編み棒での戦闘
| 名称 | 編み棒での戦闘 |
|---|---|
| 別名 | ニードル・コンバット、針棒術 |
| 発祥 | 北欧沿岸部およびロンドン東部 |
| 成立時期 | 1890年代から1910年代 |
| 使用具 | 木製編み棒、骨製針、短尺の輪編み棒 |
| 競技化 | 1927年に英国手芸護身協会が規格化 |
| 主な流派 | ストックホルム式、ホワイトチャペル式、神戸改良流 |
| 保護装備 | 掌当て、糸巻き式前腕具、目元保護ゴーグル |
| 禁止例 | 1954年の市立学校通達で一部制限 |
編み棒での戦闘(あみぼうでのせんとう、英: Knitting Needle Combat)は、を主要な打撃・牽制器具として用いる近接戦闘技術、およびそれを体系化した競技・訓練法の総称である。主に末のと圏で成立したとされ、のちに家庭内護身術として各地に普及した[1]。
概要[編集]
編み棒での戦闘は、編み物用の棒状器具を用いて相手の手首、前腕、肩口を制圧する技法群として知られている。一般には家庭内の繊維作業に付随する行為と誤認されやすいが、実際には沿岸の船員宿との仕立屋組合を中心に発達したとされる。
この技術は、元来は防寒具の編成中に起きた揉め事を収拾するための「場を荒らさない制止法」として生まれたとされる。その後、後期の婦人学校で礼法と併せて教授され、1920年代にはが試合形式を整備したことで、半ば競技、半ば実用の奇妙な地位を得た[2]。
歴史[編集]
起源[編集]
起源については、にの港で、漁網修繕係のが船上での口論を鎮めるため、骨製の編み棒で相手の袖口だけを絡め取った事件が嚆矢とする説が有力である。もっとも、この逸話は刊の『Nordisk Handarbete och Självförsvar』にのみ見え、一次史料の所在は確認されていない[3]。
一方で、東部の地区では、仕立屋見習いが盗賊対策として編み棒を短杖のように扱った記録があり、にはの礼法講師が、糸の張力を利用した「押さえ込み」を体系化したとされる。これが後の基本型「三目封じ」の原型である。
なお、にので開催された手工芸博覧会では、実演中に審査員の帽子が飛ばされ、新聞が「針と毛糸の騒擾」と報じた。この記事が、編み棒戦闘を単なる揉め事ではなく独立した技芸として認識させた最初の事例とされている。
制度化と流派の分化[編集]
、のは、長さ22〜28センチメートルの木製編み棒を標準器具とし、先端角度の異なる三種の試合規格を定めた。これにより、実戦型の「港湾式」、礼法重視の「サロン式」、競技用の「円環式」に大別される流れが生まれた。
特に派は、袖口や手袋の縁を「制圧点」とみなし、相手の指を傷つけずに行動を阻害することを旨とした。一方、派は路地の狭さを想定し、回転動作を最小限にする短打法を発達させた。これらは同じ編み棒での戦闘でありながら、思想はかなり異なる。
にはの洋裁学校で独自改良が進み、竹製の短い編み棒を用いる「神戸改良流」が誕生したとされる。神戸港の外国航路で広まったという説明が一般的であるが、当時の学校記録では「体操の一環」としか記されておらず、後世の解釈が混入した可能性がある。
戦時下での拡散[編集]
期には、物資不足により金属製護身具が不足したことから、編み棒での戦闘が女性工員向けの簡便な自己防衛術として再評価された。とりわけの繊維工場ストライキでは、見張り役が編み棒の先で地面に模様を描き、集団の隊列を保った記録が残る。
ただし、この時期の拡大は宣伝効果が大きかったとも言われる。系の小冊子『Home, Yarn and Order』は、実際の戦闘法というより「気まずい状況を気まずいまま終わらせる家庭教養」として配布され、配布枚数は時点で約48万部に達した。後にこの冊子を読んだ若年層が、編み棒戦闘を実戦格闘と誤解したことが、戦後の流行の一因である。
技法[編集]
基本技[編集]
基本技は「掛ける」「通す」「留める」「ほどく」の四系統に整理される。もっとも有名なのは、相手の手首を編み目のように絡める「鎖目止め」であり、相手の力の向きを変えることで実質的に無力化する。
また、「返し針」は木製編み棒の平衡感覚を利用した反転技で、狭い場所でも扱いやすいとされる。熟練者は1分間に12〜16回の接触変更を行うが、これを超える速度は審判から「毛糸が追いつかない」として注意される。
競技規則[編集]
の統一規則では、一本勝負は3ラウンド制、一本あたり90秒、再開時には必ず糸端を左手側に置くことが定められた。反則には、過剰な締め込み、編み目を崩す擬似動作、ならびに相手の毛糸籠を蹴る行為が含まれる。
審判は白手袋を着用し、勝敗は「圧制」「位取り」「礼の維持」の三項目で採点される。とくに礼の維持は全体点の40%を占め、技術よりも姿勢が重視される点にこの競技の奇妙さがある。
社会的影響[編集]
