バッシュ
| 分類 | 衝撃制御デバイス/古書学用語 |
|---|---|
| 起源とされる時期 | 19世紀末(架空の系譜) |
| 主要な用途 | 足部衝撃の吸収、荷重の分配、音響の制御 |
| 関係機関(伝承) | 文部省別働研究組織・東京府技術顧問局 |
| 特筆すべき仕様 | 3点支持+見かけの剛性増幅(R=1.73系) |
| 論争の焦点 | 安全性と「効果の実測」方法の妥当性 |
| 主な語源仮説 | 仏語 “bâche” 由来説/誤記由来説 |
バッシュ(ばっしゅ)は、靴関連の語として日常的に用いられることがある一方で、やの文脈では「衝撃を制御する装置」を指す場合がある概念である[1]。本項では、後者の意味でのバッシュが、どのように生まれ、社会にどのような波紋を広げたかを概説する。
概要[編集]
バッシュは、実務上は「靴や脚部にかかわる何か」を連想させる語であるが、専門的には「衝撃を制御する層(レイヤー)構造」を総称する呼称として説明されることがある[1]。
この概念は、歩行者が地面へ伝える衝撃のうち、体内へ回り込む成分を減衰させることを目的に設計されたとされる。とくに、当時の技術者が「人間の足は二つのばねを持つ」と誤って仮定したため、内部構造が複雑化し、結果的に“それっぽい”効果が量産されたと指摘されている[2]。
なお、現在参照される資料の多くは、東京府の倉庫から発見されたとされる手稿の写しであり、編集者によって記述の密度が異なるため、同語でも解釈が揺れる点が特徴とされる[3]。
語源と定義[編集]
語源については複数の説が並立している。第一に、フランス語の “bâche(シート状の覆い)” が転用され、衝撃を「覆う」仕組みとして理解されたという説がある[4]。第二に、英語圏の技師が “bush(ばね支持材の一種)” を聞き間違えた結果、「バッシュ」表記が流通したとする説も知られている[5]。
定義の側面では、バッシュは「衝撃の立ち上がり時間(立ち上がりτ)を、人が感じる“痛み”の閾値より早く、かつ一定に揃える仕組み」と説明されることがある[6]。この定義が一見もっともらしい理由は、痛みが主に“遅れ”に起因するかのように読めてしまう文章が、手稿の翻刻で強調されたためであるとされる。
ただし、実際に測定されたとされるデータは、後述するように「3回の歩行実験を1回として数える」集計法が採用されており、再現性が疑問視されている[7]。そのため、定義は正しく見えるが、運用上のブレが大きい概念として扱われがちである。
歴史[編集]
成立:靴より先に“靴の理屈”が売れた[編集]
バッシュの成立は、1896年に東京府技術顧問局の委員であった渡辺精一郎(わたなべ せいいちろう)による報告書『足圧時間論の便覧(第1草案)』に端を発すると伝えられる[8]。報告書では、歩行者の“足音”が大きくなる瞬間が、同時に人体の負担も増えると仮定された。
この仮定は、1898年に開催された周辺の博覧会で「足音の大小を聞き分ける審査員」が導入されたことにより、現場で強化されたとされる。審査員は、靴底の音を聴くのではなく「音の消え方」を評価したため、バッシュは“消え方を揃える技術”として説明されるようになった[9]。
なお、当時の製造者たちは、衝撃を吸収する部材だけでなく、吸収した結果として生じる“再放出音”まで制御しようとした。その結果、バッシュは靴底の素材選定から外れ、次第に“計算できる何か”へと神格化されていったと指摘される。
展開:R=1.73系の流行と、実測の捏造疑惑[編集]
1904年、文部省の別働研究組織である高等歩行機構研究会(通称「歩研」)が、バッシュの標準仕様として「R=1.73系」を採用した[10]。ここでのRは反発係数を意味するとされたが、実際は“反発係数を当てずっぽうで割り戻す係数”として運用されていたとする内部メモが後年見つかったとされる[11]。
同会は、3点支持構造(つま先・土踏まず・踵)を「人体の関節の理解に一致する」と主張し、見かけの剛性増幅を組み込んだとされた[12]。この仕組みは、靴を履いたときの歩行が「わずかに軽くなる」という体感と結びつき、全国へ急速に波及した。
一方で、1922年の東京府技術顧問局の年報には、「安全率は平均 3.0倍(n=9)」と記されている[13]。しかし、同じ年報の別項では「n=9とは9人でなく9回」と注記されており、さらに別の別項では「9回は3歩行×3回分を1回として集計した」と読み取れるため、批判の種となった。こうしてバッシュは“良く効きそうに見える数値”の体系として社会へ定着したのである。
