ひき
| 別名 | 挽き対象、肉挽き生物(非公式) |
|---|---|
| 分類 | 食肉加工用の対象生物(伝承的分類) |
| 主な用途 | の材料、加工肉の端材統合 |
| 流通形態 | 小規模市場での「分割個体」取り引きが中心 |
| 発祥とされる地域 | 秋田県北部〜新潟県上越の境界地帯 |
| 関連制度 | 地方衛生規約(通称:挽衛規) |
| 研究分野 | 民俗獣医学、食肉加工史 |
ひき(英: Hiki)は、主に日本の食文化においての材料として扱われる「挽き対象の動物」を指す語として広く知られている[1]。語源は畜産加工の職能から説明されることが多いが、その起源には地域別の逸話が付随している[2]。
概要[編集]
「ひき」は、広い意味ではの材料として加工される「挽き対象の動物」を指す語として用いられている。日常会話では「鶏ひき」「豚ひき」などのように前置詞的に添えられ、加工業者のあいだでは「今日のひきの粒度」を話題にしていたとされる[3]。
辞書的な説明では、動物種そのものよりも加工適性(挽いたときの粘度、脂肪の滲み方、繊維の折れやすさ等)に重心が置かれることが多い。実際、民俗記録では「ひきは生物であると同時に、臨時の技術区分でもある」との見解があり、研究者間で定義の揺れが指摘されている[4]。
語源と分類[編集]
「挽き」が先で「ひき」が後になったという説[編集]
語源については、まず鍛冶職人の間で「挽き(ひき)」という作業音が定着し、その後に「挽きやすい個体だけ」をまとめて呼ぶ隠語として「ひき」が残ったとする説がある[5]。この説では、長野県の峠越え商人が荷運びの最中に「挽き鳴り」を耳印として共有したことが、呼称の固定化につながったとされる。なお、この説に対しては「音の記憶だけで口上が成立するのか」という反論が出ているが、地域の聞き書きでは「成立した」とされている[6]。
“個体”ではなく“粒度”で分ける伝統[編集]
分類は、学術的には民俗獣医学の応用として整理されることが多い。たとえば東京の小規模加工所でまとめられた家内簿では、ひきは「粗粒(3.2〜4.8mm)」「中粒(2.1〜3.0mm)」「微粒(1.0〜1.7mm)」の三段階に分けられていたと記録されている[7]。この粒度は挽き刃の摩耗と関連づけられ、刃の交換が「7の字(つのじ)」になるまで行われる慣行があったとされるが、記録が残る年代が限定的であるため、真偽は慎重に扱われるべきとされる[8]。
歴史[編集]
秋冬の“挽き供養”と市場制度(架空の起源譚)[編集]
起源譚として有名なのは、秋田県北部で語られた「挽き供養」である。寒気が強まる旧暦十一月、加工所に集まった職人が、刃の錆を祓うために“今日のひき”を先に挽き、残った脂の香りで祭壇を清めたという話が残っている[9]。この逸話は、後に現実味のある制度へと発展したとする見方があり、新潟県上越の市場では「挽衛規(えいえいき)」に相当する地方衛生規約が、年3回の検査計画として書き起こされたとされる[10]。
さらに、この規約の原本が残るという触れ込みで、検査項目が妙に具体的な数字を含むことが知られている。たとえば「温度は摂氏◯度以内」「腸由来の臭気は分光官能で◯点以下」などであるが、実在史料の確認が難しいため、研究者の間では“伝承の写し方が過剰に整っている”として疑義が出ている[11]。ただし、整っているからこそ信用されやすいという逆説もあり、聞き書きの多くは「整っていないと売れなかった」と述べている[12]。
「ひき肉」産業化と、革命的な“押し挽き”の発明者[編集]
ひきが食肉加工の概念として社会に浸透したのは、工業的な「押し挽き」機構が広まってからだとされる。発明者としてしばしば挙げられるのは、北海道帯広の機械工だった渡辺精一郎(わたなべ せいいちろう)である。彼は挽き刃の角度を一気に固定せず、毎朝「刃角度の立ち上がり」を手で確認する工程を残したと記録されている[13]。
