すもうもももももものうち
| 名称 | すもうもももももものうち |
|---|---|
| 起源 | 昭和初期・東京都東部の市場伝承 |
| 分類 | 早口言葉、掛け声、果樹保護儀礼 |
| 主な伝承地 | 墨田区、台東区、江東区 |
| 関連組織 | 東京民俗語彙研究会、関東青果同業組合連合会 |
| 初期記録 | 1932年頃の手書き帳面 |
| 語数 | 12語から18語の揺れがある |
| 用途 | 口腔訓練、子どもの遊び、収穫祈願 |
| 象徴的果実 | 桃 |
すもうもももももものうちは、東京都の下町言語圏で発達した、相撲語と果樹保護の掛け声が融合したとされる民間言語遊戯である。昭和初期に墨田区の青果市場と相撲部屋の間で広まったとされ、現在では早口言葉の一種として知られている[1]。
概要[編集]
すもうもももももものうちとは、相撲の取り組みを見物していたの仲買人たちが、桃を守るための掛け声を誇張したことから生じたとされる言い回しである。東京都墨田区を中心に伝承され、のちに子どもの遊び歌や発声練習の題材として普及した。
この語は、意味内容よりも音の連続性が重視される点に特徴がある。一方で、昭和10年代の口承調査では、すもうを「素嚢(すもう)」、ももを「桃袋」と解する俗説も確認されており、民間語源が幾重にも重なった例としてしばしば引用される[2]。
起源[編集]
市場由来説[編集]
最も有力とされるのは、1932年夏、近くの青果問屋「三河屋青果」が、傷みやすい桃の荷を店先で守るために唱えた「相撲見物のうちに桃を失うな」という警句が、周囲の笑いを呼んで短縮されたという説である。当時の帳面には、荷主の渡辺精一郎が「もも、もも、もものうち」と書き留めた痕跡があり、のちに口伝で前半の「すもう」が付加されたとみられている[3]。
相撲部屋介在説[編集]
一方で、の相撲部屋「辰巳部屋」の若い行司が、稽古中に桃を差し入れされた際、力士の発声訓練として「も」を連続させる遊びを考案したという説もある。部屋の記録では、に稽古中の発声が原因で近隣の子どもが集まり、結果として門前で即席の「口上大会」が開かれたことが記されている。なお、この大会の優勝者は八歳の少女で、賞品は桃二個と軍手一組であったという[4]。
学術的整理[編集]
戦後になると、のが、類似表現「すもももももももものうち」との比較研究を進め、この言い回しは「果実名を連続させることにより、語意の境界を一時的に解除する儀礼」と定義した。加藤は1958年の講演で、桃が三度現れるのは「市場・部屋・家庭」の三領域を象徴するためと述べたが、直後に聴衆から『三度は多い』と野次られたとされる[5]。
構造と発音[編集]
この言い回しは、実際には単純な早口言葉ではなく、子音の連結部に微妙な休止が挟まる点に独特の難しさがあるとされる。特に「すもう」と「もも」の境目が曖昧化すると、発話者は相撲を唱えているのか、を数えているのか判別できなくなる。
にはの非公開調査で、成人男性47名、児童39名に朗読させたところ、成功率は初回で12.8%、三回連続では2.1%まで低下したと報告された。ただし、この調査票には「桃を口に含んだ状態での実験」を認めるような欄があり、研究倫理上の問題があったことが後年になって指摘されている[6]。
普及[編集]
児童遊戯としての拡散[編集]
以降、都内の小学校では、給食のデザートに桃缶が出た日の余興としてこの語が流行した。特に江東区の学童保育では、言い切れなかった児童が桃ゼリーを一口ずつ減らされるという独自ルールが生まれ、これが「発音による配分調整」と呼ばれた。記録上、最長で23回続けて成功した児童がいたが、本人は『たぶん最初の一回は息だけで言った』と回想している。
商業利用[編集]
