希望誕生
| 分野 | 社会心理学・公共政策・都市行政 |
|---|---|
| 対象 | 不安や停滞が強い局面(災害、経済不況、紛争後など) |
| 提唱の端緒 | 1970年代後半の地域再建実務での用語化 |
| 主要指標 | 希望指数H(希望行動率×参加持続率) |
| 代表的枠組み | 希望分配モデル(HDM) |
| 関係機関 | 地方自治体・国立感情科学研究所・企業福利厚生部門 |
(きぼうたんじょう)は、危機の最中に「希望」という感情が社会的な制度として立ち上がり、運用される現象を指すとされる概念である[1]。とくに心理学・政策設計・都市計画の交点で語られることが多く、国内外で研究会が組織されてきた[2]。
概要[編集]
は、単なる前向きな気分ではなく、希望が「観測可能な行動」と「再現可能な仕組み」に変換された状態を指すとされる[1]。そのため研究者の間では、願望や宗教的信仰ではなく、統計的に追跡できる社会運用として扱われることが多い。
概念の成立経緯は、1970年代後半の地域再建プロジェクトに遡るとされるが、実務家の証言では用語が先に現場で使われ、その後に学術的な整理が追随したとされる[3]。ただし、希望が生まれる条件を厳密化しようとするほど、言葉が現場の手触りを失うという指摘もある[4]。
その運用は、(1) 期待の足場づくり、(2) 小さな達成の連鎖、(3) 終了条件の設計(希望が“燃え尽きない”仕組み)という三段階に整理されることが多い[2]。この三段階のどこかが欠けると、希望は“言っただけ”で終わるとされ、希望誕生に至らないとされる[1]。
定義と指標[編集]
希望誕生は、観測期間中に「希望関連の行動」が増加し、その増加が一定の参加持続率を伴うときに成立すると定義される[1]。この行動には、会合への出席、職業訓練への申請、地域ボランティアの登録など、比較的説明が容易な項目が選ばれた[5]。
そのため、主要指標として(Hope index H)が用いられることが多い。Hope指数Hは、希望行動率(対象人口に対する希望行動の比)と参加持続率(希望行動を継続した人の比)を掛け合わせる形で算出されるとされる[2]。なお、原案では分母の設定が恣意的になりやすいとして、分母を「16歳以上」「戸籍上の居住者」などに固定する提案がなされた[6]。
一方で、希望指数Hが“高いのに気分は沈んでいる”場合も報告されており、指標の妥当性が議論されている[4]。また、希望が強いほど人々が発言を控える地域文化もあり、希望誕生が過小評価される可能性も指摘される[7]。さらに、指標算出のための聞き取り調査が増えると、調査疲れで希望が落ちるという本末転倒が起こり得るとされる[8]。
希望行動と“黙って効く”希望[編集]
希望行動のカウントは、通常は申請・登録・参加のような明示行動を中心に行われる[5]。しかし、と呼ばれる類型では、当事者が外部に言語化しないまま継続する行為(例:屋台の仕込み手伝い、遠い親戚への送金の定期化)が希望指数Hの裏面で支えているとされる[7]。
終了条件(希望が燃え尽きない設計)[編集]
希望誕生は、ある時点で“打ち切り”が行われると成立しにくくなるとされる[2]。そこで、政策側では希望の支援に段階的な終端(例:3か月は強支援、次の2か月は軽支援、残りは自己運営)を置く「希望誕生のグラデーション終了」が提案された[3]。ただし、この方式は現場の裁量を奪うとして批判もある[4]。
歴史[編集]
希望誕生という語が一般化したのは、公式には1979年の(仮称)を契機としているとされる[3]。しかし関係者の回想では、同会議の前年、広島県の沿岸自治体で“希望の棚卸し”を行った実務報告が先にあり、そこで「希望を配給する」のではなく「希望が湧く状態を作る」という言い回しが採用されたとされる[6]。
1979年当時、国は災害復旧を中心に動いていたが、復旧後に住民が次の一歩を引けない“空白期”が問題になったとされる[9]。そこで感情科学に近い手法を取り入れる試みが進み、やがて希望誕生は「感情の政策工学」と見なされるようになった[2]。特に、国立感情科学研究所の研究班がHope指数Hの試験導入を提案し、全国のモデル地区で追跡が行われたとされる[5]。
ただし、1980年代前半には、希望誕生の運用が“イベント消費”に寄りすぎることで効果が頭打ちになる事例が出た[4]。このため、1992年のでは「参加率だけで判断しない」などの修正が加えられたとされる[10]。なお、一部の編集者は、当時の議事録が“都合よく再構成された”可能性を指摘しており、歴史叙述の正確性は一定の留保が付されている[1]。
起源:港湾倉庫の“希望換気”実験[編集]
希望誕生の最初期の逸話として、実験が挙げられる[6]。1978年、岡山県倉敷市近郊の倉庫で、停電後の暗所にいる人を対象に、換気のタイミングと会話の開始時刻を合わせたところ、希望行動率が平均で+12.4%(95%信頼区間は+8.9〜+16.0)増えたと報告された[11]。ただし、この数字は研究者が“気分の申告”を集計した結果であり、実際の行動変化とどこまで一致したかは検証中とされる[8]。
