を推測できるため、結局は空疎な婉曲として消費されたとされる[20]。
運用の現場では、警察庁や法務省のガイドラインを引く風習があったとも伝えられる。しかし引かれる“ガイドライン”の番号が架空であることが多く、掲示板内部のコピペ職人が勝手に数字を割り当てたのではないか、という疑いがある[21]。この点は、後の「根拠のなさが笑いになる」文化へとつながったと考えられている。
批判と論争[編集]
批判としては、比較が人間を指標に還元し、同意なき推測や羞恥の誘発につながるという点が挙げられる。特に当事者がいない状況で“勝者”を決めるため、議論が対話ではなく暴力的なラベリングへ傾くと指摘される[22]。
一方で擁護の立場では「ネット上の冗談であり、現実の能力を断定する意図はない」とされる。しかし、冗談の形を借りた序列化が繰り返されることで、当事者が“自分の価値を同じ尺度で評価される恐怖”を学習してしまう、という反論がある[23]。
また、疑似データの書式が研究者の記述を模倣したため、学術っぽい文体が“権威のように”振る舞うことへの懸念も示された。ある投稿では「再現係数R=0.6は心理統計学的妥当性に基づく」と書かれていたが、当該値の出典が一度も示されなかったため、「根拠なき権威」として問題化した[24]。
さらに、言葉の過激さがプラットフォームの規約違反と接続しやすく、結果として周辺コミュニティが萎縮したという観測がある。逆に、その萎縮を利用して“隠語として強化される”という循環が生じたともされる[25]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 山田真澄『ネット言説の統計ごっこ:疑似計量の文法』東京: 青葉出版, 2017.
- ^ Margaret A. Thornton『Pseudometrics in Digital Romance Talk』New York: Meridian Academic Press, 2019.
- ^ 斎藤礼次『“vs”が生む関係破壊:比較煽動の社会心理学』横浜: みなと社, 2018.
- ^ 池田克也『匿名コミュニケーションの運用史(第2巻)』名古屋: 風間研究会, 2016.
- ^ 佐伯恵子『羞恥とテンプレ:短文投稿の設計原理』大阪: 関西言語工房, 2021.
- ^ Hiroshi Tanaka『Authority-Like Writing Styles on Bulletin Boards』Tokyo: University Press of Kanda, 2020.
- ^ 渡辺精一郎『編集者のための下世話表現集(私家版)』神田: 田中印刷, 2004.
- ^ 松下和人『若者向け講座資料の引用癖:会話の履歴書』品川: 港地区研修機構, 2015.
- ^ Nadia El-Khoury『Rounding Effects in Self-Reported “Data”』London: Spectra & Co., 2018.
- ^ (題名が一部一致しない)『再現性R=0.6の神話:ある掲示板系統の追跡』京都: つばさ学術, 2012.
外部リンク
- 嘘データ文体研究所
- 匿名掲示板の記法アーカイブ
- 疑似計量サンプル集(準公式)
- ミーム工学ノート
- 会話の履歴書:講座メモ(回覧)