ピスはめ
| 名称 | ピスはめ |
|---|---|
| 読み | ぴすはめ |
| 英語名 | Pizuhame |
| 分類 | 仮組み・圧入固定技法 |
| 発祥 | 日本・東京工業圏 |
| 成立時期 | 1978年頃 |
| 主な用途 | 模型工作、展示什器、簡易舞台装置 |
| 関連組織 | 日本仮固定工学会、秋葉原工作連盟 |
| 異名 | 穴嵌め、ピス留め |
ピスはめは、の同人文化圏を中心に用いられてきた、細長い部材を継ぎ目に圧入して固定するための仮組み技法である。元来は昭和後期の模型工作に由来するとされ、のちに東京都秋葉原周辺の店舗設計や舞台装置の現場へ広がったといわれる[1]。
概要[編集]
ピスはめは、木材・樹脂・薄鋼板などに設けた受け穴へ、先端をわずかにテーパー状に加工した「ピス」と呼ばれる芯材を差し込み、部材どうしを一時的に保持する技法である。接着剤を用いずに位置決めができるため、組立て直しの多い現場で重宝されたとされる[2]。
一般には模型愛好家の間で生まれた俗語とされるが、後年の研究では、昭和53年に千葉県柏市の工房で行われた棚什器試作が原型であったという説が有力である。一方で、当時の図面には「P-H組み」とのみ記載されており、名称が先行して広まった可能性も指摘されている[3]。
歴史[編集]
模型工房での成立[編集]
ピスはめの語史は、頃の東京都にあった個人工房「東央模型研究所」にさかのぼるとされる。同所の主宰者であったは、接着後の歪みで艦船模型の甲板が反ることを嫌い、真鍮線を削って差し込む試作を反復したという。これが仲間内で「ピスで仮にハメる」作業として略され、後に現在の呼称になったとされる[4]。
なお、当時は「仮固定のための一時的な圧入」と「完成品の恒久留め」を区別するため、ピスの太さを0.1ミリ単位で管理する独自の目盛りが作られた。1980年の会報によれば、工房内で用いられた真鍮ピスは直径0.84ミリから1.92ミリまでの17規格が確認されている。
秋葉原への普及[編集]
1980年代前半、ピスはめは秋葉原の部品店やラジオ工作サークルを通じて一般化した。とくに駅前の貸し会議室で開かれた「第3回仮組み技法講習会」では、参加者126名のうち83名がその場で習得し、翌月のアンケートで「接着剤より心が落ち着く」と回答した者が41%に達したと記録されている[5]。
この時期には、ピスを差し込む際に微細な摩擦音が出ることから、作業者がそれを「ピス音」と呼び、完成直前の確認儀礼として拍手を合わせる慣習も生まれた。もっとも、これは一部のサークルに限られたもので、全国的慣行だったかどうかは定かでない。
舞台装置・店舗設計への転用[編集]
に入ると、ピスはめは展示会ブースや小劇場の舞台転換装置へ転用された。大阪府大阪市の設計事務所「南海空間計画」は、1994年の百貨店催事で高さ3.2メートルの装飾柱をピスはめのみで仮組みし、搬入から設営完了までを従来の3分の2に短縮したと発表した[6]。
ただし、強度試験の一部には過剰な補強が含まれていたとの指摘もあり、の後年の報告では、同事務所の事例は「実用上は有効だが、宣伝資料の数字は慎重に読むべき」とされている。とはいえ、この発表を境に、ピスはめは単なる模型用語から、現場の省力化技法として認識されるようになった。
技法の特徴[編集]
ピスはめの最大の特徴は、接着前提の作業に比べて修正余地が大きい点にある。部材を一度仮固定したのち、芯材の出し入れだけで位置を調整できるため、誤差の累積が起こりにくいとされる。また、ピスの先端角度を12度から18度の範囲に収めると、抜去時の繊維破断が最も少ないという経験則があり、職人のあいだでは「15度が中庸」とされた[7]。
一方で、穴径がわずかに大きいだけで保持力が急落し、逆に小さすぎると素材を割りやすい。これを避けるため、1998年頃には「朝締め夕戻し」と呼ばれる養生手順が広まり、朝に試し差しを行い、夕方に本締め前の再確認をする二段階方式が推奨された。
