最終着点

この記事はAIが生成したフィクションです。実在の人物・団体・事象とは一切関係ありません。
最終着点
作品名最終着点
原題The Final Destination
画像FinalDestination1987Poster.jpg
画像サイズ220px
画像解説劇場公開時のポスター
監督桐原慎一郎
脚本御園生ユカリ
製作長谷部義明
出演者真木沢蓮、相沢都、北条隆介、柴野みどり
音楽加賀見凌
主題歌「終電の向こう」
撮影小宮山篤
編集辻村理沙
制作会社東都映像企画
製作会社最終着点製作委員会
配給大和配給
公開1987年11月14日
製作国日本
言語日本語
製作費約4億2,000万円
興行収入18億4,000万円
配給収入9億1,000万円
上映時間128分
前作なし
次作最終着点II 地下終点
ナレーター黒田冴子
原作御園生ユカリ『終端座標』

『最終着点』(さいしゅうちゃくてん)は、1987年に公開された日本映画|日本SF映画|SFサスペンス映画である。監督は桐原慎一郎、脚本は御園生ユカリ、主演は真木沢蓮。首都圏の終電網を舞台に、到達不能とされた駅「最終着点」をめぐる群像劇として製作され、興行収入は18億4,000万円を記録した[1]

目次
1概要
2あらすじ
3登場人物
3.1主要人物
3.2その他の人物
4声の出演またはキャスト
5スタッフ
5.1映像制作
5.2製作委員会
6製作
6.1企画
6.2制作過程
6.3美術・CG・彩色・撮影
6.4音楽・主題歌・着想の源
7興行
7.1宣伝・封切り
7.2再上映・テレビ放送・ホームメディア
7.3海外での公開
8反響
8.1批評
8.2受賞・ノミネート
8.3売上記録
9テレビ放送
10関連商品
10.1作品本編に関するもの
10.2派生作品
11脚注
11.1注釈
11.2出典
12参考文献
13関連項目
14外部リンク

概要[編集]

『最終着点』は、東京都の地下鉄網を横断する不可視の終着駅をめぐって人々が接近していく様を描いたSF映画|SFサスペンス映画である。一般には都市伝説映画の系譜に置かれることが多いが、公開当時はむしろ鉄道映画災害映画の中間にある作品として扱われた[1]

物語の中心にある「最終着点」は、国鉄の終電ダイヤ改正を契機に、深夜の停車位置と改札外の死角が重なった結果として目撃されるようになったとされる架空の駅である。なお、本作ではこの駅が実在するか否かよりも、「たどり着いた者が必ず元の路線に戻れない」という都市的禁忌の構造が重視されている[2]

公開後は、地下鉄の乗客動線を異様に細かく描写したセット設計と、終電アナウンスを逆再生したような音響処理が話題となった。また、1980年代後半の新宿区千代田区を模したミニチュア撮影は、当時の日本映画としてはやや過剰な密度を持つものとして評価された。

あらすじ[編集]

深夜の渋谷駅で、終電に乗り遅れた配達員の真木沢蓮は、ホームの端にだけ現れる「次の行先未定」と表示された臨時列車を目撃する。その車内で彼は、毎晩違う駅から乗っているはずなのに同じ切符を持ち続ける女性相沢都と出会い、やがてその列車が「最終着点」と呼ばれる駅へ向かっていることを知る。

一方、地下路線の保守担当である北条隆介は、終電後の東京メトロ相当の架空路線「環状第七支線」に記された未承認区間を調査していた。そこで彼は、駅名標にだけ現れる「終点」の二文字が、夜間工事のたびに1文字ずつ削られていく現象に遭遇する。この描写は、公開当時に「鉄道における記号崩壊」を象徴するものとして解釈された[3]

やがて一行は、路線図上では大手町池袋の中間、実際には都心の地下46メートルに存在する空白駅に到達する。そこでは、到着した乗客の数だけ発車ベルが鳴り、最後に着いた者が次の終電を運転するという奇妙な規則が支配していた。終盤、柴野みどり演じる駅務員が「ここは到着のための駅ではない、帰着を忘れるための駅である」と告げ、列車は始発に戻ることなく霧のように解体される。

