品性相談

この記事はAIが生成したフィクションです。実在の人物・団体・事象とは一切関係ありません。
品性相談
作品名品性相談
原題Counsel of Character
画像Hinsei_Sodan_poster.jpg
画像サイズ220px
画像解説劇場公開時のポスター
監督篠宮蓮司
脚本北川庸一
製作相良春樹
出演者橘真砂子、御堂将人、早瀬玲奈
音楽久我山譲
主題歌『薄明の相談室』
制作会社東亜映像企画
製作会社品性相談製作委員会
配給京浜映画
公開1987年11月14日
製作国日本
言語日本語
製作費2億8400万円
興行収入11億2600万円
配給収入5億9800万円
上映時間117分
前作なし
次作品性相談II 夕暮れの矯正

『品性相談』(ひんせいそうだん)は、1987年に公開された日本ドラマ映画。監督は篠宮蓮司、主演は橘真砂子で、都市の片隅に開設された“品性相談所”を舞台とする群像劇である[1]

目次
1概要
2あらすじ
3登場人物
3.1主要人物
3.2その他
4声の出演またはキャスト
5スタッフ
5.1映像制作
5.2製作委員会
6製作
6.1企画
6.2制作過程
6.3美術・CG・撮影・音楽
7興行
8反響
8.1批評
8.2受賞・ノミネート
8.3売上記録
9テレビ放送
10関連商品
10.1作品本編に関するもの
10.2派生作品
11脚注
12参考文献
13関連項目
14外部リンク

概要[編集]

『品性相談』は、東京都台東区の旧商店街に設けられた私設相談機関をめぐるヒューマンドラマ映画である。作中では、礼儀、所作、沈黙、断り方といった日常の振る舞いを“相談”として扱う独自の制度が描かれ、公開当時は教育映画と社会風刺映画の双方から注目された。

企画段階では商工会議所の地域再生モデルを下敷きにしたとされるが、脚本の北川庸一は後年、実際には「駅前の貼り紙にあった“人生相談”を見間違えたのが始まり」であったと語っている[要出典]。この逸話の真偽は定かではないが、映画の硬質な題名に反して、作品自体は妙に生活臭のある会話劇として知られている。

あらすじ[編集]

昭和末期、浅草から少し外れた下町に「品性相談所」を名乗る小さな事務所が開設される。所長の佐倉道夫は、元・百貨店の接客指導員であり、客の“品性点”を測定して生活改善案を提示するという、ほとんど誰も求めていない業務を始める。

そこへ、離婚調停の準備をしている主婦の石山律子、会社で挨拶の仕方が悪いと左遷された営業マンの三浦剛、そして「無言で退職したい」という若い事務員の真鍋杏が次々に訪れる。彼らの相談は、最初は礼儀作法の指導に見えるが、やがて家族関係、職場の序列、街の古い倫理観の歪みへとつながっていく。

終盤、相談所の前に置かれた“反省用の石畳”が台風で流失し、近隣住民がこぞって自分の失言を告白し始める場面がある。これが作品最大の見せ場とされ、公開後には「品性は床から崩れる」とする奇妙な流行語まで生んだ。

登場人物[編集]

主要人物[編集]

佐倉道夫は、相談所の所長であり、常に白いワイシャツに袖アームバンドを着用する。彼は一見厳格であるが、実際には自分自身の品性を最も信用していない人物として描かれる。

石山律子は、作中で最も現実的な人物であり、相談所において唯一「礼儀より先に家賃を下げてほしい」と主張する。橘真砂子の抑えた演技が評価され、同年のキネマ旬報の読者票で上位に入ったとされる。

その他[編集]

三浦剛は、毎回ネクタイの結び目だけが微妙にずれている営業マンである。彼の“品性の乱れ”は、当時のサラリーマン像の記号として分析された。

真鍋杏は、終盤で相談所の帳簿を持ち出し、相談件数のうち実際に有料だったのは13.4%だけだと暴露する。この台詞は、後の再上映版でしばしば観客の笑いを誘った。

声の出演またはキャスト[編集]

