ヤナコト・シタナイ
| 名称 | ヤナコト・シタナイ |
|---|---|
| 英名 | Yanakoto Shitanai |
| 成立 | 1989年頃 |
| 提唱者 | 木村 志乃介 |
| 発祥地 | 東京都杉並区西荻窪周辺 |
| 主用途 | 対人摩擦の低減、意思決定の遅延回避 |
| 関連機関 | 都市生活作法研究会 |
| 標語 | やなことは、したない |
ヤナコト・シタナイは、嫌悪・回避・拒否の3要素を、一定の手順に従って無害な所作へ変換するための行動哲学である。主として日本の都市部で普及したとされ、平成初期には東京都の若年層を中心に「しないことを選ぶ技法」として知られるようになった[1]。
概要[編集]
一般には自己防衛のための消極的態度と誤解されやすいが、実際には、、深夜帯のなど、断れない状況での衝突を回避するために整備された半制度的な作法であると説明される。なお、1991年の『都市生活作法白書』では、利用者の67.4%が「断る理由を考える時間が増えた」と回答しており、これは当時としては異例に細かい数字である[3]。
成立の背景[編集]
提唱者とされるは、当時の夜間講師を務めていた人物で、1988年冬に受講生の一人が「やなことはしたくない」と発言したのを、板書の都合で「ヤナコト・シタナイ」と圧縮記法に書き換えたことが起源であると伝えられる。ただし、この逸話は後年の関係者が口々に少しずつ内容を変えており、要出典のまま残っている。
歴史[編集]
草創期[編集]
1989年、中野区の地域紙『なかの便り』に「ヤナコト・シタナイ式断り方講座」が掲載され、これが最初の公的露出とみなされている。講座では、断る際に目線を下げず、かつ語尾を伸ばさないことが推奨され、受講者の離脱率は初回で18%に達したが、翌月には逆に満足度が86%に上昇したという。
普及期[編集]
1992年頃になると、NHKの生活情報番組で「現代のノーの作法」として断片的に紹介され、全国の企業研修で模倣が広がった。とりわけ東京メトロ沿線の受付業務において、「シタナイ・カード」と呼ばれる小型メモ帳が配布されたという記録があり、これは1冊あたり7ページしかないにもかかわらず、部内会議を14分短縮したとされる[4]。
制度化[編集]
2001年にはが『ヤナコト・シタナイ運用指針 第2版』を刊行し、拒否、保留、再提案の3類型を明文化した。この版では「断らないが受けない」「受けるがやらない」など、極めて日本的な言い回しが体系化された一方、実務上はむしろ混乱を招いたとする報告もある。
方式[編集]
典型的な手順は、1. 依頼の受領、2. 不快度の自己診断、3. 代替案の提示、4. いったん保留、5. 帰宅後に再検討、の5段階である。1998年版マニュアルでは、3段階目の代替案が出ない場合のみ「おなじみの沈黙」が許容され、これが会議室の空調音と区別できないほど静かであったことから、導入した部署では平均発話量が23%減少した[5]。
社会的影響[編集]
また、東京都交通局の社内研究では、窓口での「少々お待ちください」の使用回数が月間1,200回から890回に減少した一方、「それはヤナコトです」の採用でクレーム終息時間が平均4分短縮されたという。もっとも、この統計は調査票の回収率が41%にとどまっていたため、後年まで議論の対象となっている。
批判と論争[編集]
これに対し擁護派は、同手法は断固たる拒絶ではなく、関係を壊さずに境界線を引くための洗練された技術であると反論した。なお、2003年には文部科学省の委託を受けた外郭団体が学校現場への導入実験を行ったが、児童の半数が「給食の牛乳をシタナイ」と言い始めたため、給食指導要領との整合性が問題になった[6]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 木村志乃介『ヤナコト・シタナイ運用指針 第2版』都市生活作法研究会, 2001.
- ^ 佐伯みどり『断ることの都市社会学』青弓社, 1994, pp. 41-68.
- ^ H. Thornton, “Refusal as Etiquette in Late-Showa Tokyo”, Journal of Urban Conduct, Vol. 12, No. 3, 1996, pp. 115-139.
- ^ 渡辺精一郎『会議を止めないための否定表現』中央公論新社, 2004.
- ^ 小林理恵「ヤナコト・シタナイの伝播経路と受付業務」『生活文化研究』第18巻第2号, 2002, pp. 9-27.
- ^ Margaret A. Thornton, The Aesthetics of Saying No, Routledge, 1999, pp. 201-219.
- ^ 『都市生活作法白書 1991』東京都生活文化局, 1991, pp. 7-14.
- ^ 木村志乃介・監修『しない勇気の実務』ミネルヴァ書房, 2006, pp. 88-113.
- ^ 中島宏『ヤナコト・シタナイと給食指導』教育現場資料集, 第4巻第1号, 2005, pp. 3-11.
- ^ E. Morgan, “Card-Based Refusal Systems in Japanese Municipal Offices”, Administrative Etiquette Review, Vol. 5, No. 1, 2003, pp. 55-73.
外部リンク
- 都市生活作法研究会アーカイブ
- 西荻窪口語文化博物館
- 会議を止めないための否定表現データベース
- 平成生活技法センター
- 東京受付文化資料室