オロソカ
| 読み | おろそか |
|---|---|
| 発生国 | 日本 |
| 発生年 | 1897年 |
| 創始者 | 松本測地局の若手技師・渡辺精一郎 |
| 競技形式 | 環状ゴールへ“流れ球”を通す対戦型 |
| 主要技術 | オロ流し(姿勢連動)と三段切替ステップ |
| オリンピック | |
| オリンピック | (架空)オリンピック正式競技として提案された経緯がある |
オロソカ(おろそか、英: Orosoka)は、で生まれたのスポーツ競技である[1]。
概要[編集]
は、環状のゴールリング(通称「Ω輪」)を複数配置したコートで、対戦相手の防衛網を“流れ”として突破し、得点を積み上げるスポーツ競技である。競技者は球ではなく「推進体」と呼ばれる小型のカプセル状用具を扱い、手投げと足蹴りの双方を使い分けながら、リングに通過させることが中心に据えられる。
本競技は、速度よりも“軌道の曲率制御”が評価される点に特徴があり、審判は事後ではなく、通過直後の数十ミリ秒に基づく軌道判定を行うとされる。競技が普及する過程で、判定装置の更新がしばしば議論の火種になったため、競技規則もまた細分化されていったと整理されている[2]。
歴史[編集]
起源[編集]
の起源は、1890年代末にへ配備された測地用途の追跡儀にあるとされる。測地局の若手技師・渡辺精一郎は、星図の追尾を安定化させるための“微小回転翼”の練習を、休暇中に競技化したと語られた。彼は「投げるのではなく、揺らしながら滑らせればよい」と考え、円環状の補助枠を地面に刻んだことが原型になったとされる。
市内の職工学校ではこれが「環状枠回転投射」と呼ばれ、1897年の秋季競技会では、観客席から見える角度を統一するため、Ω輪の開口率を“ちょうど37.2%”とする調整が採用されたと記録されている[3]。ただし当時の記録には計測誤差の注記もあり、「開口率37%」とする別系統の報告もあるため、起源は一枚岩ではないとされる。
国際的普及[編集]
競技が国際的に普及したのは、1920年代の航空航法講習の副教材として、軌道制御を視覚化する運動教材「Oro-Path Training」が採用されたことが契機になったとされる。講習を受けた出身の体育監督オリヴァー・ケントは、現地遠征に競技者を同行させ、1931年にロンドンで“環状突破会”を開催したとされる。
このとき、Ω輪の直径は7.3メートルに定められ、競技時間は前半9分・後半9分とされた。さらに、得点が入るたびに「流れ補正」係がコートの摩擦係数を計測し、平均で0.48だけ調整したという逸話が残っている。もっとも、当時の摩擦計は校正が甘かったと後年の批判で指摘されており、数字の正確性には揺れがある[4]。
ルール[編集]
試合は通常4人制(各チーム2人ずつ)で行われる。コート中央にはΩ輪が1列に3基配置され、各リングの開口角は“一定ではなく”、選手の動線を誘導するために左から順に12度・15度・18度と調整される。これに基づき、攻撃側は推進体を一定の手順で“流れ”に乗せ、リングを通過させることで得点が成立する。
試合時間は前半10分・後半10分の計20分で、タイムアウトは1チームあたり1試合2回まで許可される。勝敗は総得点で決まり、同点の場合は3分のサドンデス(ゴールデン・リリース)を行うとされる。サドンデスでは、推進体の通過判定が“音の反射”で補助されるため、静寂度を保つための無言エリアが設けられたこともあるとされる[5]。
また、ファウルは大きく「接触」「軌道逸脱」「補正装置の不正使用」に分けられる。とくに軌道逸脱については、リング直前での姿勢角が規定範囲を外れた場合に減点が即時適用されるため、競技者は「オロ姿勢」を繰り返し体得する必要がある。
技術体系[編集]
オロソカの技術は、姿勢連動型の“オロ流し”と、足運びの“三段切替ステップ”を基礎骨格として体系化されている。オロ流しは、上半身の回旋角を固定したまま下半身を揺らし、推進体を離すタイミングで軌道の曲率を変える技術であると説明される。
三段切替ステップは、(1)短距離の溜め(0.42秒)、(2)加速(1.1歩分の連続着地)、(3)解放(足裏の接地反力が最大になる瞬間)という3要素で構成されるとされる。実際には身体能力だけでなく、コートの微細な凹凸と靴底素材の相性が影響するため、練習ではコートを“採点付きで塗り分け”る方法が採られることもある。
なお、近年の改訂では、技術の採点が審判の主観に依存しないよう、スマート磁気マーカーを用いた“姿勢角ログ”が導入されるとされる。一方で、磁気マーカーの位置がわずかにずれた試合で結果が覆る可能性があるとして、競技者側から苦情が出たと記録されている[6]。
用具[編集]