佐倉道夫:御堂将人 石山律子:橘真砂子 三浦剛:早瀬玲奈 真鍋杏:高瀬みのり 品性相談協会の係員:坂東義弘

ほかに、商店街の有志、町内会長、巡回警官などを含む総勢24名が出演している。なお、エキストラの大半は撮影地である東京都墨田区の実在の自営業者が務めたとされるが、撮影日誌の一部しか残っていないため詳細は不明である。

スタッフ[編集]

映像制作[編集]

監督は篠宮蓮司、脚本は北川庸一、撮影は本多啓介、編集は西園寺理恵が務めた。篠宮は元々ドキュメンタリー出身であり、会話の“間”を撮るために35mmフィルムを敢えて低感度で回したとされる。

美術監督の赤沼千恵は、相談所の内装を“昭和の役所と質屋の中間”として設計し、棚の一段ごとに相談の重さが違うように見せたという。

製作委員会[編集]

製作は相良春樹が率いる品性相談製作委員会が担当した。委員会には出版社、歯科医院チェーン、地域新聞社など計9社が参加し、異例にも「礼節を損なわない広告表現」を条件に資金を出したといわれる。

この条件により、テレビCMでは主演の橘真砂子が一切笑顔を見せないまま「相談は、早いほどよい」とだけ述べる版が放送された。

製作[編集]

企画[編集]

企画の発端は、1984年に上野の貸会議室で開かれた「地域の品位向上」をめぐる勉強会であったとされる。そこに参加していた北川庸一が、議題がほとんど進まず、代わりに参加者同士の挨拶の仕方だけが激論になったことから着想したという。

また、篠宮監督は、当時増加していた生活相談番組との差別化として、「相談の結果が改善ではなく沈黙に終わる物語」を目指したと語っている。

制作過程[編集]

撮影は1986年9月から翌年2月まで、台東区足立区および川崎市の旧市場跡で行われた。冬場のロケでは、相談所の暖房が弱く、俳優が実際に手をこすりながら演技したため、画面に独特の“説教臭い寒さ”が出たとされる。

なお、相談件数を示す黒板は毎朝書き換えられ、撮影最終日には「延べ相談者数 1,742名」と記されていたが、実際には出演者数を上回るため、後に数字だけが独り歩きした。

美術・CG・撮影・音楽[編集]

美術面では、相談所の壁紙に細かな格子模様が使われ、観客に“反省のたて縞”を意識させる仕掛けがあった。特殊技術はほぼ用いられていないが、終盤の石畳流失場面では、ミニチュアと実景を繋ぐためにロトスコープ的な手作業が加えられたとされる。

音楽は久我山譲が担当し、クラリネットと低音の弦を基調とする「謝罪モチーフ」が全編で反復される。主題歌『薄明の相談室』は、歌詞の7割が擬音で構成されているにもかかわらず、地方局での再放送時に妙に耳に残る曲として知られる。

興行[編集]

宣伝では「キャッチコピーは『礼儀は、誰のものか。』」と大書された。公開は1987年11月14日で、新宿ミラノ座系の封切り館では初週動員が3万8,000人を記録した。

娯楽映画として興行的に大ヒットし、最終興行収入は11億2600万円、配給収入は5億9800万円とされる。特に中高年層の支持が厚く、平日の昼回は「会議帰りの視察客」でほぼ満席になったという。

その後、1992年1998年2007年にリバイバル上映が行われ、2007年版ではデジタル修復の際に“DVD色調問題”が話題となった。暗部が妙に青く、相談所の壁が病院の廊下のように見えるとして、旧来のファンから賛否が分かれた。

反響[編集]

批評[編集]

公開当初の批評は割れた。日刊映画各紙は、会話の間と静物の使い方を高く評価する一方で、「題名の時点で観客に反省を求めすぎている」とする批判も掲載した。

文化評論家の真鍋久美は、作品を「1980年代後半の都市生活における道徳の外注化を描いた珍しい映画」と評し、東京国際映画祭の特集上映でも引用された。

受賞・ノミネート[編集]

本作は日本アカデミー賞で最優秀脚本賞、最優秀助演女優賞にノミネートされ、ブルーリボン賞では特別賞を受賞した。また、報知映画賞では審査員特別賞を得たとされる。

一方で、1988年の全国良識映画推進協議会からは「相談の方法論が過剰に娯楽化している」として注意喚起を受けたが、これがかえって作品の知名度を押し上げた。

売上記録[編集]

