イキスギ両成敗
| 法令名 | イキスギ両成敗 |
|---|---|
| 法令番号 | 令和7年法律第128号 |
| 種類 | 公法(社会秩序法) |
| 効力 | 現行法 |
| 主な内容 | 過剰努力の認定、相殺の要件、是正命令、罰則 |
| 所管 | 厚生労働省 |
| 関連法令 | 、(準用) |
| 提出区分 | 閣法 |
イキスギ両成敗(いきすぎ りょうせんばい、令和7年法律第128号)は、働き手が過剰に張り切ることによる社会的損失を抑制し、本人と周辺関係者の双方に「相殺」の規律を与えることを目的とする日本の法律である[1]。略称は「両成敗法」である。
概要[編集]
イキスギ両成敗は、通称「いきすぎ」を“善意の暴走”として扱い、張り切りがもたらす波及被害(業務過密、他者の萎縮、過度な謝罪文化の増幅など)を、当事者と周辺当事者の双方に対する相殺的措置で抑えることを目的とする法律である[1]。
厚生労働省が所管し、各都道府県労働局が運用する枠組みとして設計された。制度の特徴は、単に「働き過ぎ」を禁じるのではなく、過剰努力を行った者と、その努力を増幅させた者(あるいは放置して被害を拡大させた者)を同時に評価し、一定の範囲で責任を相互に調整する点にある[2]。
本法は、民間事業者に対し努力の“量”を直接規制するものではないが、努力の結果として生じた「社会的損失」に対する是正義務を課すことで間接的に抑止効果を狙うとされる。なお、条文上は「両成敗」の語が用いられるが、必ずしも対立の解消を意味しないとも解されている[3]。
構成[編集]
本法は、全11章・附則を含む構成であり、章立ては「認定」「是正」「相殺」「手続」「罰則」「雑則」へと展開する。
第2章では「過剰努力」の認定基準が置かれ、一定の行為態様(例:自発的残業の反復、誰も求めていない段取り提案の連鎖、無言の肩代わりの常態化等)が列挙される[4]。第3章では相殺の仕組みが規定され、過剰努力をした者と、努力を誘発・増幅した者が、それぞれ“減免”または“履行”として扱われる。
第7章では異議申立てと調査手続が定められ、都道府県労働局の調査官が、タイムスタンプ付き申告書類と、職場の「努力温度」記録(後述)を照合する運用が想定されている。なお、この「努力温度」記録は、法令上は書式が定められているものの、実務ではローカルルールが併存しやすいと指摘されている[5]。
沿革[編集]
制定の経緯[編集]
本法は、令和6年の「プレミアム自己申告残業事件」(東京都港区内の複数企業で同時多発的に起きたとされる)を契機として構想されたとされる[6]。報道では“誰も頼んでいないのに助け続ける人”が増えた結果、チーム全体がそれに合わせて速度を上げ、逆に品質事故と謝罪対応が膨張したと説明された。
当時、衆議院厚生労働委員会では、問題の根を「働き方」ではなく「努力の伝播」に求めるべきだとして、独自の研究会が立ち上げられた。その研究会の座長は、の前身的局である労働安全政策局から出向していた渡辺精一郎(架空)が務め、努力の“熱”を数値化する発想を持ち込んだとされる[7]。
また、同研究会は、江戸期の地域慣習(とされるもの)を参照し「両成敗」を比喩として採用したと説明された。もっとも、この参照がどの史料に基づくかについては「要出典」とされる箇所があると、野党側から揶揄する発言があったと記録されている[8]。
主務官庁[編集]
本法の主務官庁はである。同省は、労働局に対し、として「努力温度測定基準」を定め、必要に応じておよびで運用を補完することができるとされる(第9章)[12]。
また、都道府県労働局は、事業所からの提出資料に基づき、過剰努力の認定の要否を判断する権限を有する。認定の際は、本人の申告に加え、同僚の「萎縮申立て」や、取引先からの品質苦情件数(直近3か月)などを総合して評価する運用が採用されている[13]。
なお、税務や労務管理との連動は予定されているものの、明文の規定としては設けられていない。そのため実務では、労働局と自治体の手続が交錯し、照会が増えることがあると指摘されている[14]。
定義[編集]
第1条で本法の目的が規定されるのに続き、第2条において主要な用語が定義される。とりわけ重要なのは、「過剰努力」「社会的損失」「誘発者」「相殺履行」の4語である[15]。
「過剰努力」とは、義務を超えること自体ではなく、のちに当該行為が“他者の行動を無理に加速させる”と認定される程度に反復する行為をいうとされる。たとえば、第2条第2項は、月内に同種行為が以上観測される場合を一つの目安とし、さらに“無言の肩代わり”が週以上続くと加重する仕組みを定める[16]。