この方式が評判になった理由は、粒度が安定し、同じ“ひき”でも歩留まりが均一化したからだと説明される。ある企業の内部文書では、押し挽き導入後の歩留まり改善が「年間1.37%」だったとされ、担当者の走り書きにはさらに「月次で最大1.84%」と追記されている[14]。ただし、この数字の根拠となる原票が見つからず、研究者は「記憶の精度を数値で裏切った可能性」を議論している[15]。それでも業界では、数字があったことで現場が安心したとも指摘されている[16]。
社会への影響[編集]
ひきという語が広がると、食の選択基準が「肉の種類」から「挽き適性」へと移ったとされる。たとえば大阪府の家庭料理雑誌に連載された「台所の粒度講座」では、「ひきの微粒は“口の中でほどける”」など、料理評価が粒度と結びつけて語られた[17]。この結果、消費者は購入時に“部位名”ではなく“挽き方の傾向”を問うようになり、量販店では陳列棚に「粗粒ゾーン」「微粒ゾーン」が作られたとされる[18]。
また、加工所の技能が言語化され、見習い制度にも影響が出た。見習いは「ひきの見立て」から始めるのが通例になり、初日から“ひきの香り”の分類練習を行ったという記録がある[19]。ここで驚くのは練習の回数で、ある教本では「最初の42回は口を使わず、鼻と手だけで評価する」と明記されている[20]。もっとも、教本の著者が後に異動しており原資料確認が困難なため、厳密性には揺れがあるとされる[21]。それでも制度として定着したのは、“基準があいまいだと肉が荒れる”という現場の実感が裏付けとして機能したからだと説明される[22]。
批判と論争[編集]
一方で、ひきが「動物の呼称」というより「技術区分」に近いことが、誤解や不信を招いたとされる。消費者団体の日本支部では、「ひきという言葉が、生産者の“都合のよい区分”になっているのではないか」との指摘が出たとされる[23]。さらに、加工業者のなかには「ひき銘柄」を売り文句として独自に作り、産地や餌の情報を曖昧にする例があったとも報告されている[24]。
論争の中心には、規約の運用実態があった。前述の挽衛規は、検査のタイミングが「大市の前日」とされ、曜日により検査結果がブレる可能性があると批判された[25]。この批判に対し、業界側は「ブレるのは温度計ではなく刃の気分である」といった比喩を用いた記録が残るが、真面目な議論として受け止められなかったとされる[26]。ただし、比喩すらも現場の再現性を守るための語りであった、と弁護する声もある[27]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 田村柾輔「『ひき』語彙の生成過程—粒度による分類体系」『民俗食性学研究』第12巻第3号, pp.15-39, 2011.
- ^ 渡辺精一郎「押し挽き機構覚書」『北海道機械加工叢書』第2巻第1号, pp.1-22, 1938.
- ^ Katherine J. Morita, “Granularity as a Culinary Index in Regional Meat Markets,” Vol.7 No.2, pp.44-63, 1999.
- ^ 佐伯綾乃「挽衛規(えいえいき)の運用と検査の社会史」『衛生制度史評論』第5巻第4号, pp.77-105, 2006.
- ^ 山本澄人「台所の粒度講座の思想—『微粒』の受容」『食の言説研究』第9巻第1号, pp.101-131, 2014.
- ^ Ryohei Nakatani, “Odoor Spectral Judgement in Small-Scale Processing,” Vol.3, pp.9-28, 2003.
- ^ 小野寺直幸「刃角度“七の字”伝承の信憑性」『工房口伝学会誌』第1巻第2号, pp.33-58, 2018.
- ^ 李承勲「職能言語としての『ひき』—見習い制度の設計」『東アジア食産業史研究』第6巻第2号, pp.201-230, 2020.
- ^ 『市場年報(上越編)』【架空】上越商況局, 1912年.
- ^ 村井和馬「記憶を数値化する現場—歩留まり1.37%の系譜」『加工現場技術史』第8巻第1号, pp.55-79, 1977.
外部リンク
- 挽衛規アーカイブ
- 粒度辞典プロジェクト
- 民俗獣医学・資料室
- 押し挽き技術館
- 家庭料理誌コレクション