ゴンザレス松本
| 氏名 | ゴンザレス 松本 |
|---|---|
| ふりがな | ごんざれす まつもと |
| 生年月日 | 1938年7月14日 |
| 出生地 | 東京都深川区木場町 |
| 没年月日 | 2004年11月2日 |
| 国籍 | 日本 |
| 職業 | 民俗記録家、地名研究者、講演家 |
| 活動期間 | 1959年 - 2004年 |
| 主な業績 | 路地口承法の確立、都市祭礼音声図の作成 |
| 受賞歴 | 東京民俗学会特別賞、港湾文化功労章 |
ゴンザレス 松本(ごんざれすまつもと、 - )は、の民俗記録家、即興地名学者である。架空の「路地口承法」を体系化した人物として広く知られる[1]。
概要[編集]
ゴンザレス 松本は、後期から初期にかけて活動したの民俗記録家である。下町の路地や市場に残る口承を採集し、それらを地図上の座標と結びつける独自の手法を確立したことで知られる[1]。
彼の仕事は、単なる聞き書きではなく、からにかけての都市空間を「声の地層」として捉え直す試みであった。なお、本人はしばしば「地名は先に住むのではない、先に鳴るのである」と述べたとされる[2]。
生涯[編集]
生い立ち[編集]
1938年、深川区木場町に生まれる。父は材木問屋の番頭、母はの乾物商の娘であったとされる。幼少期は沿いの運搬路で過ごし、川風で変化する荷札の読み癖から、文字より先に音の揺れを覚えたという。
1944年の空襲で一家は一時離散したが、松本自身は親類のいる川越へ疎開した。ここで聞いた祭囃子の節回しが、後年の研究姿勢の原型になったとする説が有力である。
青年期[編集]
第二文学部に進み、国文学を専攻したのち、民俗学研究会に出入りするようになる。1959年には師である門下の旧蔵資料整理を手伝ったとされ、このとき初めて「都市の口承は農村の残響ではなく、独立した文法を持つ」と気づいたという。
同時期、彼は英字の『Gonzalez』を名乗り始めた。これは、大学近くの喫茶店で常連の船員から聞いたスペイン系の姓を気に入り、口承採集の際に相手の警戒心を和らげるために採用したものとされる。もっとも、後年のインタビューでは「役所の戸籍係が一番困った」と笑っていたという[要出典]。
活動期[編集]
1964年、を契機に進む都市再開発のなかで、松本は失われゆく路地名の記録に本格的に着手した。彼は・・などを歩き、住民の呼び名、店先の合言葉、界隈でのみ通じる坂の呼称を採集し、これを「路地口承法」と名付けた。
1972年には、の前身調査班に協力し、音声と地図を重ねた『都市祭礼音声図』を作成した。この図は、祭りの山車が通過する時間帯に合わせて録音された商家の挨拶、子どもの掛け声、豆腐売りの笛を、通り単位で色分けしたもので、完成版は全長17.4メートルに及んだという。
1983年にはの委嘱で全国9都市の路地名を比較調査し、同一の「抜け道」が地域ごとに異なる命名規則を持つことを示した。特にの「見越し筋」との「曲がり口」が、機能は近いのに共同体意識の作り方が逆であると指摘した点は、当時の都市民俗学に小さな衝撃を与えた。
晩年と死去[編集]
1990年代に入ると、松本は鎌倉市の自宅兼書庫で執筆に専念した。晩年は糖尿病を患いながらも、近所の商店街で毎朝同じ時間に挨拶の言い回しを記録し続けたとされる。彼のノートには、雨の日だけ発生する「傘の会釈」という項目が120件以上残されていた。
2004年11月2日、内の病院で死去した。享年66。遺稿の一部は、死後に弟子たちによって整理され、『路地は誰のものでもないが、最初に覚えた者のものである』という未発表講演録として刊行された。
人物[編集]
松本は、温厚で社交的であったと同時に、観察対象の前では異様に黙り込む癖があったとされる。彼は相手の話を遮らず、5分以上沈黙したのちに「今の言い回しは、川を渡った側の発音である」とだけ返すことがあり、周囲を戸惑わせたという。
また、帽子を季節ごとに替え、春は中折れ帽、夏は麦わら、冬はの古物市で買ったフェルト帽を愛用した。本人いわく「帽子は視線を集めるためではなく、話を始める合図である」とのことであった。
逸話として、の市場で方言採集をしていた際、魚屋に「先生、今日は何を調べるんですか」と問われ、「値引きの前に起こる沈黙です」と答えたという。以後、その店では彼を「沈黙の人」と呼んだらしい。
業績・作品[編集]
路地口承法[編集]
路地口承法は、路地名、俗称、店先の決まり文句、祭礼時の呼び声を一体として記録する方法である。松本はこれを、単に文字起こしするのではなく、話者の立ち位置、向いていた方角、周囲の建物の階数まで付記することで「声の再現可能性」を高めた。
彼の方式は、のちに都市情報学研究室で採用され、1980年代末には簡易版が自治体の商店街保存事業にも使われた。ただし、録音機材の重さが平均8.6kgあり、採集者の膝を壊すとして批判もあった。
