BAR OUTER HAVEN
| 名称 | BAR OUTER HAVEN |
|---|---|
| 種別 | 会員制避難酒場 |
| 発祥 | 神奈川県横浜市山下埠頭周辺 |
| 創設年 | 1928年 |
| 創設者 | 平塚 兼重 |
| 営業形態 | 深夜限定・紹介制 |
| 特徴 | 潮位連動の開店合図、港外印の提供 |
| 関係機関 | 横浜港湾組合、神奈川県飲食衛生協会 |
| 文化的影響 | 港湾労働者の互助慣行、夜間観光 |
| 現況 | 現存するとされるが所在地は非公表 |
BAR OUTER HAVEN(バー・アウター・ヘイヴン)は、横浜市のとが結びついて成立したとされる会員制のである。外海からの来訪者を一時的に「港外滞在者」として受け入れる慣習で知られ、の開業以来、都市伝説と実在の酒場文化の境界に位置するとされる[1]。
概要[編集]
BAR OUTER HAVENは、の外縁部にあったとされる小規模な酒場施設である。一般的なバーと異なり、飲食の提供よりも、海難・失職・家出などで一時的に居場所を失った者を「いったん外に置く」ための機能を持ったと説明される[2]。
名称の「OUTER HAVEN」は直訳すると「外港の避難所」であるが、創設期の記録では「港の外にある港」を意味する独自の符号として用いられていたという。なお、後半の関東大震災後復興期に、港湾労働者や船員の間で急速に知名度を得たとされる。
成立の経緯[編集]
創設者とされるは、神奈川県出身の元回漕会社事務員で、に私費で「風待ち小屋」を改装して開業した人物として伝えられている。彼は港に戻れない夜勤者、船を降りたばかりの水夫、そして終電を逃した新聞記者を同一のカウンターに座らせた最初の人物であったとされる[3]。
当初はビールと、塩気の強い煮豆しか出さなかったが、客が持ち込む缶詰や乾パンを「寄託品」として預かる制度が評判を呼んだ。これが後に、入店時に荷物を一時的に預け、退店時に別の荷物を持ち帰る「港外交換制」へ発展したという。
制度と運営[編集]
BAR OUTER HAVENの最大の特徴は、店内の滞在時間ではなく、来店者が「外側に何を残したか」で利用実績が記録される点にある。帳簿には飲食代のほか、「沈黙 1時間」「反省 2杯分」「手紙の下書き 1通」など、通常の飲食店では見られない項目が並ぶとされる[4]。
運営はの非公式協力を受けていたという説が有力である。ただし、組合側の会報では一貫して存在を否定しており、逆に否定の文面が詳細すぎるため、かえって実在性を補強しているとの指摘もある。1987年時点で月間平均来客数は約1,240人、うち再訪率は68.3%だったと記録されているが、算出方法には要出典の余地がある。
文化的特徴[編集]
潮位連動の営業[編集]
開店は時刻ではなく東京湾の潮位で決まるとされ、満潮から3時間以内にのみ扉上の真鍮灯が点灯した。これにより、近隣のタクシー運転手のあいだでは「灯がついたら帰港、消えたら諦めろ」という俗語が生まれた[5]。
港外印と会員証[編集]
常連には紙製の会員証ではなく、製の小さな錨形刻印「港外印」が渡された。印面には個人名ではなく、初来店時の天候と、その夜に語った最も長い一文が刻まれる慣例があったとされ、保存状態の良いものはに複製展示されているという。
音楽と沈黙の儀礼[編集]
店内では、、そして独自に編曲された節が流されたが、午前1時以降は一切の音楽が止まり、代わりに氷が溶ける音を聴く時間が設けられた。これを「二番目のカウンター」と呼ぶのは同店独特の習慣である。
社会的影響[編集]
には、戦後の失業者支援や港湾労働者の相互扶助の場として評価され、近隣のが非公式に見回りを行ったとされる。もっとも、実際には「夜間に妙に礼儀正しい酒場がある」という程度の認識しかなかったという証言も残る。
一方で、1970年代以降は文士や写真家の隠れ家として取り上げられ、誌やの講演会でしばしば紹介された。1981年の調査では、店を知ったきっかけの42%が「誰かの噂」、18%が「埠頭で見た灯り」、7%が「地図にないのに通った」であったとされる。
批判と論争[編集]
BAR OUTER HAVENをめぐっては、そもそも実在したのかという根本的な論争が続いている。特にの『神奈川夜業記録』掲載記事では、店の所在地が、、の3案に割れ、同じ夜にそれぞれの場所で「似た看板」を見たという証言が並列で紹介された[6]。
また、会員制でありながら誰でも入れた時期がある、営業時間が「潮が引くまで」と記された日がある、創設者のの肖像写真が年代ごとに顔つきが違うなど、細部に不整合が多い。編集者の間では、これは実在の酒場が後年の口承で過剰に神話化された結果であるとする説と、最初から都市伝説として設計された広告装置であるとする説に分かれている。
脚注[編集]
脚注
- ^ 平岡 恒一『港外の酒場文化――BAR OUTER HAVENの社会史』港湾文化研究会, 2008.
- ^ Margaret L. Thornton, "Outer Havens and Night Economies", Journal of Urban Folklore, Vol. 17, No. 3, pp. 201-229, 1996.
- ^ 山崎 澄子『横浜夜業史資料集 第4巻』神奈川近代出版会, 2011.
- ^ 田所 俊明『潮位と都市儀礼――港町における開店時刻の変遷』海文社, 1989.
- ^ K. Hiratsuka, "A License to Wait: Drinking Spaces in Post-Quake Yokohama", Pacific Social History Review, Vol. 9, No. 1, pp. 44-67, 1973.
- ^ 『神奈川夜業記録』第12号, 神奈川夜間文化協会, 1994.
- ^ 中村 佐枝『港外印の民俗学』港の会出版部, 2002.
- ^ D. S. Weller, "The Lamp That Signaled Tides", Maritime Anthropology Quarterly, Vol. 6, No. 4, pp. 88-103, 1987.
- ^ 小田島 里美『終電を逃した人々のための制度史』新都社, 2015.
- ^ 『BAR OUTER HAVEN 記念写真集 1928-1988』横浜埠頭文化財団, 1988.
外部リンク
- 横浜港湾文化アーカイブ
- 神奈川夜業史データベース
- 港外印保存会
- 都市酒場研究所
- Outer Haven Memoirs