スケープゴート
| 分野 | 社会心理学・民俗学・行政史 |
|---|---|
| 成立の背景 | 集団維持のための原因帰属(とされる) |
| 関連語 | 生贄、原因探し、責任転嫁 |
| 主な舞台 | 共同体、職場、政治集団 |
| 近代での拡張 | メディア報道と世論操作の研究(とされる) |
| 論争点 | 有害な可視化と排除の正当化(とされる) |
スケープゴート(英: Scapegoat)は、集団の不満や失敗の原因を特定の個体に押し付ける仕組みとして理解されている概念である。古くから宗教儀礼や行政運用に見られるとされ、近代以降は社会心理学的な比喩として定着した[1]。
概要[編集]
スケープゴートは、ある集団において問題の原因が特定の対象へ“同定”され、その対象が責めの中心に置かれることで秩序が一時的に保たれる現象として説明されることが多い。なお、単に個人への悪評の集中にとどまらず、儀礼・制度・言説が組み合わさることで再生産されるものとされる[2]。
この概念は、宗教儀礼に由来するという説明がよくなされる一方で、行政運用に由来するという説もある。特に18世紀後半、オスマン帝国周辺の地方裁定が“原因の所在を記録するための手続”として整備され、結果的に「責任が可視化される先」が固定されていったという筋書きが、民間伝承として語られてきたとされる[3]。
歴史[編集]
語の成立:山羊よりも「紙の山」[編集]
「スケープゴート」という語が今日の用法に近い意味を帯びたのは19世紀末の印刷行政、とする研究者がいる。すなわち、英国の一部自治体では罰則の正当性を説明するため、月次の“不穏原因報告”を紙片として綴じ、最後に担当者が“目印の羊”をめくりの最後へ固定する慣行があったとされる[4]。
当時の記録運用は細部まで強制されていたとされ、例えばロンドンの書記局では「報告書の誤字を含む紙片は全量で7.3ポンド(約3.3kg)分まとめて廃棄する」などの規定が残っているという。これが、原因帰属の対象を“最後にめくるもの”へ寄せる比喩になったと説明されることがある[5]。ただし、原資料の所在は近年まで不明とされる点が、反論の根拠にもなっている。
一方で、大陸側では宗教儀礼が語源であるとされ、特定の群れに対して“罪の荷”を物理的に移す行為が行政記録の書式に影響したという。ここで重要視されるのが、儀礼そのものよりも、儀礼を「役所が日付と数を管理する形式」に落とし込んだ事務官の仕事であったとされる[6]。
制度化:責任転嫁の“手続”としての輸出[編集]
20世紀前半になると、アメリカ合衆国の企業研修で「失敗原因はまず一件に絞れ」という訓練が広がった。ここでスケープゴートが比喩として利用され、対象を特定して議論を早めることが“効率のための正しさ”として扱われたとされる[7]。
象徴的な事例として、の「工場改善巡回委員会」で、事故報告の分類を厳格化した結果、“最頻の犯人”が人間から備品へ移ったという。委員会は「備品の不良率を0.6%以下に下げる」ことを目標にし、未達の月には必ず“責任者(棚番号)”が決まる仕組みにしたと報告されている[8]。この運用がのちに、個体(人)だけでなく、役割(棚)にも責任が付与され得るという理解を後押しした。
ただし、こうした制度化が進むにつれ、現場では対象の固定化が起こり、「誰を疑うべきか」が先に共有されてしまうという批判が出たとされる。結果として、問題の本体よりも、疑う対象を当てにいく“技能”が評価される風潮が生じた、という指摘がなされている[9]。
日本への波:町内会の“点検表”[編集]
日本では、都市化とともにやの運用が複雑化し、苦情が“記録”によって統合される場が増えた。この変化がスケープゴートの比喩を受け入れやすくしたとされる。例えば東京都の一部自治体で配布されたとされる「環境点検表」には、異常が出た場合の“責任者チェック欄”があり、回答の選択肢が「当番の住民」「清掃業者」「不運な季節要因」の3つに固定されていたという証言がある[10]。
この表が人々に与えたのは、“説明の余地を与える”というより“選ぶだけで責任が決まる”という感覚であった。たとえ季節要因が原因だったとしても、選択欄の最後に回されると「では当番か業者か」という帰結が誘導されるためである。結果として、問題の再発防止が弱まり、“次に責任を負う相手”の予測がうまい人ほど発言力を得た、という逸話が伝えられている[11]。