登場人物[編集]

主要人物[編集]

真木沢蓮は、急送便の配達員。無類の方向音痴として描かれるが、彼の地図感覚だけが最終着点の構造を読み解く鍵として機能する。撮影現場では、彼が手にした折り畳み地図が毎回少しずつ異なっており、プロップ班が路線図の接続を日替わりで差し替えていたとされる[4]

相沢都は、同じ切符を持ち続ける謎の女性である。彼女は「一度降りた駅には二度と戻れない」と語るが、その台詞が台本上では3回しか出てこないにもかかわらず、編集段階で7回に増やされた。これは観客の記憶に残る反復表現を意図したものとされる。

北条隆介は、路線保守の技術者であり、物語の理屈を説明する役割を担う。もっとも、彼の説明は半分ほどで必ず途切れ、残りは車輪の音にかき消されるため、試写会では「説明するふりをして不安を増幅する人物」と評された。

その他の人物[編集]

柴野みどりは、最終着点の駅務員。制服の襟にだけ古い帝都高速鉄道の章が付いていることから、時間の継ぎ目に属する人物と解釈されている。

長谷川兼三は、駅構内で迷い続ける老紳士で、毎回異なる新聞を折っている。彼は実際には5分ほどの出演であるが、試写版では存在感が強すぎたため、スタッフ間では「歩く遅延情報」と呼ばれていた。

ほかに、終電車内の乗客として、学生、深夜清掃員、営業帰りの会社員などが登場する。いずれも台詞は少ないが、全員が同じ時刻の車内時計を見上げるため、画面全体が一種の同調圧力を帯びる構成になっている。

声の出演またはキャスト[編集]

主演は真木沢蓮相沢都北条隆介柴野みどりらが務めた。駅構内のアナウンス音声は、当初は別録りで処理される予定であったが、最終的には黒田冴子による機械的な朗読を基に、東都映像企画の音響班が3段階でピッチを変えたものが採用された。

また、終電案内の男性アナウンスは高瀬一馬、駅改札の無人チャイムは蓮見真紀が担当したとされる。クレジット上は「案内音声」とまとめられているが、実際には15種類以上の断片が混在しており、再上映時に初めて聞き取れた台詞もある。

なお、子供の泣き声や遠ざかる発車ベルは、いずれも人力で収録されたものではなく、都内の複数駅で録音した環境音を切り貼りして構成された。音声スタッフの証言によれば、夜間の新宿駅で収録した一部素材には、実在する発車メロディに似たが一致しない旋律が混ざっていたという。

スタッフ[編集]

映像制作[編集]

監督は桐原慎一郎、脚本は御園生ユカリ、原作・脚本・監督は同一人物ではないが、完成版ではそれに近い形で作品世界の統一が図られた。撮影は小宮山篤、編集は辻村理沙、美術監督は白河伸一が担当した。

特殊技術は三宅辰也率いる小型模型班が担い、有楽町から上野にかけての地下構造を1/40スケールで再現した。とくに最終駅のホームは、実在の駅の延長線上にあるように見せるため、タイルの汚れまで路線ごとに変えている。

製作委員会[編集]

製作は最終着点製作委員会が行い、東都映像企画大和配給帝都音響関東都市交通資料協会の4団体が参加したとされる。鉄道会社風の名称を持つ団体が含まれているが、実際には交通資料の収集と路線図広告の監修を兼ねる半官半民の外郭組織であった、という設定で通っている[5]

一部資料では、出資比率が「映画3:路線7」と記されており、これは最終着点のイメージソングが終電放送より先に社内試写で採用されたことに由来するとされる。もっとも、配給側はこの比率を「都市伝説にしてはやや大げさである」と後年に回想している。

製作[編集]

企画[編集]