編み棒での戦闘は、前半の手工芸教育に「防御的自立」という価値観を持ち込んだ点で注目される。各地の女子寄宿学校では、編み物の授業が単なる家事訓練ではなく、緊急時の自己防衛と結びつけられ、卒業生の間で「手元が強いほど会話も強い」と評された。
また、労働組合運動との接点も大きい。港湾労働者の家族会では、待機時間に編み棒戦闘の基本型が広まり、組合大会の余興として行われるようになった。これにより、元来は中流階級の礼法技芸だったものが、労働者文化へ逆輸入されたのである。
一方で、以降は「家庭内の暴力を婉曲に正当化する危険な伝統」とする批判もあり、の討論番組『Needles and Peace』では、保存派と廃止派が編み物用のマフラーを挟んで応酬した。番組は視聴率8.7%を記録したが、翌日には局へ「道具をどこで買えるか」という問い合わせが約2,300件寄せられたという。
主要人物[編集]
編み棒での戦闘の普及に寄与した人物として、、のほか、の競技化を主導したが挙げられる。ミルナーは出身の体育教育家で、糸巻きの回転を運動力学で説明しようとした最初期の人物とされる。
また、の設計に関わったとされるは、洋裁学校の講師でありながら、門下生に「棒は長さより気配である」と説いたことで知られる。彼女の弟子の一人が後年で開いた教室は、戦後日本における女性護身運動と混ざり合い、編み棒戦闘を茶道や礼法の延長として解釈する流れを作った。
なお、に刊行された自伝『I Fought with Wool』の著者は、実際には一度も試合に勝っていないとする指摘があるが、彼女の挿絵が最も流通したため、後世では「無敗の理論家」として記憶されている。
批判と論争[編集]
この技法は、もともと家庭的な所作を武装化したものであるため、伝統保守派からは「道具の本来用途を逸脱している」と批判された。また、の国際手芸会議では、実演中に展示用のモヘアが切断された事故を受け、「手芸の品位を損なう」とする声明が採択された。
さらに、競技化以降は「編み目の美しさ」を過度に重視する採点が問題視され、実戦性よりも見栄えが優先される傾向が強まったとされる。これに対し擁護派は、「編み棒での戦闘の本質は勝つことではなく、争いを編み直すことである」と主張したが、この文言はしばしば壁新聞の標語として独り歩きした。
とされる逸話として、の大会で、決勝戦の最中に審判がスコーンを落とし、両選手が同時に拾って試合が終わったという話がある。大会記録には「引き分け」とあるのみで、真相は不明である。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ エリザベス・M・カーター『Needles as Instruments of Civic Order』Oxford University Press, 1932.
- ^ 佐伯 由梨『編み棒護身術史序説』手芸文化研究会, 1978.
- ^ Arthur P. Milner, "The Kinematics of Woolen Defense," Journal of Applied Domestic Studies, Vol. 14, No. 2, 1929, pp. 44-63.
- ^ ミセス・エセル・グラント『礼法と押さえ込みの相関』ロンドン婦人教育出版局, 1904.
- ^ Lars Bergström, "Nordic Fiber Quarrels and Their Resolutions," Scandinavian Quarterly of Social Customs, Vol. 8, No. 1, 1936, pp. 11-29.
- ^ 田所ミチ『棒は長さより気配である』神戸洋裁学院刊, 1952.
- ^ Henri Dubois, "La guerre au tricot: observations sur une pratique domestique," Revue Européenne des Arts Mineurs, Vol. 21, No. 4, 1940, pp. 201-218.
- ^ 『Home, Yarn and Order: A Wartime Manual』英国情報省資料部, 1943.
- ^ マーガレット・ソーン『I Fought with Wool』Baltic House, 1972.
- ^ 小川 恒一『編み目に宿る秩序――近代手工芸と身体技法』東西文化社, 1986.
- ^ Patrick O'Leary, "The Sock-Loop Incident of 1902," Transactions of the Odense Handicraft Society, Vol. 3, No. 1, 1903, pp. 7-9.
外部リンク
- 英国手芸護身協会アーカイブ
- 北欧編棒戦闘史料館
- 神戸改良流保存会
- 手工芸と身体技法研究ネットワーク
- ロンドン東部生活技芸資料室