クラクラズ
| 結成年 | 2006年 |
|---|---|
| 活動期間 | 2006年 - 2018年 |
| 出身地 | 大阪府大阪市 |
| 所属事務所 | 関西演芸企画局(KAEK) |
| 芸風 | しゃべくり、即興寸劇、回転ボケ |
| 代表番組 | 深夜寄席Q、爆笑温度計、クラクラ通信 |
| 受賞歴 | 第7回 近畿若手演芸賞 特別技術賞 |
| 別名 | 可動式コンビ |
クラクラズは、大阪府を拠点に活動したとされる日本のお笑いコンビである。結成当初は立ち位置を毎回入れ替える「可動式しゃべくり」を売りにし、後半の劇場文化に独特の影響を与えたとされる[1]。
概要[編集]
クラクラズは、に大阪市北区の小劇場「」で結成されたとされるお笑いコンビである。メンバーはとの2人で、当初は漫才の基本型を守りつつ、毎回1回だけ必ずに下がってから戻るという奇妙な演出で知られた。
彼らの芸は、観客に「聞き取れたはずなのに内容をもう一度確認したくなる」感覚を狙ったものとされ、劇場関係者の間では「笑いの再帰反応」と呼ばれた。また、の新人育成資料において、彼らの台本は「発話の密度が高く、笑いの直前に一拍の空白が設計されている」と分析されている[2]。
結成の経緯[編集]
中津シアター11での出会い[編集]
塚原はもともとの放送研究会に所属していたが、卒業後にアルバイト先であった古書店で真鍋と知り合ったとされる。真鍋は神戸市の演劇ワークショップ出身で、台詞を覚える際に自分の位置を部屋の四隅で変える癖があり、それが後の「回転ボケ」の原型になったという。
2人が初めて公開で漫才を行ったのは、9月14日の深夜寄席である。持ち時間は7分だったが、実際には10分42秒に及び、途中で照明が2回落ちたため、後に主催者側が「異常に短く感じた回」として記録した[3]。
コンビ名の由来[編集]
コンビ名は、塚原がリハーサル中に「言い間違えると脳がクラクラする」と発言したことに真鍋が反応し、その場で決定したとされる。なお、別説として、当時の劇場にあった換気扇の異音が客席の笑いと混ざり、観客の一人が「クラクラする」と言ったことに由来するという説もあるが、本人らは後年までこの説を一度も肯定しなかった。
関係者の証言によれば、初期は「クラクラず」と平仮名表記されることも多く、チラシの誤植が定着しかけた時期があった。これが逆に話題を呼び、2007年春のの小展示では、誤植チラシが正式ポスターよりも大きく扱われたとされる。
芸風[編集]
クラクラズの芸風は、いわゆるを基礎としながら、話題の転換点で必ず視線誘導のズレを作る点に特徴があった。塚原が論理を積み上げ、真鍋が要所で語尾だけを拾って別方向へ膨らませるため、観客は笑いながらも会話の位置を見失うと評された。
特に有名なのは「回転ボケ」と呼ばれる手法である。これは真鍋がボケを言うたびに半回転ずつ体の向きを変え、3回目で完全に後ろを向くというもので、と同期すると不思議な緊張感が生まれた。2011年の単独公演ではこの演出が過剰に成功し、客席の3列目にいたの学生が「笑う前に方角を失った」とアンケートに記している[4]。
また、彼らは小道具の使い方でも知られていた。特に折りたたみ椅子、磁石付き名札、会議用の指示棒を使った即興寸劇は、単なるネタに見えて実は綿密に計算された配置であり、稽古場では1本の指示棒の角度を12分単位で修正していたという。
活動史[編集]
2000年代後半[編集]
2008年から2009年にかけて、クラクラズはの深夜枠で短いネタコーナーを担当し、そこで「1分以内に3回だけ客の記憶を揺らす」という独自ルールを導入した。これが若手芸人の間で模倣され、後にが「揺らし漫才」の安全基準をまとめるきっかけになったとされる。
2009年にはの前説を務めたが、当日の2人は舞台裏で自転車の鍵を巡って口論し、そのままネタに移行したため、実質的に前説が漫才化した回として語り草になっている。主催側は当初困惑したものの、終演後のアンケート回収率が通常の1.6倍に達したため、以降は「前説の途中で本編化すること」を半ば黙認したという。
2010年代前半[編集]
2012年、クラクラズは深夜番組『』で一度だけ全国ネットに進出した。この回では、塚原が天気予報の再現を始め、真鍋がそのまま傘を開いて進行するという構成で、視聴率は5.8%と平凡だったが、番組内の「再生回数に対する記憶定着率」は異例の高さだったと報告されている[5]。
この頃から2人は、ネタの中に「見えない資料を読む」動作を入れるようになり、業界ではそれをと呼んだ。空読はのちに若手ライブの定番演出となったが、実際には単に2人が台本の置き場所をよく忘れていたために生まれた習慣だとする説もある。
晩年と解散[編集]
