パイタルボーナス
| 名称 | パイタルボーナス |
|---|---|
| 英語名 | Paital Bonus |
| 初出 | 1898年頃(横浜港の港湾帳簿とされる) |
| 提唱者 | 渡辺精一郎、E. H. Whitcombe ほか |
| 適用対象 | 船員、倉庫番、検量係、後に官庁職員 |
| 主要拠点 | 横浜港、東京築地、神戸新川筋 |
| 特徴 | 荷役量・待機分・潮位補正を合算する複合査定 |
| 現在の扱い | 比喩表現として残存 |
| 関連文書 | 港湾労務改良試行要綱、臨時潮差換算表 |
パイタルボーナスは、末から昭和初期にかけて周辺で整備された、船員の滞在時間と荷役精度を連動させる独自の出来高加算制度である。のちに東京都の官庁会計や地方自治体の実地査定にも転用され、過剰に細かな達成条件を課す制度設計の代名詞として知られるようになった[1]。
概要[編集]
パイタルボーナスは、一定の滞在条件を満たした者に対して、作業や事務処理の出来高に応じた追加手当を与える制度である。名称は、英語の "partial" と "bonus" を誤記したのが定着したものとされるが、異説としてオランダ語の港内符牒に由来するともいわれる[2]。
本制度は一見すると単純な報奨制度に見えるが、実際には潮位、積荷の材質、船底の付着生物の量まで勘案するため、現場ではしばしば「二重に公平で三重に面倒」と評された。なお、の一部文書では「半月算定加給」と訳されているが、一般にはほとんど普及しなかった[3]。
成立史[編集]
横浜港での試験導入[編集]
1898年、近くの第七码屋根付き岸壁で、英国人会計監督官E. H. Whitcombeが、荷役係の遅刻と早退を同時に抑制する方法として考案したとされる。彼は「完全な全額支給は怠慢を生み、全くの無支給は船を沈める」と記したが、この手紙はのちに倉庫火災で一部焼失し、現在は写しのみが残るとされている[4]。
最初の運用では、午前7時までに到着した者に基礎点12、潮待ちを3時間以上手伝った者に追加4、さらに積荷票を裏返さずに処理した者に1点が付与された。実際には裏返しの件数が多かったため、導入初月の平均支給額は予定の2.7倍に達し、が強い懸念を示したという。
官庁会計への転用[編集]
頃には、東京の臨時購買局で、書類の綴じ順と印影の濃淡を査定する事務手当として転用された。ここで制度設計に関わった渡辺精一郎は、職員の机上滞留時間を測るために砂時計を逆さに三つ並べたといい、その様子から「砂時計会計」と呼ばれたという[5]。
この時期のパイタルボーナスは、実務上は「半分だけ出来たら半分だけ出す」の原則を掲げながら、実際には紙質・湿度・机の傾きまで加点対象にしたため、同じ申請でも日ごとに支給額が変動した。結果として、職員の間では採点表を写すだけの専門係が生まれたとされる。
制度設計[編集]
三層式加算方式[編集]
パイタルボーナスの基本は、基礎点、状況点、補正点の三層からなる。基礎点は在席や乗船の有無、状況点は気温・潮位・在庫量、補正点は「判断の困難さ」に与えられ、最も曖昧な項目ほど点が高くなる傾向があった。
このため、熟練者ほど得点表の穴を利用して高額を得ることができたが、逆に新人は正確に記入しすぎて点が伸びないという逆説が生じた。監査官のあいだでは「誠実さが損をする制度」として半ば冗談めかして語られている[6]。
潮差換算表[編集]
もっとも有名なのが、である。これは満潮・干潮だけでなく、月齢、風向、倉庫の窓の開閉率まで加味して係数を決める表で、最大で1.84倍、最小で0.61倍の補正が記録されている。
なお、1920年代後半の改訂版では、雨天時の傘の骨の本数まで参考値に入れる案が出されたが、さすがに「制度の思想を逸脱する」として却下された。もっとも、この却下理由を書いた回覧文が丁寧すぎたため、のちに全文が職員向け教材として流用されたという。
計算用具と事務用品[編集]
導入期には、鉛筆、算盤、砂時計のほか、紙束を揃えるための真鍮製クリップが指定備品とされた。とりわけの支所では、クリップの曲がり具合で係数を推定する裏技が広まり、これを「曲率読み」と呼んだ。
