massive attack
| 名前 | massive attack |
|---|---|
| 画像 | MA_1999_live.jpg |
| 画像説明 | 1999年、横浜港の倉庫群で撮影されたライブ写真 |
| 画像サイズ | 300px |
| 画像補正 | 100% |
| 背景色 | #222831 |
| 別名 | MA(略称) |
| 出生名 | — |
| 出身地 | 神奈川県横浜市(霧の港湾区一帯) |
| ジャンル | ダーク・ブリットロック、実験的エレクトロニカ |
| 職業 | ロックバンド |
| 担当楽器 | ボーカル、ギター、ベース、ドラム、サンプラー/コーラス |
| 活動期間 | 1997年 - 2024年(断続的活動) |
| レーベル | 霧都サウンド |
| 事務所 | 煙突レコード |
| 共同作業者 | 音響技師の[[篠崎ユリオ]]、詩人[[伊藤宙介]] |
| メンバー | 椎名ノア(Vo/Gt)、渡瀬クオン(Gt)、砂野レン(Ba)、御手洗スバル(Dr)、黒川ミナト(Sa/Cho) |
| 旧メンバー | — |
| 公式サイト | MA_official_morning.jp |
massive attack(まッシブ・アタック)は、[[日本]]の5人組[[ロックバンド]]である。所属事務所は[[煙突レコード]]。レコード会社は[[霧都サウンド]]である。[[1997年]]に結成、[[2001年]]にメジャーデビュー。略称および愛称は「MA」。公式ファンクラブは「粉砕希望隊」である[1]。
概要[編集]
massive attackは、[[日本]]の5人組ロックバンドである。重低音のうねりと、工業製品のように規格化されたリズムパターンを「襲撃」と呼び、アルバム制作では打ち込みの小節長をわざと0.01秒単位で揺らす手法が知られている[1]。
バンド名は、結成初期に交わされた“楽曲が聴取者の体温を奪う”という比喩から付けられたとされるが、当時のメンバーは実際に[[横浜市]][[港湾局]]の資料を読み込み、「港の霧が音に与える遅延」の研究を模したという逸話も残っている[2]。なお、この語感が国際的に有名な英語表現と偶然一致したことは、後年まで誤解の火種になったとされる[3]。
メンバー[編集]
椎名ノアはボーカルおよびギターを担当し、声量の調整には“息継ぎを小節の裏拍に埋める”独自の譜割りを用いたとされる[4]。渡瀬クオンはギターを担当し、音作りでは[[高崎市]]の廃工場から回収したとされる磁性体パーツを試聴器に組み込んだという[5]。
砂野レンはベースを担当し、ライブではベースアンプの利得を毎回“前回から3段階だけ”変更するルールを課していたとされる[6]。御手洗スバルはドラムを担当し、キックの硬さを調整するためにドラムヘッドの交換日を“雨量”で決めることで知られていた[7]。黒川ミナトはサンプラーおよびコーラスを担当し、都市のノイズを[[NHK]]の公開音源のように整形して曲中に織り込むことが多かった[8]。
バンド名の由来[編集]
バンド名は、結成当時の合宿場所である[[神奈川県]][[横浜市]]の“霧の倉庫”で、5人が同じ短波ラジオにチューニングし続けたことに由来するとされる[9]。短波に混ざる不規則な信号を「攻撃」と見立て、そこにリズムを与えた結果としてmassive attackという表現が持ち出されたと記録されている[10]。
また、当初は仮称として「巨大な“遅延”」という日本語案もあったが、書類上は必ず英語表記に直される当時のマネジメント慣行により短い語へ圧縮された、という証言もある[11]。一方で、この命名が“特定の海外プロジェクトの影響”を受けた可能性を指摘する声もあるが、当時メンバーは「影響ではなく、霧の周波数が偶然そう聞こえただけ」と繰り返したとされる[12]。
来歴/経歴[編集]
結成(1997年)[編集]
massive attackは[[1997年]]、[[神奈川県]][[横浜市]]にある音響専門学校の夜間講座で結成された。初期の稽古は“音を鳴らす前に、音の失踪地点を探す”という奇妙な課題から始められ、椎名ノアは「0.3秒前後の沈黙がいちばん人を動かす」と語ったと伝えられる[13]。
当時のメンバーは週に合計22時間スタジオに入ったとされ、うち14時間はサンプル収集に費やされた。収集対象は工事現場の振動音だけでなく、[[みなとみらい]]周辺で発生するアナウンスの反響も含んでいたという記録がある[14]。
インディーズ期(1998年-2000年)[編集]
[[1998年]]から[[2000年]]にかけてはインディーズとして活動し、当時のライブは“入場者全員に同じ周波数の紙チケットを配る”形式だったとされる[15]。紙チケットは周辺の金属板で共鳴させることで、開演前に微かなざわめきを生む仕組みになっており、結果として会場の残響が揃うと説明された[16]。
[[1999年]]には自主制作EP『霧都の骨格』を500枚限定でリリースし、内訳は会場売り280枚、通信販売180枚、関係者配布40枚であったとされる[17]。なお、この数字は後に“なぜ40枚だけ余るのか”というツッコミの種にもなったと報じられた[18]。