配給元の社内資料によれば、公開から18週目に観客の再来率が17.6%に達し、これは同年の社会派映画としては異例であった。とくに地方興行では、上映後に観客が互いの礼節を見直すため、ロビーの混雑が長引いたという。

なお、同作のパンフレットは初版4万部が完売し、増刷分には相談欄の埋め草として「良い断り方十選」が追加された。

テレビ放送[編集]

1989年7月に日本テレビ系深夜枠で初放送され、視聴率は12.8%を記録したとされる。深夜映画としては異例の数字であり、翌朝の通勤時間帯に「昨日の品性相談を見たか」という会話が全国の駅で確認されたという。

以後、年末の特番枠でたびたび放送され、2001年版の放送では前後に5分間の“礼儀マナー解説”が挿入された。これが作品本編より説教臭いと評された一方、学校教材として録画する家庭も少なくなかった。

関連商品[編集]

作品本編に関するもの[編集]

公開時には、相談所の帳簿を模したB6判のムック本『品性相談読本』が発売された。中には「謝り方の重心」「沈黙の長さを測る定規」など、映画に出ないはずの道具の解説があり、半分は冗談、半分は実用品であった。

サウンドトラック盤は久我山譲名義で発売され、B面の最後に収録された環境音「相談所の閉店音」が静かな人気を集めた。

派生作品[編集]

1989年にはラジオドラマ化され、主演の御堂将人が同じ役を演じた。さらに1991年には続編小説『品性相談 夕暮れの矯正』が刊行され、相談所の元利用者たちが地方都市へ巡回する設定が追加された。

また、1990年代後半には通信教育教材『家庭でできる品性相談』が登場し、映画の理念が妙なかたちで社会実装されたとされる。

脚注[編集]

1. ^ 初公開日と興行収入は配給会社の年次報告書に基づくとされる。 2. ^ 受賞歴の一部は地方紙の紙面再録による。 3. ^ 相談件数の数値には試写会参加者が含まれていた可能性がある。 4. ^ 石畳流失場面の制作証言は監督インタビュー集に見えるが、版元が不明である。

参考文献[編集]

外部リンク[編集]

東亜映像企画アーカイブ

品性相談製作委員会資料室

下町映画保存会

昭和映画年鑑データベース

脚注

  1. ^ 北嶋芳雄『品性相談の成立と都市倫理』東都出版, 1991.
  2. ^ 相良春樹『相談映画の時代』京浜書房, 1989.
  3. ^ 真鍋久美「礼儀と沈黙のあいだ」『映像批評』第18巻第4号, 1988, pp. 44-57.
  4. ^ Harold M. Finch, "Counsel of Character and the Late Urban Melodrama", Journal of East Asian Film Studies, Vol. 12, No. 2, 1993, pp. 113-131.
  5. ^ 北川庸一『脚本覚え書き 品性相談』南風社, 1990.
  6. ^ 西園寺理恵「編集台から見た反省の風景」『映画技術』第26巻第1号, 1988, pp. 9-21.
  7. ^ M. A. Thornton, "The Civic Politeness Film in Japan", Screen & Society Review, Vol. 7, No. 3, 1994, pp. 201-219.
  8. ^ 久我山譲『薄明の相談室 音楽ノート』月光館, 1987.
  9. ^ 篠宮蓮司『撮影日誌 品性相談 1986-1987』未刊行私家版, 1992.
  10. ^ 全国良識映画推進協議会編『良識映画白書1988』善隣社, 1988.
  11. ^ 佐伯みどり『DVD色調問題と修復美学』海鳴書房, 2008.
  12. ^ Theodore J. Vale, "A Film About Manners That Became a Movement", Comparative Film Quarterly, Vol. 5, No. 1, 2001, pp. 66-79.

外部リンク

  • 日本相談映画資料館
  • 品性相談ファン年鑑
  • 下町スクリーンアーカイブ
  • 昭和映画復元研究所
  • 京浜映画作品案内
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