猪豚鍋
| 名称 | 猪豚鍋 |
|---|---|
| 別名 | 二獣味噌鍋(にじゅうみそなべ)、里山二色鍋(さとやまにしょくなべ) |
| 発祥国 | 日本 |
| 地域 | 北部山間部と下越内陸の越境地域 |
| 種類 | 郷土鍋・合い鍋 |
| 主な材料 | 猪肉、豚肉、味噌、ねぎ、舞茸、こんにゃく |
| 派生料理 | 二獣汁(にじゅうじる)、鍋味噌漬け焼き、猪豚うどん |
猪豚鍋(いぶたなべ)は、とを調理法で作られるのである[1]。
概要[編集]
猪豚鍋は、山狩りの際に得られる猪肉と、畑の近くで飼育されていた豚肉をあえて混ぜ合わせ、味噌だれで煮込む鍋料理として一般に知られている。風味の方向性が異なる二種の獣肉を一つの鍋に入れる点が特徴とされ、濃厚さと香りの立ち上がりの両方が楽しめるとされる。
現在では、家庭用の鍋セットや仕込み味噌の市販品も出回っており、週末の「里山再現」メニューとして広く親しまれている。なお、見た目は味噌鍋に類するが、肉の下処理として「湯通しの秒数」を揃える慣習が伝わった点が、いわゆる“作法”として残っているとされる。
語源/名称[編集]
名称の「猪豚」は、材料の素直な並置であるように見られるが、由来はむしろ帳簿用の略記にあるとする説が有力である。すなわち、江戸期の山林管理台帳で「猪=いのしし」「豚=ぶた」と別々に記載していたところ、取りまとめ係が省略して「猪豚」と二字でまとめたことに由来するとされる[2]。
また別名の「二獣味噌鍋」は、煮込む前にそれぞれの肉を異なる鍋肌温度で“ならし”する習俗に基づくとされる。一方で「里山二色鍋」という呼称は、猪肉の灰褐色と豚肉の淡紅色が煮汁で混ざり、途中で色が二段階に変化することから来たと説明されることが多い。ただしこの「二段階」は地域差が大きいとも指摘されている。
なお、料理名を「いぶたなべ」と読む地域が多い一方で、役所の広報資料では「ししぶたなべ」と表記される例もあり、史料の残り方によって揺れがあるとされる。
歴史(時代別)[編集]
成立(中世末〜戦国期)[編集]
成立は中世末〜戦国期にさかのぼるとする見方がある。山間の集落では食糧確保の都合から獣肉の比率が年ごとに変動し、その調整のために猪と豚を「同じ湯気でまとめる」発想が必要になったと説明されている。
当時の記録として引用されることがある「越境調理手順控」には、豚肉を鍋底から数えて、猪肉をの位置に置くと煮え具合が揃う、という奇妙な規定が残っているとされる[3]。もっとも、当該控えは後世の書き写しである可能性が指摘されており、真偽は定まっていない。
普及(江戸期〜明治初期)[編集]
江戸期に入ると、換金作業が増えたことで鍋料理も「持ち運べる半歩の贅沢」として扱われるようになったとされる。特にの山間宿場では、旅人の食欲を安定させる目的で、二種の肉を“混ぜない鍋”ではなく“混ぜる鍋”として定番化したという[4]。
明治初期には、衛生指導の名目で肉の湯通しが推奨され、猪豚鍋にも作法が持ち込まれたとされる。ここで「湯通しは合計」という指針が広まったといわれるが、郡ごとに秒数の根拠が違うため、実際の運用はばらついたと推定されている[5]。
再評価(戦後〜現代)[編集]
戦後期には、地域の高齢者が「里山の味」を語り継ぐ集会で猪豚鍋が話題になり、やがて料理教室のメニューとして再編されたとされる。ここで「味噌だれの粘度を割り箸で測る」という細かな作業手順が導入され、観察可能な工程として定着した。
現在では、食材の入手性が上がったことで、猪肉の代替としてを一部で使う改変も確認されている。一方で、猪豚鍋の根幹は“二獣の折衷”であり、代替は「急場の工夫」に過ぎないという強い主張もある。
種類・分類[編集]
猪豚鍋は、味噌だれの系統と具材の構成によって、いくつかに分類されることが多い。大枠では「赤味噌系」「白味噌系」「即席だし混合系」の三系統とされ、赤味噌系は濃厚さを、白味噌系は香りの軽さを重視する傾向があるとされる。
また具材の分類としては、きのこ主役型、根菜主役型、豆腐主役型の区分が語られることが多い。特にきのこ主役型ではを先に香り立て、こんにゃくは後から入れる作法が採られると説明されている。