メジャーデビュー(2001年)[編集]
[[2001年]]、メジャーデビューシングル『粉砕希望隊』が[[霧都サウンド]]から発売された。初動売上は当初公表されず、公式に明かされたのは発売後46日目で、累計は約3万枚(小数点以下を切り上げた推計値)と記された[19]。
同年の全国ツアーでは、会場を縦に分けて“低音ゾーン”と“高音ゾーン”の観客導線を変える演出が採用されたとされる。これは[[札幌市]]のライブ会場で配線ミスが起きた際、偶然にも音の抜けが揃った経験から発展したと説明された[20]。
2003年の転機[編集]
[[2003年]]にはセカンドアルバム『臨界の散歩道』がリリースされ、オリコンチャートでは初登場2位を記録したとされる[21]。ただしバンド側の談話では「2位は臨界からはずれた証拠」とされ、狙うのは1位ではなく“ズレ”であったという[22]。
同作の制作では、サンプルのテンポを平均でBPM 112.48に揃える作業が行われたとされる。さらに、ドラムのスネアは毎回だけ“湿度由来の鳴り”が違うため、[[川崎市]]の倉庫に保管したヘッドを月単位で使い分けたという[23]。
活動末期と断続(2019年-2024年)[編集]
[[2019年]]以降は“月1回だけスタジオに集まり、残りは各自で沈黙する”という運用が広まった。具体的には、ミーティング時間が合計17分で、議題は「次の沈黙を何回数えるか」の一問だけだったとされる[24]。
[[2024年]]に公式サイトへ活動休止が掲載され、最後の公演は[[大阪府]][[大阪市]]の[[扇町]]で行われたとされる。ただし、その告知文の文字数が異常に短く、ファンは“沈黙の精度が上がった結果”だと解釈した[25]。
音楽性[編集]
massive attackの音楽性は、ダーク・ブリットロックと呼ばれることが多い。特徴として、低域の定位をわざと左右に0.7ミリずらすミックスが挙げられる。これは“人体の左右非対称”を利用した聴覚心理の実験として説明され、技術者の[[霜田マコト]]が「ズレは嘘をつかない」と言ったとされる[26]。
また歌詞は、港湾施設の比喩(錨、係留、索具)と、行政文書の比喩(告示、届出、基準値)が交互に出る作風で知られる。特に『臨界の散歩道』では「第7条の呼吸」といった表現が登場し、ファンは法令文の節回しをメロディに移したのではないかと推測した[27]。
一方で、ライブでは演奏テンポを“観客の拍手に合わせて微調整”する規則があったとされるが、実際には拍手ではなく会場の床振動をマイクで拾って推定していると後年明かされた[28]。この種の情報は、バンドの神秘性を強める反面、専門家からは懐疑も向けられた。
人物[編集]
椎名ノアは、取材のたびに「曲は攻撃ではなく、待ち伏せである」と述べる傾向がある。彼女(当時のインタビューでは“ノア”名義)は、自分のボーカルについて“音程より先に息が歌う”と表現していたとされる[29]。
プロデュースは主に音楽プロデューサーの[[大江戸トモ]]が担当し、制作初期には“2拍目を救うな”という指示を出したと伝えられる[30]。一方で、音響設計は[[篠崎ユリオ]]が担い、デモ段階の段差ノイズすら捨てずに残す方針を徹底したという[31]。
また、詩人[[伊藤宙介]]の関与が示唆される時期があり、メンバーが「言葉が来る前に音が立つ」と語る場面では、外部の助言があった可能性があるとされる[32]。ただし、契約書の存在は出典がはっきりせず、「一回だけ匂わせた」という内部証言も見られる[33]。
評価[編集]
massive attackは、国民的な“沈黙系バンド”と称されることもある。特に『粉砕希望隊』は、テレビ番組の放送休止前後に関連楽曲として取り上げられたことで注目を集めたとされ、社会的な会話の切れ目を埋めるBGMとして機能したという[34]。
批評家の[[佐伯ユウ]]は『臨界の散歩道』について「攻撃性があるのに、疲れない」「耳が先に救われる逆説」と論じたとされる[35]。ただし一部では、演出の数字が細かすぎること(湿度、ミリ単位、秒単位)が“神格化”を呼び、音楽の解釈を閉じてしまうという指摘も出た[36]。
また、メジャーデビュー後はメロディの広がりが評価された一方で、インディーズ期の工事現場サンプルに比べると“都市の匂い”が薄れたとの意見もあった。バンドはその批判に対し「匂いは鼻ではなく会話に入る」と応じ、以後はトークパートを長くする方針へ移行した[37]。
受賞歴/賞・記録[編集]
[[日本レコード大賞]]では、[[2004年]]に『臨界の散歩道』が“技術賞相当”として扱われ、当時の公式発表では「音響演出の新規性」が評価されたとされる[38]。なおバンドは授賞式当日に、ステージ上で音を一度も鳴らさず、沈黙だけで受賞報告を行ったことで話題になった[39]。
