第三正統お刺身教会
| 名称 | 第三正統お刺身教会 |
|---|---|
| 英名 | Third Orthodox Sashimi Church |
| 設立 | 1938年頃とする説が有力 |
| 創設者 | 三好清一郎、ルイーザ・F・ハリントンほか |
| 本部 | 東京都中央区築地周辺(現存せず) |
| 目的 | 刺身の正統な切断角度・供献順・温度管理の標準化 |
| 信徒数 | 最盛期で約4,800名(1962年時点) |
| 関連運動 | 生食改革運動、魚体礼拝、冷蔵庫神学 |
| 象徴 | 三枚刃の包丁、白磁の醤油皿 |
第三正統お刺身教会(だいさんせいとうおさしみきょうかい、英: Third Orthodox Sashimi Church)は、の保存と儀礼化を目的として成立したとされる、日本の半宗教・半調理研究団体である。東京都中央区の魚市場周辺で発生した「第三波の生食再編運動」を母体に発展したとされる[1]。
概要[編集]
第三正統お刺身教会は、を単なる料理ではなく、魚体の尊厳を保ったまま共同体に供する「可食の典礼」とみなす団体である。教義上は、初代の「東正統」でも「第二簡略派」でもなく、戦間期に台頭した第三の折衷系統に属するとされる。
一方で、その組織実態はかなり曖昧であり、系の研究会、料理学校、さらに市場の互助組合が混ざった複合体であった可能性が高いと指摘されている。ただし、1949年にの内部文書へ「衛生上の注意を要する宗教的試食会」と記されたことから、少なくとも行政に“何か変な団体”として認識されていたのは確かである[2]。
成立の背景[編集]
教会の起源は、大正末から昭和初期にかけての魚食文化の急変に求められるとされる。冷蔵技術の普及により、鮮度が「目利き」ではなく「温度計」で判断され始めたことに対し、築地周辺の板前や食文化研究者が反発したのである。
中心人物の一人とされるは、1929年に横浜の船舶食堂で「身を崩さずに食べることは、魚への最大の敬意である」と演説したと伝えられる。また、英語圏の宣教師料理研究家がこれに共鳴し、切り身の厚さを「霊的厚さ」と呼んだことが、後の教義整備に大きく寄与したという[3]。
ただし、この成立年には諸説あり、の私設献立会が母体であったとする説と、1938年の「第一回白磁会議」で正式発足したとする説が対立している。いずれにせよ、魚の部位を宗教用語で分類するという奇癖が、同時代の食文化誌でしばしば揶揄された。
教義[編集]
三正統の原理[編集]
教義の中核は「三正統の原理」と呼ばれ、(1) 仕入れの正統、(2) 包丁の正統、(3) 盛付けの正統を同時に満たさねば、刺身は共同体の食卓に上げてはならないとするものである。特に包丁の角度については、からの範囲が最も“清浄”とされ、18度を境に味が一段変わるという独自理論が採用された。
この数値は一見科学的であるが、実際には1941年の教会内アンケートで「もっとも気分がよい角度」と回答した者が最多だっただけとされる。にもかかわらず、後年の追随者たちはこれを厳密な伝統として扱い、包丁職人の間では「十八度派」と「十七度八分派」の対立まで生じた。
禁忌と解禁[編集]
また、同教会では「赤身三夜禁」「白身即日礼」「青魚二重水切り」などの禁忌が細かく定められていた。とりわけについては、調理前に必ず二人以上の信徒が背骨の向きを確認する必要があり、これを怠ると“群れの倫理が乱れる”とされた。
一方で、教団の内部文書には「醤油は黒いが、礼節は透明である」という有名な句が残されている。これは後に学校教材へ引用され、食育の名言として広まったが、出典をたどると1957年の会報『白皿通信』にしか見当たらない。
組織と儀礼[編集]
組織は、教区ではなく「皿区」と呼ばれる単位で分かれていた。東京では、大阪では、地方では魚市場ごとに臨時の「会席支部」が置かれたとされる。各皿区には、包丁を扱う「切鋒長」、盛付けを監督する「白磁司」、そして食べる順序を説く「順次講師」が配置された。
入信儀礼としては、初回参加者が半透明の刺身皿を前に三度うなずき、を米粒大で受け取り、醤油に浸さずに先に香りだけを吸う作法があった。これは「味覚の先着式」と呼ばれ、特にの夏期講習で導入されたものとされる[4]。
年中行事も独特で、毎年の「開魚記念祭」では、神奈川県から運ばれた魚が白布の上で静かに並べられ、信徒が1分間の無言試食を行った。なお、試食後に最も多くの沈黙を保った者が“当月の清浄者”に選ばれる仕組みであった。
歴史[編集]
創成期[編集]
創成期には、築地の魚問屋と料理学校の協力が大きかった。とくにの元帳には、1939年から1942年にかけて「教会用まぐろ」「儀礼用昆布締め」などの不思議な勘定科目が現れるが、これは実際には宣伝費であったとする見方もある。
には、戦時下の配給統制の影響で活動停止を余儀なくされたとされるが、教会は「魚が不足するほど、正統は心に宿る」として地下化したという。もっとも、この時期の資料は断片的で、後年の信徒が都合よく継ぎ足した可能性が高い。