2017年末、真鍋が舞台稽古中に足首を痛めたことを機に、2人は活動の見直しを始めた。表向きには「演出の再整理」と発表されたが、内部資料では「笑いの回転半径が広がりすぎた」と記されていたという。
2018年4月のラストライブ『』をもって正式に解散した。終演後、塚原がカーテンコールでマイクを持ったまま「またどこかで立ち位置を間違えます」と述べたとされ、この一言が当時の劇場ブログで120件以上引用された。なお、解散後も2人は兵庫県内の自治体イベントで年1回だけ再会することがあり、半ば非公式な「再始動予告」として扱われていた。
社会的影響[編集]
クラクラズは、単なる人気コンビとしてだけでなく、関西の若手芸人における「間」の設計思想を変えた存在とされる。彼ら以後、台詞を詰め込むだけでなく、沈黙の長さや立ち位置の変化までネタの一部として採点するライブが増えたとされ、演芸評論では「観客の注意を物理的に揺らす潮流」と説明されることがある。
また、彼らの影響は教育現場にも及んだ。2014年頃からの選択授業「舞台所作論」でクラクラズのネタが教材に使われ、特に真鍋の半回転を「ボケの方向性の可視化」として図示するプリントが配布された。ただし、図が難しすぎたため、翌年には「理解より先に姿勢を真似ないこと」という注意書きが追加された[6]。
批判と論争[編集]
一方で、クラクラズには「高度に設計されすぎていて、自然発生的な笑いに見えない」との批判もあった。とりわけ2011年の単独公演以降は、ネタの精度を巡って「演芸というより精密機械である」と評する評論もあり、では1号まるごとがクラクラズ論に充てられた。
また、舞台袖への退避を多用する構成が、共演者の導線を阻害するのではないかという指摘もあった。これについて所属先は「袖に下がる時間も含めて芸である」と説明したが、実際には本番中に袖でケータリングのたこ焼きを食べていたことが楽屋報告書に記されており、関係者のあいだで小さな笑い話となった。なお、この記述は当時のマネージャー日誌にしか残っていないため、要出典とされることが多い。
評価[編集]
クラクラズの評価は、解散後にむしろ高まったといわれる。彼らの映像は短尺切り抜きよりも、7分から12分の長尺で見返すことで本来の面白さが伝わるとされ、配信プラットフォームでは「2回目で急に分かる芸人」部門の上位常連となった。
評論家のは、彼らについて「笑いを発生させるのではなく、笑いの周辺環境を整備したコンビ」と述べたとされる。もっとも、同時代の観客アンケートでは「よく分からないが、なぜか次も見る」と答えた層が34.2%を占めており、理解と好意が必ずしも一致しない稀有な例であった。
現在では大阪の若手ライブ文化における典型的な先駆例として扱われることが多く、特にコンビ名の音感、立ち位置の可変性、記憶に残る沈黙の使い方が再評価されている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 山内啓介『関西小劇場と可動式漫才の成立』芸能文化出版, 2019, pp. 41-68.
- ^ 藤井美砂『深夜寄席の社会学――2000年代大阪の笑い空間』新曜社, 2016, pp. 112-139.
- ^ Christopher Lane, "Rotational Timing in Contemporary Japanese Manzai", Journal of Performance Studies, Vol. 18, No. 2, 2020, pp. 55-79.
- ^ 高見沢仁『笑いの再帰反応と観客の注意』大阪芸術大学紀要, 第24巻第1号, 2014, pp. 7-23.
- ^ Marianne Holt, "Invisible Scripts and Stage Drift in Urban Comedy", Theatre Research Quarterly, Vol. 31, No. 4, 2017, pp. 201-226.
- ^ 関西演芸企画局編『新人芸人育成資料集 2008-2013』関西演芸企画局出版室, 2015, pp. 89-104.
- ^ 小松原悠『前説が本編化する現象について』月刊演芸批評, 第12巻第6号, 2012, pp. 3-19.
- ^ 塚原直哉・真鍋りつ『クラクラ通信 台本集』クラクラ書房, 2020, pp. 1-214.
- ^ 中村澄子『「見えない資料」を読む芸人たち』舞台研究評論, 第9巻第3号, 2018, pp. 77-95.
- ^ 井関孝『たこ焼きと袖の倫理』演芸と生活, 第5号, 2011, pp. 14-18.
外部リンク
- 関西演芸アーカイブ
- 中津シアター11資料室
- 深夜寄席Q公式ログ
- クラクラズ非公式年譜
- 大阪漫才研究会デジタル版