鳥取都構想
| 対象地域 | 全域(とくに・) |
|---|---|
| 提唱時期(主議論) | 2009年〜2012年 |
| 想定制度 | 道府県の上位に「都」を置く行政二階建て |
| 中心モデル | 都市計画局と広域財務局の統合 |
| 主要争点 | 税収配分と職員再配置、議会権限の再設計 |
| 象徴事業 | 都庁機能の分散型「5拠点連結庁舎」 |
| 略称 | TTK構想 |
鳥取都構想(とっとりとこうそう)は、を対象に「都」を新設して行政集約と財政再設計を行うとされた地域構想である。2000年代に議論が再燃し、具体案としては周辺の拠点化が強調されたとされる[1]。
概要[編集]
は、を単位に「都」制度へ段階移行することで、広域行政の重複を減らしつつ、同時に地域の雇用と公共サービスの安定を図るとされた行政構想である。構想は一見すると「行政の効率化」や「人口減少への対応」を掲げる地方改革の典型として語られることが多いが、実際には“都”を名乗ることで広報効果と交付金交渉力を増幅させる戦略が含まれていたとされる[2]。
成立の経緯については、2000年代初頭に県内で同時多発的に起きた「庁舎老朽化」「道路維持の属人化」「公共交通補助の不均衡」という3点が、いつしか“都”という器にまとめられたとする説が有力である。なお、構想文書では、行政区画の再編と同じページで「方言アクセントの標準化」まで提案されたと報告されており、当初から遊び心と政治的演出が混ざっていた点が指摘されている[3]。
歴史[編集]
前史:『都』という言葉が先に流通した時期[編集]
構想の直接的な始点は2001年にさかのぼるとされる。鳥取県内の民間シンクタンク「地方行政研究会 鳥取海潮(とっとり かいちょう)」が、県庁内の研修用パンフレットに“都”という語を短期間で計46回挿入したことが、後年「用語先行の実験」として回顧されている[4]。このパンフレットは当時、職員向けに配布されたにもかかわらず、なぜか配布ログの一部が翌年度に紛失し、監査で「再配布印が押されていない30部」が見つかったとも言及される。
さらに2004年には、の職員提案制度「一課一案コンペ」の応募テーマとして「都的発想」が採用され、県庁各課がそれぞれ“都の役割”を自由に作文した。結果として、交通・福祉・防災の各部門で“都庁機能”の絵が共通化し、しかも共通の図面がの会議室ではなくの倉庫から発見されたという、意味の分からない記録が残ったとされる[5]。
主議論:TTK構想の公開と、5拠点連結庁舎の熱狂[編集]
主議論は2009年に始まったとされ、公開資料名は「鳥取都構想・統合運用要項(第1版)」であった。ここで提案されたのが、都庁機能を単一庁舎に集めず、分散型で“連結”する方式である。設計思想は「移動時間を最小化しつつ、災害時に機能を絶対に止めない」こととされ、具体的には都の中核部局を5拠点に分割し、それぞれの連絡に“光学回線”を使うという説明がなされた[6]。
5拠点は、側から「総務連結点(A)」「財務連結点(B)」「福祉連結点(C)」「計画連結点(D)」「災害連結点(E)」の5つとされ、移動距離の計測は“直線距離+歩行係数”で行われたとされる。資料には、歩行係数を1.12と置いた理由が「湿度による足裏滑りの補正」という妙に具体的な文章で示されており、読者を一瞬だけ信じさせる技巧があった[7]。一方で、同じ資料の末尾に「係数は気象庁の公開データに基づく」と書きながら、参照URLが架空の年度(平成99年)になっていたことが後に発覚したとも言われる。
2011年には県内各地で説明会が開かれ、特にでは“都のロゴ”を巡って熱が上がった。ロゴ案は「TTK」を鳥の羽根で包む意匠とされ、デザイナーの名義は「佐々木オリーブ(仮)」とされていたが、会場で配られた名刺には「佐々木精一郎」と別の表記があった。これにより“都”の議論は制度設計の話から、地域アイデンティティの話へとすり替わり、結果として世論が割れたとされる[8]。
社会的影響[編集]
鳥取都構想は、賛否以前に「言葉の力」を強く働かせた事例として語られることがある。実際、2010年に県内の広告代理店が実施した調査では、「『都』という名称を聞いたことがある」と答えた割合が、年齢層別にばらつきつつも平均で41.7%に達したとされる[9]。この数字は高く見えるが、構想の広報では「都=安心」という短絡的なポスターが多用され、しかもポスターの裏面に「ご家族の人数を○で囲んでください」という謎の統計依頼が印刷されていたため、調査票の回収率が上振れしたという指摘もある。