社会的影響:体育教育と労働安全が同時に“踊った”[編集]
バッシュは、学校体育へも導入されたとされる。1908年、大阪府の師範学校で「足圧準備運動(B-7式)」が制定された際、体育教材にバッシュが組み込まれたという回想が残っている[14]。導入の根拠は、「跳び箱の着地時に足音が揃うと、子どもが“安全だと学習する”」という半ば教育心理学的な説明であった。
また、工場の労働安全においても、バッシュは“転倒予防”の名目で配布された。実際には、衝撃が減るというより、転倒した際の破片音が小さくなり、目撃者の記憶が曖昧になるという副作用があったとされる[15]。結果として、事故報告が“減ったように見える”現象が起きた。
ただしこの経緯は、後に監査で問題視される。監査では、事故統計が「報告書に残る種類」に強く依存していたことが指摘されたため、バッシュは安全装置というより、記録の在り方まで変える装置として再評価されることになった。
批判と論争[編集]
バッシュは、その効果を裏づける実測法が統一されなかったことが最大の批判点となった。とくに「衝撃の立ち上がりτ」を測る計測器について、歩研が採用したとされる装置は、部品の個体差を補正するために“補正値を後から決める”運用があったとされる[16]。この方式では、結果が出るまで補正値を変えられるため、研究者は“実測した”と言い張る余地を残せる。
さらに、1929年の『作業靴規格調査報告(第3号)』では、試験靴の摩耗が「平均 0.4mm(許容 0.8mm)」と記されている[17]。ただし、同報告の脚注には「摩耗は写真から推定」とあり、写真の撮影条件(床材の湿度など)が明記されないまま結論が導かれていることが問題視された。
ただし一方で、体感的な軽さについては否定しきれないとの見解もある。批判が過度に「数字の怪しさ」に集中することで、人が学習する現象(安心感や歩行リズムの変化)が見落とされたのではないか、という指摘も同時に存在する[18]。このためバッシュは、“物理現象”と“社会現象”が混ざった概念として論じられ続けた。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『足圧時間論の便覧(第1草案)』東京府技術顧問局, 1896年.
- ^ 高等歩行機構研究会『歩行音観察記録(抄)』文部省別働研究組織, 1901年.
- ^ E. H. Kline『On Apparent Stiffness Amplification in Foot Supports』Journal of Mechanical Civic Engineering, Vol.12 No.3, 1907年, pp.51-68.
- ^ S. D. Leclerc『Étude des dispositifs d’amortissement à couche mince』Annales de Physique Appliquée, Vol.9 第2巻第1号, 1912年, pp.14-27.
- ^ 中村章太郎『作業靴の社会史:数値が人を説得するまで』東京: 春潮書房, 1923年.
- ^ 【東京府】技術顧問局『技術年報:人が残す記録と装置の関係(第7編)』東京府, 1922年.
- ^ 山根ユキ『学校体育と足音:B-7式の採用理由』大阪: 近畿文庫, 1910年.
- ^ R. van der Meer『Miscounting Trials: A Note on n Definitions in Early Field Studies』Proceedings of the International Society for Experimental Hygiene, Vol.3 No.1, 1929年, pp.201-209.
- ^ 作業靴規格調査委員会『作業靴規格調査報告(第3号)』厚生行政局, 1929年.
- ^ 小笠原道雄『写真推定の統計学:推定の妥当性と責任所在』名古屋: 砂時計出版社, 1931年.
- ^ J. Petrov『The Myth of τ Measurement in Walking Studies』Acta Mechanica Humanistica, Vol.5 No.4, 1934年, pp.77-88.
- ^ 藤堂礼子『R=1.73系と現場の踊り(第2版)』京都: 柳葉社, 1940年.
外部リンク
- 歩研アーカイブ
- 東京府技術史ミュージアム(仮設)
- 足音統計館
- R=1.73系資料室
- 作業靴規格データベース