企画は1984年渋谷区の喫茶店で行われた打ち合わせの席で、御園生ユカリが「出口のない駅を映画にしたい」と語ったことに始まるとされる。彼女は当時、深夜の終電調査に同行していた脚本協力者から、路線図上の未接続点を探す趣味を聞かされ、それを都市神話に転化したという[6]

当初は文芸作品寄りの企画であったが、桐原監督が「駅は人間の集団心理が最も露出する場所である」と提案し、群像劇化された。この変更によって、作品は純粋な怪談から交通サスペンスへと傾き、結果的に一般層の動員を得た。

制作過程[編集]

撮影は品川の旧車両基地と、神奈川県内の廃止予定路線の高架下で行われた。終電の客車シーンでは、実際の車両を改造せず、内部に2枚の可動壁を入れて「狭さが増殖する」構造を作ったため、出演者はしばしば同じ座席に戻ってしまったという。

制作中、終着駅ホームの霧は乾氷ではなく微細な和紙粉で表現され、ライトを当てると駅構内の白線までぼやける効果が得られた。この処理は安全上の理由から後半は中止されたが、初期試写版では異様な静けさを生み出した。

美術・CG・彩色・撮影[編集]

美術は昭和末期の地下鉄設備を参照しつつ、架空の路線表示を「実在しそうで実在しない」寸法に整える方針で統一された。CGは駅名標の文字が少しずつ剥がれる場面と、路線図の端が無限に折り返す場面に限定使用され、派手さよりも違和感の蓄積が重視された。

彩色は、青白い蛍光灯の下でも顔色が悪く見えすぎないよう、肌色だけを0.7段階明るく補正する独自手法が取られた。撮影監督の小宮山篤は、この作品について「広角で撮ると現実に戻れなくなるので、むしろ少し狭くした」と後に語ったとされる。

音楽・主題歌・着想の源[編集]

音楽は加賀見凌が担当し、終電ベル、踏切、車内モーター音を旋律化した「軌道モティーフ」が全編に用いられた。主題歌「終電の向こう」は霧島ルナが歌い、発売後にシングルのB面が逆回転再生される前提の録音であることが話題となった。

着想の源としては、国鉄末期のダイヤ改正、深夜の改札機故障、そして都心の地下空洞に関する工学誌の断片的記事が挙げられる。また、桐原監督は「都市の最後の行き先は、地図ではなく記憶の側にある」と述べたとされ、この一文が後年、解題書の引用で過度に流通した。

興行[編集]

宣伝・封切り[編集]

宣伝では「終電に間に合う者だけが、終着を知る」というキャッチコピーが用いられた。封切りは1987年11月14日で、新宿ピカデリーほか東京都内35館、全国では計128館で上映された。

公開初週は若年層の来場が中心であったが、終盤の駅務員の台詞が口コミで広まり、平日の深夜回が異常に埋まったという。配給側はこれを「終電映画としての自然な成功」と説明したが、実際には終電後にしか観られない時間帯編成が功を奏したとみられる。

再上映・テレビ放送・ホームメディア[編集]

1993年にはリバイバル上映が行われ、未公開カットとして「改札口での6分間の沈黙」が追加された。テレビ放送では1989年日本放送協会系列で視聴率14.7%を記録し、深夜映画枠としては異例とされた。

映像ソフト化はVHSLD、のちにDVDで行われたが、初期DVD版では蛍光灯の色味が青に寄りすぎる「DVD色調問題」が指摘され、コレクター間で修正版の判別が話題となった。なお、海外版ソフトでは駅名標の漢字がすべてローマ字に置換され、別作品のように見えるとの苦情があった。

海外での公開[編集]

海外では香港フランスカナダの映画祭を中心に紹介され、都市空間の迷宮性を描く作品として受容された。英語圏では原題のまま上映されたが、字幕では「final destination」が直訳的すぎるとして、評論家が別の比喩表現を好んだ。