記録としては、オリコン年間アルバムチャートでトップ3入りを2年連続([[2004年]]・[[2005年]])としたとされる[40]。また、配信では『霧都の骨格』がストリーミング累計で2.8億回再生を突破したとされるが、当時の発表は“概算”と注記された[41]。この概算性が、ファンの間で「なぜ2.8なのか」という議論を生んだことが記録されている[42]。
ディスコグラフィ[編集]
シングルとしては『粉砕希望隊』([[2001年]])、『第7条の呼吸』([[2003年]])、『錨の裏拍』([[2006年]])、『灰色の告示』([[2011年]])などがある。CDシングルは各作品とも初回限定盤が存在し、限定盤には“会場音声の疑似残響”が同梱されたとされる[43]。
アルバムは『霧都の骨格』([[1999年]]、自主制作扱い)から始まり、『臨界の散歩道』([[2003年]])、『係留する季節』([[2008年]])、『規準外の街』([[2015年]])と続いたとされる。ベスト・アルバムとしては『MA—遅延の地図』([[2020年]])がリリースされた[44]。
映像作品にはライブ映像『港湾ノイズの儀式』([[2005年]])と、ドキュメンタリー風の『沈黙調律』([[2018年]])がある。ストーリー性を前面に出した作品であるにもかかわらず、実際にはテスト音源の差分が中心であったと語られ、ファンが“作品というより実験”と呼ぶこともあった[45]。
ストリーミング認定・タイアップ一覧・ライブ[編集]
ストリーミング認定としては、楽曲『錨の裏拍』が[[日本レコード協会]]の独自基準で“ゴールド級”相当として扱われたとされる[46]。なお、認定時期の発表は月単位で、[[2016年]][[10月]]とだけ記載されたため、ファンは“いつの月次集計か”を推理した[47]。
タイアップでは、映画『[[霧の係留所]]』(架空ではないとされる制作資料があるが、出典は曖昧)で『灰色の告示』が主題歌として使用されたと説明された[48]。テレビでは[[TBS]]系のバラエティ『計測不能の夜』で『第7条の呼吸』がBGMに採用されたとされる[49]。
ライブ・コンサートツアーとしては、『粉砕希望隊TOUR』、『係留する季節巡礼』、『規準外の街—追撃—』などが行われた。会場にはサポートメンバーとして[[鈴木エイジ]](サンプラー補助)が参加した年があるとされる[50]。ツアーの終盤では、セットリストの順序を“会場の温度”で決める運用が導入されたという証言もあった[51]。
出演(テレビ/ラジオ/映画/CM)・NHK紅白歌合戦出場歴[編集]
テレビ出演は、音楽番組よりもトーク番組での比率が高かったとされる。ラジオでは[[J-WAVE]]系の深夜番組『残響の交通整理』に、メンバー全員でゲスト出演したとされる[52]。
映画出演は演技ではなく“音の提供”という形が多く、[[大阪府]][[大阪市]]の撮影現場で録られた環境音を『規準外の街』に反用したと語られる[53]。CMでは[[横浜市]]が主催した“港の防災”キャンペーンに関連して、楽曲の一部が広報用に使われたとされるが、公式記録は限定公開だった[54]。
[[NHK紅白歌合戦]]出場歴としては、[[2005年]]に初出場し、その後[[2006年]]にも出場したとされる[55]。ただし、その年の“出場順”がファンサイトで食い違っており、「沈黙を先に使った年だから」と説明する声もある[56]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 霧都通信社『MA秘話—沈黙調律の裏側』霧都通信社, 2004年。
- ^ 佐伯ユウ『耳が救われる音響心理』音楽評論社, 2005年。
- ^ 大江戸トモ『現場は遅延でできている』煙突レコード出版, 2007年。
- ^ 篠崎ユリオ『環境音の整形:0.01秒単位の倫理』Vol.3 第2号, 2008年。
- ^ 伊藤宙介『告示と錨の詩学』霧都詩文庫, 2012年。
- ^ 日本レコード協会『ストリーミング認定の運用指針(概算注記版)』第7巻第1号, 2016年。
- ^ 渡瀬クオン『ギターはミリで嘘をつくな』扇町工房, 2017年。
- ^ Shimazaki, Yuriyo. “Delay as Narrative: Port-Noise Aesthetics.” Vol.14, pp.33-61. Journal of Urban Sound, 2019.
- ^ OeDO Tomo. “Silence Management in Live Setlists.” No.2, pp.101-129. Proceedings of the Japanese Audio Society, 2021.
- ^ 鈴木エイジ『サンプルは裏拍に住む(改訂版)』霧都サウンド, 2023年(第2刷では脚注が増補されたとされる)。
- ^ 横浜港湾資料館『港の霧と音の遅延:行政資料からの推測』港湾資料館叢書, 2020年。
外部リンク
- MA_official_morning.jp
- 霧都サウンド レーベルアーカイブ
- 煙突レコード メディア資料室
- 横浜港湾資料館(音響閲覧コーナー)
- 残響の交通整理 公式ポータル