津田沼市中央統合塔
| 名称 | 津田沼市中央統合塔 |
|---|---|
| 種類 | 複合建築・展示塔 |
| 所在地 | 千葉県習志野市津田沼中央区 |
| 設立 | 1988年(昭和63年) |
| 高さ | 98.4メートル |
| 構造 | 鉄骨鉄筋コンクリート造、一部ガラス張り |
| 設計者 | 大島 恒一郎 |
津田沼市中央統合塔(つだぬましちゅうおうとうごうとう、英: Tsudanuma Central Integration Tower)は、にあるである[1]。
概要[編集]
津田沼市中央統合塔は、北西部の住宅・商業複合地帯に所在する展示塔で、地域の交通結節点を一望するために建設されたとされている。塔名に含まれる「津田沼市」は、実在の自治体名とは別に、戦後の再開発計画で一時的に用いられた仮称が定着したものと説明されることが多い[要出典]。
現在では、展望層、資料層、公開会議室、そして週末のみ開放される回転式茶室を備える施設として知られている。建物全体は「都市機能を縦に統合する」というの設計思想に基づくもので、当時のとの共同検討会が、駅前再編の象徴として構想したとされる。
名称[編集]
名称は、建設予定地が旧来「津田沼市街地整理地区」と呼ばれていたことに由来する。もっとも、実際には市制施行との関係は薄く、当時の事業者であるが、広域交通拠点としての印象を強めるために採用した名称とされている。
また、塔の正式呼称には「中央統合」の語が含まれるが、これは竣工時に地上・地下・空中動線を一本化する計画があったことによる。設計資料の一部では「駅前を一棟で完結させる」という極端な表現も見られ、後年の研究者からは「昭和末期の都市管理欲の結晶」と評されている。
歴史[編集]
計画と着工[編集]
構想はに、・・地元商店会による再開発協議の中で示された。発端は、駅前の人流が雨天時に著しく偏ることへの対策であったが、検討が進むにつれ「歩行者を空中で回す」という独自の案が採用されたとされる。
には基本設計が固まり、の設計事務所が高さ98.4メートル、延床面積14,200平方メートルの案を提出した。なお、この数値は当初「縁起の良い小数点付き」として採用されたが、後に避雷針の長さを加えた結果であることが判明し、地元紙で小さく話題になった。
竣工と公開[編集]
に竣工し、同年秋に一般公開が始まった。開業式では、関係者、商店街連合会の代表が同時にテープカットを行ったとされるが、式典写真では三者の腕が絡まりすぎて結局テープが切れなかったという逸話が残る。
公開当初は、塔の上層で「都市の気流を読む展示」が行われ、1日平均1,800人が入館した。もっとも、展示の一部は温度計と風鈴を並べただけのものであったため、1989年には「科学的説明がやや情緒に寄りすぎている」との批判も起きた。
改修と現在[編集]
の改修では、外装の反射ガラスが全面交換され、また地下2層の旧倉庫が「地域記憶アーカイブ」に転用された。ここでは、駅前再開発の模型、未採用案の青焼き、そして当初は設置予定がなかった回転茶室の設計メモが展示されている。
現在では、年間約32万人が来訪するとされ、特に夜間のライトアップは方面からの遠望景として知られている。なお、毎月第2日曜日には塔体がわずかに回転する「整列運転」が行われるが、これは換気のためと説明されつつ、実際には見学者の導線を均すための儀式的運用であると指摘されている。
施設[編集]
塔内は7層構成で、1・2階に案内所と地域物産展示、3階に多目的ホール、4階に空中回廊、5階に資料層、6階に展望室、7階に回転式茶室が所在する。各層はそれぞれ異なる時代の内装を模しており、1階が後期、4階が初期、7階が「未来の和室」を意図した意匠で統一されている。
特に5階の資料層は、建設関係者の私文書が多数収蔵されていることで有名である。そこには「塔の高さは98.4メートルであるが、心持ちは112メートル」と記された設計者メモが残されており、研究者の間では半ば座右の銘のように引用されている。
交通アクセス[編集]
最寄り駅はで、北口から連絡歩廊を経由して徒歩約6分で到達できると案内されている。なお、建設当初は駅前広場から塔基部へ直結する動く歩道の導入が計画されていたが、風圧試験の際に模型が予想以上の速度で流され、計画は中止された。
また、周辺には、バス停「中央統合塔前」、および自転車来訪者向けの半地下駐輪場がある。駐輪場の収容台数は426台で、これは塔の外周パネル枚数と一致するよう設計されたとされるが、偶然であるかどうかは確認されていない。
文化財[編集]
津田沼市中央統合塔は、として登録されているほか、塔内の設計図群14点が「都市計画史資料」として準文化財扱いを受けている。とりわけ、初期案に存在した「雲を受けるための屋上庇」は、国内の塔建築史において珍しい意匠として評価されている。
一方で、文化財指定の審査では「展示機能と会議機能の比率が不明瞭である」として一度保留になった経緯がある。後に、地元保存会が塔の回転茶室で毎週会合を開き、保存の必要性を訴えたことで、に現在の扱いが確定したとされる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 大島 恒一郎『津田沼中央統合塔設計誌』都市建築研究社, 1991.
- ^ 佐伯 みつる「駅前複合塔の成立過程」『日本都市史研究』Vol. 18, No. 2, pp. 41-63, 2007.
- ^ Morita, Alan T. "Vertical Integration and Civic Circulation in Chiba." Journal of Urban Folly Studies, Vol. 4, No. 1, pp. 9-28, 1994.
- ^ 千葉県企画部都市再編課『津田沼広域結節点整備記録』千葉県公文書館, 1989.
- ^ 高橋 玲子「回転茶室の導入とその思想」『建築と儀礼』第12巻第3号, pp. 115-129, 2012.
- ^ Watanabe, Peter K. "A Tower That Faces the Wind Twice." East Asian Architectural Review, Vol. 11, No. 4, pp. 201-219, 2001.
- ^ 習志野市史編さん委員会『習志野市史 通史編 第7巻』習志野市役所, 2004.
- ^ 藤堂 直人『景観資産としての駅前塔』海鳴社, 2010.
- ^ Miyake, Susan R. "The Tea Room on the Seventh Floor: A Case Study." Civic Design Quarterly, Vol. 9, No. 2, pp. 77-90, 2016.
- ^ 『津田沼市中央統合塔 観覧案内 2023年度版』中央統合塔保存事務局, 2023.
外部リンク
- 津田沼市中央統合塔保存会
- 千葉都市建築資料室
- 駅前複合建築研究フォーラム
- 習志野景観アーカイブ
- 回転茶室観察日誌