特にパリの深夜上映では、終電がない都市にもかかわらず観客が「帰れなくなる映画」として列を作ったことが記録されている。これは配給会社の想定を超えており、後年の国際版ポスターにもその異様な成功例が引用された。

反響[編集]

批評[編集]

批評家からは、終着駅の設定が安易な怪奇趣味に堕さず、都市生活者の疲弊を象徴する装置として機能している点が高く評価された。一方で、駅名標の文字が削れていく場面については「象徴が過剰である」「しかし妙に忘れがたい」と意見が割れた。

映画評論誌『シネマート・レビュー』は、「本作は移動の物語ではなく、到達が失われる物語である」と評し、後にこの一節がパッケージ裏面に無断で転用されたという。

受賞・ノミネート[編集]

本作は第12回日本映画地下空間賞で作品賞、録音賞、特殊技術賞を受賞したほか、アジア都市映像祭で最優秀美術賞にノミネートされた。とくに駅構内のミニチュアセットは、実在の路線名を1文字だけずらして表示する緻密さが評価された。

また、1988年国際ファンタスティック映画会議では「最も帰り道を忘れさせる映画」に準選出され、受賞式では桐原監督が終電の都合で欠席したという逸話が残る。

売上記録[編集]

興行的には、公開から9週目までの累計で18億4,000万円を記録し、同年のオリジナル邦画サスペンスとして上位に入った。週末動員は初動よりも二週目以降に伸び、これは口コミに加えて「もう一度見ないと路線図が理解できない」との再来館需要によるものと分析された。

なお、関西圏では終電時間の早さが逆に話題となり、上映終了後の観客が駅に着く前に実際の終電を逃したという報告が複数あった。これは宣伝部が意図していなかったが、作品イメージの定着には寄与したとされる。

テレビ放送[編集]

テレビ放送は1989年日本放送協会系列に始まり、その後民放各局で深夜帯を中心に複数回放送された。特に1996年の年末特番では、駅構内の静寂を壊さないようCM明けの音量を通常より2デシベル下げたとされ、視聴者から「逆に怖い」との反応が寄せられた。

2004年の地上波再放送では、画面右下に常時表示される路線図テロップが追加され、初見の視聴者にも理解しやすい構成となった。一方で、番組表上の番組名が「最終着点」と「最終終点」で混在し、系列局の編成担当者が訂正に追われたという。

BS放送版では、当初公開版にあった終電アナウンスの一部が著作権処理の都合で差し替えられたが、むしろそれが「異物感を増した」として再評価された。

関連商品[編集]

作品本編に関するもの[編集]

公開翌年には、劇中の路線図を再現した「最終着点 地下路線ペーパーマップ」が発売され、実用性がほとんどないにもかかわらず売れ行きは好調であった。また、改札機型の目覚まし時計は、起動音がやや遅れて鳴る仕様が逆に好評だった。

東都映像企画監修のパンフレットには、撮影時に使われなかったホーム番号札の設定資料が数ページ追加され、後年の考察文化を促進した。

派生作品[編集]

続編『最終着点II 地下終点』は1991年に公開され、前作よりも地上と地下の境界を曖昧にする方向へ拡張された。ほかに、ラジオドラマ版『最終着点 0番線の記憶』、小説版『最終着点 乗換不能駅』が刊行されている。

さらに、1998年にはゲームソフト『The Final Destination: Last Platform』が発売され、プレイヤーが時刻表を並べ替えて脱出する内容であった。難度が高すぎてエンディング到達率が3.2%しかなかったことから、映画本編以上に「最終着点らしい」と評された。

脚注[編集]

注釈[編集]

1. 興行収入は配給会社発表値と映画雑誌集計値で若干異なる。 2. 最終着点の所在地については、複数のファン研究会が異なる路線図を提示している。 3. 駅名標の文字消失は、実際には特殊撮影によるものとする説もある。 4. 地図の差し替えは安全対策のためだったともいわれる。 5. 参加団体名は宣伝資料と完成台本で一部異同がある。 6. 企画会議の喫茶店名は、後年のインタビューで2種類の証言が残っている。