このほか「行事食型」として、収穫の区切りに合わせて煮込み時間を固定する慣習があり、地元の資料では「の家筋」など細い系譜が語られる。もっとも、分類の呼び名は資料ごとに異なる場合があるとも指摘されている。
材料[編集]
主材料は猪肉と豚肉の二種であり、どちらも脂の残り方が味に影響するとされる。一般に猪肉は水気を整えてから短時間湯通しされ、豚肉は“表面のみ”をならすように処理されると説明される。ここで湯通しの秒数がしばしば話題になり、前述のように合計説がある一方、別の郡では説もあるとされる[6]。
味噌だれは、味噌に加えて砂糖を少量と、すりおろしにんにくを入れる系統もあるが、にんにくの有無は近年の工夫として扱われることが多い。具材としては、ねぎ、舞茸、、豆腐、わらびなどが用いられるとされ、わらびは香りを立てる効果が期待されると説明される。
さらに「底味の薬味」と呼ばれる刻みが少量加えられる場合もあり、これが鍋の余韻を決めるとされる。ただし生姜は主義主張が強く、入れない家も多いとされる。
食べ方[編集]
食べ方は、煮え始めからの時間経過に従って段階的に味が変わるよう設計されているとされる。一般に、最初の一杯は「肉の湯気」だけで味わい、二杯目から味噌だれをすくい取るとよいと説明されることが多い。鍋の中心部に残る味噌が“芯の粘度”を作るためであるという。
また食べ方として「二色交互法」が語られる。これは猪肉と豚肉が混ざりきる前に、それぞれの具を交互に口へ運ぶことで、脂の重さと獣の香りを均す、というものである[7]。実際には混ざり具合に個人差が出るため、実践者の間では「交互」は目安とされる場合もある。
締めには、地域によってまたはが選ばれる。猪豚うどんは別皿として流通している場合もあるが、鍋の出汁が“最後の香気”になると主張されることもある。
文化[編集]
猪豚鍋は、山の暮らしと都市の食卓を短距離で結ぶ料理として文化的に語られることが多い。特に北部のコミュニティでは、鍋を囲む行為が“狩猟の成功”ではなく“共同仕込み”の達成として評価されてきたとされる。
また、地域の衛生講習を担う公的機関として、食品衛生担当の「鍋調理衛生指導室(通称:鍋指導室)」が関連する記録があるとされる。ただしこの“通称”は新聞の投書から生まれた俗称であり、公式な正式名称ではない可能性が示唆されている[8]。なお、講習では「一人前の具の重量はが標準」とされることがあるが、これは試算に基づく指標であると説明される。
近年では、地元の祭礼に合わせてミニ鍋が配布され、配布数がに達すると観測される年もあるとされる。もっとも、配布食数は天候や来訪者数で変動するため、年次の差は大きいとされる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 松崎篤史『郷土鍋の帳簿史料』信濃文庫, 2011.
- ^ 田代美和『台帳略記と食名の接続』日本食文化史学会誌, 第18巻第2号, pp. 41-63, 2016.
- ^ 【越境調理手順控】(編纂)『山間調理の秒数規定集』山岳民俗資料館, 1979.
- ^ 中村光一『宿場と鍋—旅人の食欲を測る方法—』講談鍋叢書, 2003.
- ^ 厚生省健康増進課『食肉の湯通し指針(試案)』官報資料, 第4号, pp. 12-27, 1889.
- ^ 小林緑『味噌鍋の粘度工学と家庭伝承』調理化学研究, Vol. 22, No. 4, pp. 201-219, 1999.
- ^ Rieko Tanaka『Two-Species Interleaving in Hot Pot Rituals』Journal of Regional Gastronomy, Vol. 7, Issue 1, pp. 33-52, 2020.
- ^ 佐伯真帆『鍋調理衛生指導室の誕生—掲示板から制度へ—』食品行政の周縁, 第3巻第1号, pp. 77-101, 2014.
- ^ “Kettle Instruction & Community Foods”『鍋文化年鑑(試作版)』Kettle Cultural Press, 2007.
外部リンク
- 里山鍋研究会アーカイブ
- 味噌だれ粘度計測ノート
- 郷土食材データベース(仮)
- 鍋指導室掲示板ログ
- 舞茸香気マッピング