NHKラジオ第二
| 名称 | NHKラジオ第二 |
|---|---|
| 略称 | ラジオ第二、R2 |
| 種別 | 学習放送・教養放送 |
| 開局 | 1939年4月11日 |
| 本部 | 東京都渋谷区神南 |
| 運営 | 日本放送協会 |
| 主要地域 | 全国 |
| 周波数帯 | 中波 |
| 標語 | 聞き返しに耐える放送 |
| 旧称 | 第二教育試験放送 |
NHKラジオ第二は、が戦前期に開発したとされる、学習放送を主目的とする中波ラジオ放送系列である。もともとは周辺の夜間学習者向けに設けられた「反復聴取用音声網」として構想され、のちに全国へ拡張されたとされる[1]。
概要[編集]
は、を中心に編成されたとされる放送系統である。特に、同一講義を1日3回、うち2回は速度を落として再送する「三重反復方式」を採用したことで知られている[2]。
番組はと旧の合同委員会が監修したとされ、戦後にはの実地教材として重用されたという。なお、1964年の再編時には、職員84名のうち37名が「原稿を読むためにだけ雇われた」とされるなど、極端に講義偏重の運用が特徴であった[要出典]。
歴史[編集]
創設期[編集]
起源は、内の夜学教師であったが、試験用の受信用紙に「復唱可能な放送」を印字したことにさかのぼるとされる。これがの技術班に持ち込まれ、翌年には「聞き逃した箇所を10分以内に再度提示する」ための可変タイムテーブルが作られた[3]。
1936年には、で行われた公開試験において、同じ原稿を1.8倍速・等速・0.75倍速で順に送出する実験が成功したとされる。この方式は聴取者から「耳で写経するようだ」と評され、のちの番組作りの原点になったという。
戦時下と再編[編集]
の本放送開始後、第二系統は「国民学校高等科向けの補助講座」を増やし、算術・漢文・地理の3分野を軸に編成された。とくにの夏季には、全国で同一時間に『新体制下の会話術』を放送し、終戦までに延べ1,240万回聴取されたと記録されている[4]。
敗戦後は、一時的に『再教育局』の下に置かれたが、1948年にの指導で「政治的に中立な反復放送」に改称された。改称にあたっては、当時の担当者が“第二”を数字の2ではなく「学習の第2段階」と解釈して押し切ったため、局内では長く「だいに派」と「セカンド派」が対立したという。
成熟期[編集]
には、出身のらが台本整備に参加し、1講座あたりの誤読率を0.03%以下に抑えたとされる。これにより、英語・簿記・工業製図の講座が急増し、地方のや鉱山事業所の独習教材として広く用いられた。
一方で、1971年には『声が落ち着きすぎて眠くなる』との苦情が1か月で312件寄せられ、対策として打楽器のSEを入れる案も出たが、学習担当者が「太鼓は理解を促進しない」として退けた。これが、ラジオ第二の保守的な音作りを決定づけたとされる。
編成と放送技術[編集]
ラジオ第二の編成は、1日をの3帯に分け、各帯で同一講座を異なる密度で再送する独特の方式を取ったとされる。たとえば『初級英会話』は、朝は発音中心、昼は例文中心、夜は沈黙多めの復習回として送出され、これを聴くだけで単語帳が一冊完成する設計であった。
技術面では、が開発したとされる「遅延巻き戻し回路」が有名である。これは受信機側で最大14秒前の音声を自動的に微小再生する仕組みで、講師が言い間違えた直後に“もう一度”が機械的に発生するため、結果として講座の権威が異様に高まった。
また、全国48局のうち7局では、天候不順時に原稿用紙の湿度が上がり、アナウンサーの滑舌まで連動して悪化したという報告がある。こうした地域差は「放送の地勢学」と呼ばれ、とで語尾が微妙に異なる現象が注目された[5]。
番組文化[編集]
ラジオ第二の番組は、単なる知識の伝達ではなく、聴取者に“聴きながら書く”行為を強いたことで独自文化を形成した。学校の教室では、放送を聞きながら答案を黒板に書き写す「空中板書」が流行し、ごろには全国の夜学で標準的な学習法となっていた。
人気番組としては『』『』『』があり、とくに『やさしい古典』は、毎回末尾に1分だけ講師の私生活を語る「人間味コーナー」が設けられていたことで知られる。講師のは、授業中に飼い猫の名を三度以上呼んだため、受信者から“古典より猫が覚えられる”と評された[6]。
なお、1980年代の深夜枠では、受験生向けの『1分間要約地理』が異常な人気を集め、1回の放送で全国の参考書出版社から平均4.6冊分の用語が消化されたとされる。これは後年、教育番組の「圧縮化」の先駆けとみなされている。
社会的影響[編集]
NHKラジオ第二は、地方の独習者にとって「学歴の代用品」として機能したとされる。とりわけの冬季には、停電時でも電池式受信機で聴けることから、村役場の戸籍係や農業改良普及員が講座の主要視聴者になったという。
また、企業内教育にも影響を与え、の統計では、1975年時点で製造業の新入社員の約18%がラジオ第二の『初歩の工業英語』を聴取していたとされる。これにより、社内で「listen」と「obey」を取り違える新人が続出し、英語教育の現場では一時的に笑い話となった。
一方で、第二系統の過剰な丁寧さは、放送を聞いた者が日常会話まで教科書的になる副作用をもたらしたとされる。ある調査では、習慣的聴取者の27%が電話応対の最後に「以上でございます」と言ってしまう傾向を示した。
批判と論争[編集]
第二系統は、教育効果の高さの反面、番組が長文化しすぎるとの批判を受けた。1987年には、45分講座『現代文読解法』の中で、講師が句読点の位置を説明するだけで18分を費やし、聴取者から「もはや説明の説明である」と抗議が寄せられた。
また、1993年には、理科番組で紹介された実験映像の代替として“音だけでわかる気化熱”が導入されたが、これが全国の中学生に極端な想像力偏重をもたらしたとして議論になった。文部行政側は「音声教材の抽象度が高すぎる」と指摘したが、番組担当者は「見えないからこそ本質がある」と応じたとされる。
2001年の受信機一斉更新では、旧型機のつまみが固すぎて最後までラジオ第二に合わせられない家庭が約12万世帯あったとされ、これをめぐって“教育格差はダイヤルの硬さにも宿る”という象徴的な言葉が残された。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯一郎『反復聴取の文化史』放送文化社, 1998.
- ^ 北見重太郎『試験放送と学習心理』日本放送協会出版部, 1941.
- ^ Marjorie T. Ellison, "Delayed Repetition and Public Learning," Journal of Broadcast Pedagogy, Vol. 12, No. 3, 1967, pp. 44-68.
- ^ 小森節子『古典朗読と猫の記憶』教育音声研究会, 1979.
- ^ 田所新一『中波教育網の成立』東洋学術出版社, 2004.
- ^ H. W. Calder, "The Second Network and Civic Discipline," Media Studies Quarterly, Vol. 8, No. 1, 1958, pp. 11-29.
- ^ 村瀬由美『ラジオ講座の社会史』岩波書店, 2011.
- ^ 放送文化研究所編『学習放送の現在地』NHK出版, 2016.
- ^ 緒方健二『音だけでわかる気化熱の研究』理工社, 1994.
- ^ Eleanor P. Grant, "Public Instruction by Voice Alone," The Journal of Audio Nation, Vol. 5, No. 4, 1989, pp. 201-219.
外部リンク
- NHK放送史アーカイブ
- 第二系統資料室
- 日本学習放送協会年報
- 中波教育文化研究センター
- ラジオ講座データベース