モームリあーやだバーブル
| 分類 | 即興言語儀式・音声マニピュレーション |
|---|---|
| 成立時期 | 1997年頃とする説がある |
| 提唱者 | 地方放送局の企画班に属していたとされる人物 |
| 主な舞台 | 北海道内の小規模集会所・路地裏喫茶など |
| 使用媒体 | 口頭/録音媒体(カセット・MD) |
| 効果の主張 | 嫌悪・拒否の感情が伝播するとされた |
| 関連領域 | 音響心理学、演劇論、放送文化史 |
| 論争点 | 詐術性の有無、倫理的配慮の問題 |
モームリあーやだバーブルは、特定の音声手続きに従うことで「やだ感」が増幅されるとされた一種の実験的言語儀式である[1]。1990年代後半の一部の地域コミュニティで観察例が報告され、やがて即興パフォーマンスの文脈へ移行したとされる[2]。
概要[編集]
モームリあーやだバーブルは、決められた発声の間隔と語尾の抜き方によって、聞き手の「拒否したい」気配が増幅される現象として説明される言語儀式である[1]。発話の内容は意味よりも「音の手触り」を優先する形式で、特に語尾の「バーブル」が“感情の泡”を作る合図として扱われる点が特徴とされる[3]。
最初期の記録では、儀式は言葉遊びではなく、地域の小さな行事(町内放送・路地の見回り・夜間の子ども会)に結びついていたとされる[2]。その後、録音が回覧される過程で「うまく言えないと逆に笑われる」という社会的圧力が加わり、実験は次第にパフォーマンス化した、とする見方がある[4]。
成り立ちと由来[編集]
起源の伝承:放送事故から生まれた「拒否のプロトコル」[編集]
由来については、の夜間放送で音声が断続し、アナウンス原稿の「やだ」が意図せず伸ばされたことが契機になった、とする伝承がある[5]。地元の企画班は断続音を“拒否の成分”として抽出し、台本ではなく発話リズムとして再設計したと記録される[6]。
この再設計は札幌市の小規模スタジオで試行されたとされ、当初は「モームリ」の部分が息継ぎの区切り、「あーやだ」が語感の転換、「バーブル」が終端での共鳴域の指定だと説明されたという[2]。ただし当時の内部メモは断片的で、誰が正式に命名したかは不明であるとされる[7]。
技術の骨格:173ミリ秒・7拍・『三角の舌触り』[編集]
実験手順は、のちに“手順書”の体裁でまとめられたとされる。代表的なプロトコルでは、最初の「モームリ」での母音保持を行い、その後7拍で「-やだ-」へ滑り込むとされる[1]。さらに語尾の「バーブル」は、息が一度だけ弾むように発声し、共鳴が「上顎寄りの三角形」に集まる感覚を作る、と説明された[3]。
この説明は音響工学の用語に寄せられ、NHKの関連部局が監修した“とされる”記録が引用されることがある[8]。一方で当該記録の所在が確認できないとして、言及自体が伝聞に過ぎないのではないか、という指摘もある[9]。
社会導入:子ども会→町内放送→路地裏喫茶の「感情圧」[編集]
社会導入の流れとしては、に町内放送で“夜の見回り合図”として使われ始め、その後子ども会で「言えたら勝ち」という採点遊びへ変わったとされる[6]。採点は単純でなく、録音を1.25倍速で再生して語尾だけを聴き分ける方式が採られたとも報告される[2]。
最終的に、の路地裏喫茶で「上手に拒否できた人が次の注文権を得る」といったゲーム規則が加わり、儀式は商店街の言語文化として定着したと考えられている[4]。その結果、「やだ」が共通語彙になったわけではないが、“言い方の通貨”として機能する場面が増えたという[1]。
儀式の手順と用語[編集]
モームリあーやだバーブルは、少なくとも3段階の発声から構成されるとされる[3]。第一段階は「モームリ」で、声の量ではなく空気の押し戻し感を作ることが重視される。第二段階の「あーやだ」は、意味の否定(やだ)に留まらず、聞き手側の“引き受けたくなさ”を刺激する音列として扱われる[1]。
第三段階の「バーブル」は、短い終端で泡を破裂させるように発声する、と説明される[2]。なお実演記録では、参加者が「舌を引っ込める位置」を間違えると笑いが発生し、儀式が失敗扱いになる場合があるとされる[4]。このため、手順書には舌位置を示すための比喩(“口内の三角柱”など)が挿入されたと伝えられる[6]。
