ラーメン屋『おおむ』
| 名称 | ラーメン屋『おおむ』 |
|---|---|
| 種類 | 営業施設(ラーメン屋) |
| 所在地 | 大門町三丁目14-2 |
| 設立 | 昭和41年(1966年) |
| 高さ | 7.8 m |
| 構造 | 木造一部モルタル、折板屋根 |
| 設計者 | 建築技師・ |
ラーメン屋『おおむ』(らーめんや おおむ、英: Oomu Ramen House)は、にある[1]。現在では、〈奥深(おおむ)〉と呼ばれる独特の湯切り文化を掲げる小規模飲食建築として知られている[1]。
概要[編集]
ラーメン屋『おおむ』は、に所在する小規模のラーメン屋である[1]。現在では、客席と厨房の寸法比(後述)を「湯切りの円環」とみなす実務思想が語り継がれている。
当施設は、単なる食事場所ではなく、地域の雨量記憶装置として機能するとする説が存在する。『おおむ』の発注書類には「湯気の滞留時間を○秒に合わせること」との文言が残されているとされ、自治体史料にも引用された[2]。このため建築史・食文化史の両方から参照されることがある。
名称[編集]
「おおむ」の呼称は、開業者が考案した“おお(奥)む(湯)”の略語に由来するとされる[3]。ただし、同名の地形(海抜差が大きい谷)を指す古文書も見つかったとされ、語源が二重化した経緯が指摘されている[4]。
商標の取り扱いについては、当初「大門(おおかど)」を屋号にする案があったものの、役所提出の際に旧字体が省略され「おおむ」となった、とする伝承もある[5]。この“役所での丸め”が、のちに麺の縮れ率(湯揉みの角度)にまで波及したと語られている点が、資料編纂者の間でしばしば笑い話となる。
沿革/歴史[編集]
創業の契機(湯切り円環案)[編集]
当施設の設立は昭和41年(1966年)とされる[1]。創業者は出身の製麺技術者・であり、彼女は1950年代後半にで行われた「湯気温度標準化講習会」に参加した経験をもつとされる[6]。
講習会では、麺の表面水分が“気圧の微変動”によって左右されると説明されたが、実際に測定したのは室内の湿度ではなく、湯切り樋(どい)の排水音の周波数だった、とする記録が残る[7]。その技法を店舗の寸法比に落とし込んだのが『おおむ』の根幹であるとされる。
改修と登録(観光建築化)[編集]
当施設は、開業後しばらくは常連向けの食堂として運用されていたが、1989年に厨房換気の天井梁が改修された際、湯気の滞留時間が平均で「37.2秒」から「36.8秒」へ短縮されたと報告された[8]。この“わずかな誤差”が却って評判を呼び、観光パンフレットに「秒で味が決まる店」として掲載されたという。
その後、2003年に「奥深(おおむ)湯気建築」として市の地域景観リストに登録され、2011年に同市の観光建造物制度に基づき“登録施設”として取り扱われるに至った[2]。なお、登録理由には「麺を茹でるのではなく、湯気を調律しているように見える」といった記述が含まれているとされる。
施設[編集]
ラーメン屋『おおむ』は、大門町三丁目14-2に所在する[1]。敷地は約120平方メートルで、建物は木造一部モルタル、折板屋根を採用しているとされる[9]。高さは7.8 mで、勾配天井の下に煙道の“二段折り”が設けられている。
構造上の特徴として、厨房と客席の間に「湯切り間柱(ゆきりまはしら)」と呼ばれる柱列があり、柱と排気口の距離が一定になるように設計されたとされる[10]。開業当時、寸法は「柱間2.12 m」「床から天井梁まで3.06 m」「椅子の背高0.97 m」という具合に記録されている[8]。この細かさは、後年の改修で“目視調整”が可能になったため、現場技術者の職人魂を象徴するものとして語られる。
また、店内には壁面温度を示す古い温度計(形式名:K-17)が残されており、「摂氏78度で湯気の香が丸くなる」との貼り紙がかつて存在したとされる[3]。もっとも、この温度計は現在では動作不明であり、復元された可能性も指摘されている。
交通アクセス[編集]
当施設への到達は、鉄道利用の場合架空鉄道「おおむ口駅」から徒歩約9分と案内されている[11]。バスの場合は「大門町三丁目」停留所から徒歩4分であり、所要時間はおおむ市中心部から約13分とされる。
周辺には坂道が多く、開業者の履歴として「雨の日は麺箱を左手で抱えると湯気が乱れない」という非科学的作法が伝わる[12]。このため観光客向け案内では、交通手段だけでなく“傘の畳み方”まで補足されることがある。一方で、観光事務局は「案内の表現は口伝に基づく」として、公式には距離と時刻のみを掲示しているとされる。
文化財[編集]
ラーメン屋『おおむ』は、観光建築として扱われるほか、「奥深湯気建築」と称される登録対象に含まれている[2]。登録区分は民間由来の小建築であり、麺屋のような“生活景”を保存する目的で指定されたと説明されている。
具体的には、(1)煙道の二段折り、(2)床下の湯水循環配管(呼称:しぶき循環路)、(3)客席と厨房の寸法比の維持、の3要素が保存条件として挙げられている[9]。また、外壁に残る「創業年」刻印は、昭和41年の工事時に打刻されたとされ、現地掲示板では“読めない字体でも残すべき”と記されている[1]。
なお、二段折り煙道の実測図は長らく所在不明とされていたが、2020年に設計者関連の保管庫から再発見されたと報道された[13]。この際、図面の端に“湯気は嘘をつかない”という手書きメモがあったとされ、保存審査の場で話題となった。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 『おおむ市観光建造物一覧(改訂第3版)』おおむ市役所観光課, 2019年.
- ^ 『奥深湯気建築の登録趣旨と保存条件』おおむ市景観研究会, 2011年.
- ^ 佐伯澄恵『湯切り円環の実務メモ』同人誌編集部, 1972年.
- ^ 大庭硯一『大門町の旧文書と地形呼称』架空県史料館, 1983年.
- ^ 【建築手続】大門町役場提出控え『屋号の字形調整記録』大門町役場, 1965年.
- ^ 「湯気温度標準化講習会報告」『衛生調理学紀要』第12巻第4号, 1959年, pp. 41-58.
- ^ J. H. Ward『Acoustic Proxies for Steam Flavor: A Field Note』Journal of Culinary Acoustics, Vol. 3 No. 2, 1961, pp. 9-22.
- ^ 『大門町三丁目14-2 厨房改修工事報告書』おおむ市建設局, 1989年.
- ^ 大森槙斗『小建築における寸法比の設計原則(第1報)』建築技術資料集, 第7号, 1968年, pp. 13-27.
- ^ 小坂蓮『観光パンフレット史料にみる“秒で味が決まる”表現』『地域広告研究』第22巻第1号, 2004年, pp. 77-93.
- ^ 『おおむ口駅周辺歩行導線の実測調査』架空鉄道沿線交通委員会, 2016年.
外部リンク
- 奥深湯気アーカイブ
- おおむ市景観研究会データベース
- 湯切り円環講習会の記録保管庫
- 架空鉄道・おおむ口駅 案内掲示集
- 大門町役場旧式文書デジタル館