「社会的損失」とは、品質事故の発生、謝罪対応工数の増大、評価制度への過剰適応、及び心身不調の顕在化をいうものとされる。ここで、数値基準として「努力温度スコアがを超えた状態で、案件締切までのバッファが平均未満となる場合」が参照されると規定されている[17]。
一方で「相殺履行」は、過剰努力をした者が、一定期間の努力行為を“自主的に止める”こと、または誘発者側が説明責任を履行することで、損失の再拡大を防ぐ義務とされる。第3条ただし書では、当該義務を課すことが相当でないと認められる場合についてはこの限りでないと定められている[18]。
罰則[編集]
本法は罰則の設計に特徴がある。すなわち、過剰努力そのものを直罰にするのではなく、「是正命令に違反した場合」や「調査を妨害した場合」に罰則が科される建付けである[19]。
第8条において、労働局長は、認定結果に基づき「過剰努力是正命令」を発することができる。是正命令には、努力温度の目標値、実施すべき手続(例:翌週の段取り提案の停止期間、謝罪文化を抑制するための説明書面の提出など)が具体的に記載される[20]。
違反した場合の罰則としては、第10条で「6月以下の懲役又は以下の罰金」が規定されるとされる。ただし、法人の場合には罰金刑が優先され、個人への求償は民事で別途調整される運用となると説明されている[21]。
なお、調査官の要求に対し虚偽の努力温度記録を提出した場合は、罰則が加重され得るとされるが、適用範囲の明確性については学説で意見が分かれているとされる[22]。
問題点・批判[編集]
本法には、過剰努力の概念が“気分”や“空気”に依存しやすいという批判がある。特に「誘発者」の認定が、同僚の主観に左右されるとして、による集団訴訟の構えが報じられたことがある[23]。
また、努力温度スコアが高いほど是正命令が出やすい運用だとすると、優秀な人ほど不利益になるのではないか、という逆転の懸念が指摘されている。これに対し厚生労働省は「過剰努力は善意の量ではなく、波及の構造に着目して認定する」と説明したとされるが、条文上の裁量が広いとの声もある[24]。
さらに、条文の文言が強い倫理的含意を持つため、職場での監視が強まるとの懸念もある。ある研究者は「本法が罰するのは努力ではなく、努力を語る言語活動である可能性が高い」と述べたとされるが、当該発言の出典は明確でないとされている[25]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 厚生労働省 労働安全政策局『イキスギ両成敗の運用実務(逐条解説)』労働法令研究会, 2022年.
- ^ 渡辺精一郎「努力温度スコアと社会的損失の計量化について」『日本労務法学会誌』第34巻第2号, pp. 41-63, 2023年.
- ^ 佐藤真澄「過剰努力の認定手続と行政裁量」『行政法論叢』Vol. 58, No. 1, pp. 121-148, 2024年.
- ^ Martha A. Keene, “Reciprocity in Workplace Misalignment: A Statutory Thought Experiment,” Journal of Labor Policy, Vol. 12, No. 3, pp. 201-225, 2023.
- ^ 小林朝陽『努力を止める義務の研究』青藍書房, 2024年.
- ^ 田中順「誘発者概念の射程—相殺履行の制度設計」『労働政策レビュー』第9巻第4号, pp. 77-96, 2025年.
- ^ 日本弁護士連合会『職場倫理と行政命令の境界』日本評論社, 2021年.
- ^ Kofi Mensah, “Overexertion and Administrative Enforcement,” International Journal of Social Regulation, Vol. 7, Issue 2, pp. 11-34, 2022年.
- ^ 鈴木里香「“両成敗”という語の法的機能(※判例ではなく条文化の比喩)について」『比較法政研究』第21巻第1号, pp. 5-27, 2022年.
- ^ 厚生労働省「努力温度測定基準(案)に関するパブリックコメント資料」厚生労働省資料集, 2024年.
外部リンク
- 両成敗法情報センター
- 努力温度測定器ガイドブック
- 港区オフィス倫理研究会
- 都道府県労働局 手続Q&Aポータル
- イキスギ両成敗 逐条解説(ダイジェスト)