なお、実際の配布資料の写しは、現在では港区の古文書保管庫でのみ閲覧可能だとされるが、閲覧者の証言が食い違うこともあり、語り部によって強調点が異なると指摘されている[12]。
具体的事例(やや現実的な誇張)[編集]
フィクションではない“らしさ”を出すため、スケープゴートは個別の出来事に結びつけて語られることが多い。例えば神奈川県の中規模港湾で、台風後の浚渫遅延が続いた年があったとされる。遅延原因は複数であったにもかかわらず、当局は「点検ログの欠落」を最小の原因に据え、結果としてログ担当の下請け班長が“最頻の責任者”として注目されるようになったという[13]。
このときの“調停”は奇妙に具体的で、「欠落ログの件数が累計で17件以下なら“指導”扱い、18件以上なら“交代”扱い」と決められたとされる。さらに、交代が必要となった場合は交代の発令日を必ず月曜の午前9時にする、という運用まで含まれていたと語られる[14]。このような数値の細かさが、責任の所在を“合理的に見える形”で固定したとされる。
また、大学のサークルでも似た現象があったとされる。失格者が出た大会で、ルールの解釈が曖昧だったにもかかわらず、審判ノートの不備が“いつも同じ人”に紐づけられ、以後その人の発言だけが「前提の誤り」として扱われた、という。こうした語りは、原因よりも“指名の癖”が先に定着することを示す例として、しばしば引用される[15]。
批判と論争[編集]
スケープゴートが問題とされるのは、対象が“実際の原因”ではなく“説明のために都合のよい相手”として固定されることで、集団の学習が阻害され得るからである。特にメディア報道では、物語性のある犯人像が早い段階で作られ、その後の追加情報が物語に従属して処理される、と批判されてきた[16]。
さらに、制度側が“沈静化”を目的にスケープゴートを許容すると、次第に排除が手続の一部になる点が論争の中心となった。例えば行政文書の様式改革の議論で、「原因の項目を増やすほど、人々は選びやすい項目に引き寄せられる」とする意見が出たとされる[17]。反対に、分類を細かくして検証可能性を上げればよい、という見解も存在し、結論は一致していない。
一方で「スケープゴートは悪ではなく、集団が動揺を処理するための“仮置き”である」という擁護もある。ただし、その仮置きが長期化するほど被害は拡大し、社会関係資本が減るとして警鐘が鳴らされたとされる。ここには、擁護派の“メタな言い訳”と、批判派の“具体的な被害”が噛み合わない構図があり、学術的にも議論が続いている[18]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ Thomas B. Ellery『The Paper Rituals of Liability』Harbor & Co., 1907.
- ^ Margaret A. Thornton『Group Mind and the Naming of Culprits』Cambridge University Press, 1932.
- ^ 川島文人『苦情分類表の系譜:都市運用と責任の固定化』日本行政学会出版, 1968.
- ^ Satoshi Kuroda『点検運用と心理的安全性の誤差』東京大学出版会, 1984.
- ^ Hiroshi Maruyama『共同体の言説技術:町内会・商店街の記録史』中央法令出版社, 1999.
- ^ Ibrahim R. Ataman『Provincial Adjudication and the Commodity of Blame』Oxford Academic Press, 2001.
- ^ Lillian J. Mores『Training Efficiency and the Myth of Accurate Blame』Vol. 12, No. 3, Journal of Applied Sociology, 2011.
- ^ 田中藍『“最頻の犯人”は誰か:分類が生む学習の停止』第7巻第2号, 社会心理学研究, 2018.
- ^ Reginald P. Venter『Scapegoat Procedures in Corporate Training』(邦題『企業研修の生贄』と誤訳されて流通した)Springfield Review, 2020.
外部リンク
- 責任分類アーカイブ
- 都市運用史資料館
- 集団心理学の検証ノート
- 行政様式研究フォーラム
- 言説と排除のサンプル集