また、都制度に付随するとされた広域財務局(仮称)は、県の財政だけでなく市町村の基金運用まで“都の基準”に合わせる案を含んでいた。このため、各自治体では職員の異動が「同じ机で別の肩書をつける」ように設計され、再配置の希望調査では「都の議事録書式だけは変えないでほしい」という意見が上位に入ったとされる[10]。制度が確定していない時点でも、業務様式が先に決まっていく、という珍しい現象が起きたという。
一方で、生活者にとっての影響はわかりにくいとされた。構想は公共交通補助を“都運行枠”に再編すると言ったものの、当初の資料では補助額の試算が「月額換算で3,980円〜7,420円(利用可能日数により変動)」とされ、計算根拠が“都”の管轄年齢を「18歳の誕生日から次の年度末まで」とする独自定義に依存していた。定義が曖昧であるがゆえに、結果的に利用者の納得感が分散したとされる[11]。
批判と論争[編集]
批判は主に3系統から生じたと整理される。第一に「名称だけ先行している」という点である。反対派は、都構想が制度の骨格より先に“ロゴ”“都庁スローガン”“標準方言案”を先行させたと指摘した。特に「都方言プロジェクト」の提案では、「鳥取の方言アクセントを5段階の数値で統一する」ことが書かれていたとされ、これを“行政の仕事を歌謡に置き換える”ものだと批判された[12]。
第二に財政の前提が恣意的だとされた。賛成側が「都化で年間約12.3億円の重複事務コストが減る」と試算した一方で、反対側は「その12.3億円は“減るはずの書類”を数え直す操作を含んでいる」と反論した。ちなみに賛成側資料では、書類削減のカウント単位が「A4換算枚数」ではなく「決裁印押印点数(平均1申請につき6.4点)」とされており、読み手によっては“計算しているようで計算していない”印象を受けたとされる[13]。
第三に民主的正統性をめぐる論争である。都構想の推進会議は「鳥取都構想推進連絡協議会(T-TCC)」として設置され、構成員は出身者と市町村幹部が中心とされた。ただし会議録の一部が「議事要旨のみ公開」「詳細は機密区分(B-7)」とされ、B-7の意味は資料側では説明されなかったとされる[14]。この不透明性が、2012年の熱狂の失速につながったと結論づける論考も多い。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 鳥飼敦『鳥取都構想の形成過程と用語戦略』地方自治研究叢書, 2013.
- ^ Dr. Margaret A. Thornton「Metropolitan Labeling and Revenue Negotiation: A Japanese Case Study」『Journal of Subnational Governance』Vol.12 No.3, 2014.
- ^ 佐々木精一郎『5拠点連結庁舎の図面史(訂正版)』鳥取行政資料出版, 2011.
- ^ 林直輝「“都”がもたらす行政オペレーションの先行変更」『行政経営年報』第7巻第1号, 2012.
- ^ 地方行政研究会 鳥取海潮『統合運用要項(第1版)の検証メモ』鳥取海潮出版局, 2010.
- ^ 高橋美咲「方言アクセント数値化と合意形成の摩擦」『社会言語学通信』Vol.5 No.2, 2015.
- ^ 中村健司『押印点数モデルによる書類削減試算』日本事務技術協会, pp.31-44, 2011.
- ^ 松田亮『鳥取都構想・監査で見つかった30部の不整合』監査実務選書, 2012.
- ^ Akiyama, R. & Chen, Wei「Disaster-Resilient Distributed Government Facilities」『International Review of Emergency Administration』第3巻第2号, 2016.
- ^ 山脇あゆみ『TTK構想の広報効果測定:41.7%の真相』地域広報学会叢書, 2018(ISBNは不一致とされる).
外部リンク
- 鳥取都構想アーカイブ(仮)
- T-TCC議事要旨データベース
- 5拠点連結庁舎モデル公開資料館
- 鳥取方言アクセント数値化プロジェクト記録
- 地方自治研究会 鳥取海潮 史料室