また、同儀式には派生用語としてなる指標があったとされる。拒否の長さを秒で数え、録音から“聞き手の眉尻の動きが増える”までの時間を加算するという、誰も本気では測れない方式が採用されたと記される[7]。
社会的影響[編集]
この儀式は、対人関係のコミュニケーションに“拒否の儀礼的形式”を持ち込んだとされる[2]。町内の小さな調整(お菓子の分配、順番待ち、子ども同士の交渉)では、「やだ」を直接ぶつけるよりも、音声のプロトコルで拒否を包むことで摩擦が減った、という証言が複数残っている[1]。
一方で、学校や公共施設での使用が増えると、言語による排除の圧力にも転じうると指摘された。実際に、の会議資料で「音声による同調強制の可能性」が議題になったとされる[8]。ここでは当初「玩具的な言葉遊び」で済むと見込まれていたが、録音回覧が流通すると“拒否できる人=有利”という序列が固定化しうる、と問題視されたとされる[9]。
結果として、メディア側では「地域の言語文化として紹介する」方針が取られたが、紹介の過程で手順が再現可能な形に整えられ、儀式が一般化する逆効果も生んだと見る論者がいる[4]。
批判と論争[編集]
批判の中心は、モームリあーやだバーブルが“感情の伝播”を口実に、聞き手の意思を巻き込む可能性がある点にある[10]。とくに、録音再生速度(1.25倍速など)や語尾の共鳴位置を調整することで、嫌悪が誘導されるのではないかという懸念が示されたとされる[7]。
ただし擁護側は、これは心理操作ではなく、参加型の演劇技法に近い、と反論した[6]。彼らは「嫌悪を増幅するのではなく、嫌悪の言い出しを共同作業として安全にする」という趣旨だったと説明している[1]。この主張は“安全性を担保する設計”として評価された一方、第三者が同技法を学ぶと場の外で応用されうる点が残った、と批判されることがある[9]。
また、出典の信頼性に関しても揺れがある。たとえばの雑誌記事では、元手順が「173ミリ秒」ではなく「731ミリ秒」だった可能性がある、と書かれていたとされる[11]。同記事は後に訂正されたという噂もあるが、訂正告知の所在は確認できない、とされる[10]。
派生・関連体系[編集]
儀式が広まった過程で、発声だけを取り出して練習する派生体系が複数現れたとされる[3]。代表例としては、最初の「モームリ」を自分の声で“反射的に”返す練習法だと説明される[2]。または「-やだ-」の部分だけを切り出し、眉尻の動きが一致するまで同調を試すとされる[6]。
さらに、映画撮影の現場で「バーブル」を合図にカットを切る即興演出が行われたという話もある[12]。この話は信憑性が薄いとされるが、撮影台本に“泡”の絵文字が多い時期があった、と語られることがある。なお、言語儀式というよりは“現場の合図”として機能したという点で、批判論点とは別の評価も存在する[8]。
脚注[編集]
脚注
- ^ 中村カイ『泡の発声学:モームリあーやだバーブル実践記』北極文庫, 2001.
- ^ Dr. Margaret A. Thornton『Acoustic Rituals and Refusal Sounds』Vol. 12, 2003.
- ^ 佐藤ユウ『地域放送と音声儀礼の社会学』北海道通信出版, 2005.
- ^ Eiko Ishikawa『Onset Timing in Performative Negation』Journal of Phonetic Play, Vol. 7, No. 2, pp. 41-58, 2006.
- ^ 朴チョル『感情の共鳴場と共同体』第4巻第1号, pp. 13-27, 2002.
- ^ 山田精一郎『即興演劇の設計図:泡・間・終端』演劇科学社, 2008.
- ^ 『町内放送アーカイブと口承プロトコル』公共音声研究会(編), 第9号, pp. 88-96, 2004.
- ^ 『倫理と音声実験:コミュニティ参加型手法の評価』編集委員会『言語と社会』, Vol. 18, No. 3, pp. 201-219, 2007.
- ^ 柊レン『わずかなミリ秒が生む序列』不確実性研究所紀要, Vol. 3, No. 1, pp. 5-19, 2010.
- ^ 怪しすぎるが一応参照:『拒否指数の推定法』(作家名不詳)「小樽語り」編集部, pp. 1-9, 2009.
外部リンク
- 泡言語儀礼アーカイブ
- 町内放送研究ノート
- 即興発声ラボ
- 音響心理学講義録
- 地域口承データバンク