戦後拡大[編集]
戦後になると、向けの食文化説明会を契機に再浮上した。英訳資料『Principles of the Third Orthodox Sashimi』が1948年に作成され、そこでは刺身を「raw ceremonial slices」と訳していたため、米軍将校の一部が和食の宗教儀礼と誤解したという逸話が残る。
この誤解が追い風となり、1950年代には大学の食文化研究会や料亭の若旦那たちが次々と加盟した。最盛期のには、会員数が4,800名、準会員が1万2,000名、そして「皿だけ持つ協力者」が約700名いたとされる。数え方がかなり雑であるが、当時の会計報告書も同様に雑であった。
衰退と再解釈[編集]
1960年代後半からは、冷凍技術と外食チェーンの普及により、教会の厳格な儀礼は次第に日常から離れていった。ただし、完全に消滅したわけではなく、1978年頃には京都の料理短期大学で「第三正統の比較食文化史」として再解釈され、学術的な関心対象へ変わった。
近年では、ヴィーガン系の食思想やサステナブル漁業との比較から再評価されている一方、教義文書における「魚は皿の上で最も自由である」といった表現が、現代倫理の文脈ではややロマンチックすぎるとの指摘もある[5]。
社会的影響[編集]
第三正統お刺身教会は、食卓作法の標準化に小さくない影響を与えたとされる。とくにの一部の割烹では、盛付けの左右対称性を「三正統配置」として採用し、昭和後期の宴会文化に痕跡を残した。
また、東京都の食品衛生講習では、同教会の“過剰に厳しいが説明はうまい”資料が教材化され、若手調理師が「魚の気持ちを読む」訓練を受けたという。もっとも、その教育効果は魚への理解というより、包丁を置く音の静けさを競う方向へ逸脱したとも言われる。
文化面では、1970年代のテレビ番組『土曜味覚劇場』で教会をモデルにしたコントが流行し、一般には「刺身を食べる前に三回会釈する団体」として知られるようになった。これは半分正しいが、三回どころか七回会釈する支派が存在したため、笑い話として流通した可能性もある。
批判と論争[編集]
教会への批判は主に、過度の形式主義と擬似科学的な数値信仰に向けられた。特に包丁角度の18度説については、東京大学の栄養学研究室から「味覚と角度の相関は確認できない」とする簡易報告が出され、信徒側は「相関がないことこそ教義の純粋性を示す」と反論した。
また、1961年の内部分裂では、醤油を先につけるか後につけるかでとに分かれ、3週間にわたり会報が相互非難を続けた。最終的には、両派が同じ鰹節を見つめながら和解したとされるが、当事者の証言が一致しないため、後年の美談として脚色された可能性がある。
さらに、の前身組織に相当する窓口へ「お刺身教会を名乗る団体から高額な白磁皿を勧誘された」との相談がに複数寄せられた記録がある。ただし、実際には皿の販売会だったのか布教だったのか判然としない。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 三好清一郎『刺身の正統と皿の倫理』白磁社, 1942.
- ^ Harrington, Louise F. “Ceremonial Raw Fish and Civic Taste,” Journal of Maritime Food Studies, Vol. 7, No. 2, 1949, pp. 113-141.
- ^ 渡辺精一郎『食卓における三位一体――昭和前期の魚食思想』中央料理文化研究所, 1958.
- ^ 加納美代『築地と宗教的試食会』日本食風俗学会誌 第12巻第4号, 1963, pp. 44-67.
- ^ Matsuda, Keiko. “The 18-Degree Doctrine in Knife Rituals,” Nippon Gastronomy Review, Vol. 3, No. 1, 1967, pp. 5-19.
- ^ 佐伯隆『冷蔵庫神学入門』港区文化出版, 1971.
- ^ Higashi, Arthur T. “Orthodoxy, Slices, and the Postwar Table,” East Asian Cultural Quarterly, Vol. 18, No. 3, 1980, pp. 201-229.
- ^ 小寺志郎『白皿通信抄』料理と民俗社, 1984.
- ^ 山岡みどり『「魚は皿の上で最も自由である」の系譜』食文化評論 第21巻第2号, 1992, pp. 77-90.
- ^ 清水屋魚商会史料編纂室『築地帳簿にみる儀礼用鮮魚の取引』内部資料集, 2001.
外部リンク
- 日本架空食文化研究センター
- 白磁皿アーカイブ
- 第三正統史料館
- 築地食儀礼データベース
- 昭和料理宗教史フォーラム