この曲率読みは公式には禁じられたが、禁じた側の監督官が同じ方法を使っていたらしく、内部監査報告書には「ここで断罪すると査定者が半減する」との注記がある。要出典とされることが多いが、文体だけは妙に本物らしい。
社会的影響[編集]
パイタルボーナスは、港湾労務の公平化を目的としていたにもかかわらず、実際には「公平さの証明に時間をかける文化」を広めたとされる。とくに横浜やでは、支給額そのものよりも、どういう理由でその額になったのかを説明することが重視され、説明用の副票を作る専門職が誕生した[7]。
教育分野への影響も大きく、ではパイタルボーナス式の採点が簿記教育に取り入れられ、答案の余白の取り方まで評価対象になった。これにより、几帳面な学生ほど不利になるという不思議な現象が起き、当時の教師は「社会に出る前の予行演習である」と弁護したという。
また、戦後には比喩表現として再流通し、やや中途半端な優遇策を指して「それはパイタルボーナスだ」と言う用法が一部の官庁で残った。現在でも労働法の講義録や内輪の議事録に、半ば慣用句として現れることがある。
批判と論争[編集]
当初から最大の批判は、算定根拠が複雑すぎて現場の裁量に依存しやすい点であった。とくにの港湾委員会では、同じ荷を同じ時間に処理したのに支給額が三通りに分かれ、委員長が「制度が人を評価するのではなく、人が制度を演じている」と述べたと伝えられる[8]。
また、制度名の由来についても論争があり、英語由来説、港内符牒説、さらに函館の修道院で使われた会計用語が転訛したとする説まである。もっとも、この最後の説は、唯一の根拠が「寒い地方ほどボーナスが必要だった」という修道士の回想録1行であるため、研究者の間では慎重に扱われている。
なお、1930年代に作成された内部統計では、パイタルボーナス適用後の退勤率が8.4%改善した一方、会計係の残業は14.9%増加したとされる。制度としては成功とも失敗とも言い切れず、この曖昧さが今日まで語り継がれる理由である。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『港湾労務改良試行要綱の研究』日本港湾経済学会誌 Vol.14, No.2, pp. 33-58, 1931.
- ^ E. H. Whitcombe, “Partial Bonus and the Regulation of Dock Labor,” Journal of Imperial Port Studies, Vol. 6, No. 1, pp. 11-39, 1902.
- ^ 佐伯みさを『潮差補正と給与算定の実務』中央経済社, 1948.
- ^ 神奈川県立公文書館編『横浜港労務資料集成 第3巻』神奈川県史料刊行会, 1976.
- ^ M. T. Hargrove, “Bonuses, Tides, and Clerical Fatigue,” The Administrative Review, Vol. 21, No. 4, pp. 201-219, 1928.
- ^ 田所英治『砂時計会計論』港湾行政研究所, 1962.
- ^ 市川春夫『パイタルボーナスと近代事務文化』勁草書房, 1987.
- ^ R. K. Milligan, “A Curious Case of Paital Accounting,” Transactions of the East Asian Bureaucratic History Society, Vol. 9, pp. 77-104, 1955.
- ^ 長谷部照子『半月算定加給の運用実態』都市労務研究 第12巻第3号, pp. 5-26, 1974.
- ^ 小山内俊『港と机のあいだ――パイタルボーナス再考』国際制度史研究 第8巻第1号, pp. 1-17, 2001.
外部リンク
- 神奈川港湾史デジタルアーカイブ
- 横浜臨時会計史研究会
- 港湾労務資料閲覧室
- 旧東京築地事務文化館
- パイタルボーナス研究ノート