社会的影響[編集]
ピスはめの普及は、日本の小規模製造業における「やり直し可能性」の価値観を広めたとされる。とくに町工場では、接着剤の硬化待ち時間を減らせることから、生産ラインの合間に別工程を差し込む運用が可能となり、1987年には東京都内の試作関連事業所27社のうち19社が何らかの形で導入していたという[8]。
また、教育現場でも「失敗を恐れず仮に組む」という比喩として使われ、の授業記録には「ピスはめ的発想により、部材の順序を再考した」とする記述が散見される。もっとも、2010年代以降は3Dプリンタの普及に押され、実技としての需要は縮小したが、用語は依然として現場の俗語として残っている。
批判と論争[編集]
ピスはめをめぐっては、名称の由来が曖昧であることから、学術的な定義を求める声と、現場語としての曖昧さを残すべきだとする立場が対立した。の大会では、「ピス」と「ピン」の混同を正すべきだとする報告に対し、実務家側が「言葉より手が先に覚える」と反論したことが知られている[9]。
さらに、一部の地域ではピスはめが「はめ込み」の婉曲表現として誤解され、学校の掲示物から削除された例もあったという。ただし、削除の経緯を示す一次資料は見つかっておらず、都市伝説の域を出ないとみる研究者も多い。
用語の派生[編集]
ピスはめから派生した語に「逆ピス」「半ピス」「二段ピス」などがあり、いずれも部材の保持順序や穴の深さを指す内部用語である。とりわけ「逆ピス」は、最後に差し込む側を受け役ではなく押し役に回す方式を指し、狭い展示会場での撤収作業に向いているとされた[10]。
また、名古屋市の一部工房では、ピスの抜き差しだけで仮組みを完了させる高速手順を「名古屋式」と呼び、1体の什器を平均8分41秒で立ち上げた記録が残る。これが事実であれば驚異的であるが、計測係がコーヒーを淹れていた時間を除外したのではないかとの指摘もある。
脚注[編集]
脚注
- ^ 山岸修一『仮組み文化史序説』東央出版, 1984, pp. 41-63.
- ^ 中村玲子「秋葉原における模型用語の拡散」『都市工作研究』Vol. 12, 第3号, 1991, pp. 118-131.
- ^ Howard K. Ellison, The Theory of Temporary Press-Fit in Small Fabrication, Technical Press, 1997, pp. 201-245.
- ^ 佐伯光一『舞台転換装置と簡易固定法』南海空間叢書, 2002, pp. 77-104.
- ^ Martha L. Chen, "Micro-Dowel Practices in Postwar Japanese Hobbies," Journal of Applied Craft Studies, Vol. 8, No. 2, 2005, pp. 55-79.
- ^ 日本仮固定工学会 編『ピスはめ用語集 第4版』動橋書房, 2009, pp. 9-18.
- ^ 渡会淳『接着しない工作の美学』関東技術評論社, 2014, pp. 144-169.
- ^ Peter N. Wexford, "The 15-Degree Rule and Its Discontents," International Review of Joinery, Vol. 19, No. 1, 2018, pp. 3-22.
- ^ 工藤真理子『ピスはめの社会学』みすみ書房, 2021, pp. 33-58.
- ^ 長谷川環「朝締め夕戻しの現場実装」『工業高校実技紀要』第27巻第1号, 2023, pp. 1-14.
外部リンク
- 日本仮固定工学会
- 東央模型研究所アーカイブ
- 秋葉原工作史資料室
- 南海空間計画 技法年表
- 仮組み文化デジタル博物館