出典[編集]

1長谷部義明『映画が終電を越えるとき』大和出版, 1990年. 2御園生ユカリ『終端座標 改訂版』東都書房, 1988年. 3白河伸一「地下空間における記号崩壊」『日本映画美術研究』Vol. 12, 第3号, pp. 44-61. 4小宮山篤「狭い車内で世界を広げる」『撮影技術ジャーナル』Vol. 8, 第9号, pp. 102-117. 5関東都市交通資料協会編『終電文化史資料集』都市交通資料社, 1989年. 6桐原慎一郎『霧とホームと記憶』銀河書館, 1992年. 7Margaret L. Fenwick, “Subway Mythologies in Late-1980s Japanese Cinema,” Journal of Urban Screen Studies, Vol. 4, No. 2, pp. 21-39. 8Hiroto Saeki, “The Station That Never Arrives,” Cinematic Transit Quarterly, Vol. 7, No. 1, pp. 88-96. 9黒田冴子『アナウンスの向こう側』帝都音響出版, 1991年. 10“DVD色調問題と修復版の受容”『映像保存研究年報』第5巻第1号, pp. 5-14.

参考文献[編集]

長谷部義明『映画が終電を越えるとき』大和出版, 1990年.

御園生ユカリ『終端座標 改訂版』東都書房, 1988年.

桐原慎一郎『霧とホームと記憶』銀河書館, 1992年.

白河伸一「地下空間における記号崩壊」『日本映画美術研究』Vol. 12, 第3号, pp. 44-61.

小宮山篤「狭い車内で世界を広げる」『撮影技術ジャーナル』Vol. 8, 第9号, pp. 102-117.

関東都市交通資料協会編『終電文化史資料集』都市交通資料社, 1989年.

Margaret L. Fenwick, “Subway Mythologies in Late-1980s Japanese Cinema,” Journal of Urban Screen Studies, Vol. 4, No. 2, pp. 21-39.

Hiroto Saeki, “The Station That Never Arrives,” Cinematic Transit Quarterly, Vol. 7, No. 1, pp. 88-96.

黒田冴子『アナウンスの向こう側』帝都音響出版, 1991年.

“DVD色調問題と修復版の受容”『映像保存研究年報』第5巻第1号, pp. 5-14.

津村直哉『終点幻想と都市の夜景』北城社, 1994年.

外部リンク[編集]

東都映画資料館データベース

最終着点ファン考察会

帝都映像アーカイブ

終電文化研究室

地下空間映画年鑑

脚注

  1. ^ 長谷部義明『映画が終電を越えるとき』大和出版, 1990年.
  2. ^ 御園生ユカリ『終端座標 改訂版』東都書房, 1988年.
  3. ^ 白河伸一「地下空間における記号崩壊」『日本映画美術研究』Vol. 12, 第3号, pp. 44-61.
  4. ^ 小宮山篤「狭い車内で世界を広げる」『撮影技術ジャーナル』Vol. 8, 第9号, pp. 102-117.
  5. ^ 関東都市交通資料協会編『終電文化史資料集』都市交通資料社, 1989年.
  6. ^ 桐原慎一郎『霧とホームと記憶』銀河書館, 1992年.
  7. ^ Margaret L. Fenwick, “Subway Mythologies in Late-1980s Japanese Cinema,” Journal of Urban Screen Studies, Vol. 4, No. 2, pp. 21-39.
  8. ^ Hiroto Saeki, “The Station That Never Arrives,” Cinematic Transit Quarterly, Vol. 7, No. 1, pp. 88-96.
  9. ^ 黒田冴子『アナウンスの向こう側』帝都音響出版, 1991年.
  10. ^ “DVD色調問題と修復版の受容”『映像保存研究年報』第5巻第1号, pp. 5-14.
  11. ^ 津村直哉『終点幻想と都市の夜景』北城社, 1994年.

外部リンク

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  • 終電文化研究室
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