主要著作[編集]
代表作に『路地の呼吸』(1978年)、『市場と名前のあいだ』(1984年)、『声の地図帳・関東篇』(1991年)がある。とくに『市場と名前のあいだ』は、との卸売市場を往復しながら書かれたとされ、章ごとに「売り声」「値札」「聞き返し」の三層構造を持つ珍しい書物であった。
また、晩年の『傘の会釈論』(未完)は、雨天時にだけ交わされる小さな礼儀を体系化したもので、一般には冗談と受け取られたが、地域防災の現場では思いのほか参照された。なお、同書の第三章にある「傘先は記憶の器官である」という一句は、後世の研究者がやや神格化しすぎたとの指摘がある。
受賞と影響[編集]
1979年に、1988年にを受章した。1994年には文化奨励賞の候補にも挙げられたが、本人が「賞状を飾る壁がない」と辞退したため、選考委員会で軽い騒ぎになったという。
彼の研究は、都市計画、口承文学、地域ブランドの三方面に影響を与えた。とりわけ、商店街の再生事業で「昔からある呼び名」を復活させる手法は、2010年代の地域活性化ブームの先駆けとみなされている。
後世の評価[編集]
死後、松本は「都市民俗学の異端にして実務家」と評価される一方で、過剰に詩的な比喩が多いとして学界の一部から距離を置かれてきた。特に、彼の記録では「電柱の影が古老の証言と一致した」といった表現が散見され、資料としての厳密性に疑義を呈する研究者もいる。
ただし、にデジタルコレクションへ一部原稿が登録されると、若手研究者の再評価が進んだ。都市の小規模な記憶を守る手法としては先駆的であり、現在ではとの接点に位置づけられている。
一方で、松本の信奉者の中には、彼が録音したとされる「消えた都電のベル音」を復元しようとする者もおり、学術と趣味の境界がしばしば曖昧になることが指摘されている。
系譜・家族[編集]
父・松本清蔵は材木商の番頭、母・松本せんは乾物商の出であったとされる。兄弟は姉が一人おり、の長屋で育った。家族は戦後に分散したが、姉はのちにで文具店を営み、松本の採集した名簿の保管を手伝ったという。
妻はに結婚した松本和子で、元はの図書館司書であった。子は二人で、長男は写真家、長女は小学校教員になったとされる。長男の撮った路地写真は、父の著作の挿図として一部流用されたが、本人は「父の本ではなく、父の癖が写っている」と語ったという。
なお、松本家には「名字のあいだに外国姓を挟むと出世する」という迷信があり、これが『ゴンザレス』の名乗りの遠因になったとする俗説がある。ただし、この説は親族の証言が食い違っており、確証はない。
脚注[編集]
[1] 松本の経歴と業績は複数の回想録に依拠しており、初期生年には異説がある。
[2] 彼の言葉として広く引用される句のいくつかは、弟子による再録の可能性がある。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 松本和子『ゴンザレス松本の記録』港湾文化出版社, 2008.
- ^ 田所健一「都市口承の採集技法」『民俗と地図』Vol. 12, 第3号, 1979, pp. 44-61.
- ^ Margaret L. Thornton, "Street Names and Oral Layers" Journal of Urban Folklore, Vol. 7, No. 2, 1985, pp. 113-129.
- ^ 佐伯俊二『路地の呼吸とその周辺』東京学芸出版, 1992.
- ^ Akira Endo, "A Method for Recording Market Speech in Postwar Tokyo" Studies in Japanese Urban History, Vol. 18, No. 4, 1996, pp. 201-227.
- ^ 山根ひろみ「傘先は記憶の器官であるか」『地域文化評論』第21巻第1号, 2003, pp. 9-18.
- ^ Christopher J. Hale, "Sound Maps of the Invisible City" The Cambridge Review of Folklife, Vol. 9, No. 1, 1990, pp. 77-94.
- ^ 高橋律子『市場と名前のあいだ――都市口承の実践』青灯社, 1986.
- ^ 松本ゴンザレス記念資料室編『未完の傘の会釈論』草稿複写版, 2011.
- ^ Theodor van Kessel, "Gonzalez Matsumoto and the Cartography of Whispering" Annals of Civic Anthropology, Vol. 3, No. 1, 2001, pp. 5-22.
外部リンク
- ゴンザレス松本研究会
- 都市口承アーカイブ
- 路地音声地図データベース
- 下町民俗資料館デジタル展示
- 市場語彙保存協議会