推進体は、直径4.2センチメートル前後の硬質カプセルであり、内部に微細な質量移動機構を持つとされる。これにより、放出時の回転数が一定に保たれやすいとされるが、保守にかかる交換部品が高価であることが普及の障害になったとされる。
Ω輪は金属フレームと、通過の可否を判定する透明シート(厚さ1.6ミリメートル)から構成される。透明シートは交換頻度が高く、試合ごとに“平均3.7分の清掃”が義務づけられた時期がある。清掃が遅れると静電気で軌道が変わるという説明がなされたが、のちに静電気対策は過剰だったという説も残っている。
競技者は専用の靴底を装着し、靴底の硬度はショアDで“ちょうど64”と規定される。さらに、手に装着する手袋には微細な滑り止め粒子が含まれ、粒子の分布が審判により無作為検査されるとされる[7]。
主な大会[編集]
国内ではが最古格の大会として知られており、毎年「計測週間」の最終日に開催される。大会は予選3日・決勝1日の構成で、決勝当日のコート摩擦係数を“0.46±0.02”に揃えることが慣例とされる。
国際大会としては、英連邦系体育連盟が主催するとされるがある。初回は1954年とされ、出場国は12か国であったが、そのうち実際にコート規格を満たしたのは9か国だけだったとする資料もある。ここでは審判制度の試験的運用が行われ、得点のログを後日公開する「観客照合方式」が導入されたとされる。
また、記録面で注目されるのがである。選手が同一大会で7回連続して予選通過する場合、ボーナス得点が加算されるという制度があったとされるが、後年に制度自体が不透明だったとして改革が行われた。
競技団体[編集]
競技団体としては、日本ではが競技規則の改訂と用具規格の認証を担当するとされる。同協会は会員制度を取り、指導者資格は初級から上級まで4段階であるとされるが、資格更新の条件が“試合動画の姿勢角ログ提出”である点が特徴的である。
国際面では、が統一ルールと国際大会運営を担うとされる。IFLOは技術委員会と用具委員会を分けており、前者がオロ流しの採点指標を、後者が推進体内部機構の許容誤差を決めると説明される。
また、オリンピックへの関与として、IFLOが長らく「オリンピック正式競技」を目標に掲げ、1998年の国際スポーツ審査会に“オロ姿勢ログの客観性”を売り込んだとされる。結果として正式採用には至らなかったが、正式競技候補としての審査書類が残り、そこから競技の透明性向上策が広まったという経緯が語られている[8]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎「環状枠回転投射の試案」『松本測地局紀要』第3巻第1号, 1898年, pp.12-19。
- ^ A. Kent「Oro-Path Training and Curvature Control」『Proceedings of the British Physical Education Society』Vol.21 No.4, 1931年, pp.201-219。
- ^ 松本測地局「Ω輪規格草案」『地方計測年報』第17巻第2号, 1902年, pp.33-41。
- ^ E. Rutherford「Friction Coefficient Adjustment in Ring Sports」『Journal of Applied Sport Mechanics』Vol.8 No.2, 1956年, pp.77-88。
- ^ 田中槙人「環状ゴール型機動球技の即時判定」『スポーツ運動学研究』第24巻第3号, 1987年, pp.145-162。
- ^ M. Thornton「On Sonic Echo as Auxiliary Scoring」『International Review of Field Games』Vol.12 No.1, 1969年, pp.9-27。
- ^ 山田涼太「靴底硬度64の競技適合性」『用具工学と身体』第5巻第4号, 2001年, pp.51-63。
- ^ K. Nakamura「姿勢角ログによる審判客観化の試み」『競技審判学会誌』第31巻第1号, 2012年, pp.1-18。
- ^ International Orosoka Federation「Assessment Guidelines for Orosoka Officials」『IFLO Official Handbook』Vol.3, 1998年, pp.210-239。
- ^ 日本オロソカ協会「競技規則(試案)—第0.8改訂」『日本オロソカ協会報』第1号, 2016年, pp.1-44。
外部リンク
- 松本測地局アーカイブ
- 日本オロソカ協会公式記録室
- IFLO競技運営データセンター
- オロパス国際競技会アーカイブ
- Ω輪規格資料館