1980年代にはが、夏季の桃販売促進にこの表現を転用し、駅貼りポスターに「すもうもももももものうち・桃は旬のうち」と掲げた。売上は前月比18.4%増とされたが、同時期に台風被害で他の果物が減ったこともあり、因果関係は不明である。なお、ポスターの一部では誤植により「すもうももももももの口内」と印刷され、かえって話題になった[7]。
社会的影響[編集]
この言い回しは、単なる滑稽な言葉遊びを超えて、地域の記憶装置として機能したとされる。特に東京都東部では、桃の出荷時期を告げる合図、あるいは近隣トラブルを穏便に切り上げる婉曲表現としても用いられた。
また、昭和後期のテレビ番組でタレントがこれを復唱したことから、全国的な知名度を獲得した。番組制作記録では、収録当日に司会者が7回言い間違え、放送ではそのうち5回が編集で削除されたが、視聴者からは『削られた5回のほうが面白い』と投書が相次いだという。
なお、台東区の一部商店街では、毎年7月の「桃入荷祭」で子どもたちがこの語を唱えながら練り歩く慣習があったが、近隣住民からは「夜に聞くと眠れない」との苦情もあり、現在は午後6時までに短縮されている。
批判と論争[編集]
研究者の間では、この表現を独立した民俗語彙とみるか、単なる音声の事故とみるかで意見が分かれている。の民俗学者・は、2011年の論文で「市場の記憶を背負う軽口」と評価したが、早稲田大学の言語学者・は「後世の観光土産化により意味が過剰付与された」と反論した。
また、桃農家の一部からは「桃を何度も繰り返すと、収穫期の緊張感が薄れる」との批判が出た。これに対し、東京民俗語彙研究会は『発音の反復はむしろ果実を尊重する形式である』との声明を出したが、声明文の末尾に「ただし家庭での過剰反復は推奨しない」と追記され、慎重さが目立った[8]。
派生形[編集]
教育現場の変種[編集]
小学校低学年向けには「すもうもももももものうち、ももはうちでもうちわではない」といった教育版が存在したとされる。これはの発音教材に採用されたという話が残るが、現物は確認されていない。
演芸化した形態[編集]
寄席では、前座がこの語を節回しで読み上げ、最後に桃の皮をむく仕草を加える演目が作られた。とくにの夏席では、成功率の低さが笑いを生み、失敗した場合は観客が拍手で「うち」に戻すという暗黙の作法があった。
脚注[編集]
脚注
- ^ 加藤澄子『果実反復語の民俗学的研究』東京民俗語彙研究会, 1961.
- ^ 渡辺精一郎『両国青果帳面抄』関東市場史資料刊行会, 1938.
- ^ 佐伯良平「すもうもももももものうちの地域伝承」『民俗と言語』Vol. 14, No. 2, pp. 41-67, 2011.
- ^ 森下叶「反復音と観光商品化」『日本言語文化学報』第22巻第1号, pp. 88-103, 2014.
- ^ Harold P. Yamanaka, “On Repetitive Orchard Chants in Eastern Tokyo,” Journal of Urban Folklore, Vol. 9, No. 3, pp. 201-219, 1972.
- ^ Margaret A. Thornton, “Phonetic Disruption in Market Chants,” Transactions of the East Asian Linguistic Society, Vol. 31, pp. 55-79, 1989.
- ^ 『東京民俗語彙年報 1958』東京民俗語彙研究会, 1959.
- ^ 『NHK放送文化研究所報告集 第44号』日本放送協会, 1964.
- ^ 小林篤『桃と相撲のあいだ』青果出版, 1976.
- ^ 加藤澄子『もものうち、うちのもも――反復表現の社会史』東都書房, 1983.
- ^ 森下叶『すもうもももももものうちの研究ノート』講談社学術文庫, 2016.
外部リンク
- 東京民俗語彙研究会デジタルアーカイブ
- 両国ことば資料館
- 関東青果同業組合連合会資料室
- 下町発声文化センター
- 東都早口言葉研究所