発展:希望分配モデル(HDM)の導入[編集]
1983年頃には(HDM)が整理されたとされる[2]。HDMは「希望は均等に配られるのではなく、ボトルネック(情報、資源、役割)に沿って増幅される」とする考え方であり、役所の予算配分にも影響を与えたとされる[10]。もっとも、ボトルネックの見立てが外れると“希望が刺さらない”ため、HDMの実装には地区ごとの調査負担が伴った[4]。
転換:広告会社の参入で“希望が売れる”問題[編集]
1990年代後半には、民間の広告会社が希望誕生の設計に関与し始め、スローガンや視覚設計の洗練が進んだとされる[9]。この時期、希望指数Hが短期で上がりやすい一方で、長期の参加持続率が伸びないという“広告依存”の指摘が現れた[8]。結果として、2002年のガイドラインで、表現手法の評価基準に「持続」を含める修正が入ったとされる[5]。
主要な事例と運用[編集]
希望誕生は政策・企業研修・医療福祉の現場でも採用されたとされる[2]。たとえば北海道のでは、希望誕生の運用を“週次の小達成連鎖”に分解し、各回の達成目標を「15分でできること」に制限したと報告されている[12]。その結果、申請件数が3か月で1.17倍になったが、担当者は“数は増えたが生活は変わっていない”と複雑な評価を残した[4]。
また、企業の福利厚生部門では、希望誕生を社内制度として組み込み、「希望行動率」を人事データと連動させる動きが見られた[6]。ただしプライバシーへの懸念が強く、就業規則上は「行動ログ」ではなく「学習機会参加」として扱うよう調整されたとされる[7]。この“言い換え”は形式的には成功した一方で、従業員が“希望を測られている”不快感を訴えたという証言も残っている[8]。
さらに、医療領域では、希望誕生がリハビリのモチベーションだけでなく、通院の継続にまで関わる可能性が検討された[5]。ただし、希望誕生を促す施策が患者の身体状況を無視して推し進められると、逆に罪悪感を生むとして批判された[4]。このため、臨床では「希望が必要な時」と「休息が必要な時」を分ける“希望誕生スイッチ”が導入されたとされる[13]。
都市計画:ベンチの配置で希望を誘導する[編集]
都市計画の分野では、ベンチや街路灯の配置が希望誕生の条件になるとする見解があった[10]。特に東京都のでは、夜間の視認性を高めた実験地区で、夜の通行参加率が0.38ポイント上がったと報告されたとされる[12]。なお、この数字は街路灯の増設台数(合計214基)との相関として提示されたが、天候の影響が除外されていないとの指摘もある[1]。
福祉:希望を“貸し借り”する制度[編集]
一部地域では、希望誕生を“貸し借り”の比喩で説明し、担当者が当事者に役割を委ねる制度設計が試みられた[9]。具体例として、長野県のでは、助けを求める側が一定期間、別の誰かの作業を“手伝い返し”する仕組みを導入したとされる[6]。この制度は好意的に評価されたが、手伝い返しの負担が新たなストレスになる可能性も論点化した[8]。
批判と論争[編集]
希望誕生を制度化することには、測定の暴走という批判がある[4]。希望指数Hが上がるほど施策が継続され、逆に指数が下がると打ち切りが早まる仕組みになった場合、“希望が作れない人”が切り捨てられる懸念が示されたとされる[7]。
また、希望誕生の運用が政治的宣伝と結びつく問題も議論された[9]。国や自治体が希望誕生を掲げると、当事者が「本当は困っている」感情を公的場で言いづらくなるという指摘があった[8]。この結果、希望誕生が“沈黙を要請する制度”として機能してしまう可能性があるとされる[4]。
さらに、概念の定義が広すぎることも問題視された。心理学的な希望と、行動としての希望、そして制度運用としての希望が混同されると、研究としての再現性が落ちるという指摘がある[1]。なお、ある匿名の編集者は、「希望誕生の“誕生”は生物学的な比喩に過ぎないのに、なぜか出生届のような書類が作られてしまった」と述べており、運用の形式主義を皮肉る声が見られた[11]。
“希望を強制する”問題[編集]
希望誕生の設計では、参加を促すこと自体が善とされやすい[2]。しかし当事者が参加できない場合、周囲が“希望不足”と解釈してしまう危険が指摘された[8]。このため、参加不能者への支援を「希望行動」と同等の価値として扱う方針が提案されたが、現場の運用に落ちきれていないとされる[4]。
証拠の弱さ:港湾倉庫実験の再評価[編集]
起源とされる港湾倉庫の希望換気実験については、後年になって別の調査が行われ、希望行動率の上昇が再現されなかったという報告がある[13]。このとき同じ倉庫では換気装置の型番が異なっており(前期:KZ-14、後期:KZ-19)、装置差が結果を左右した可能性が指摘された[1]。ただし、調査側も気分申告のバイアスを完全に排除できていないと認めている[8]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 杉本理香『希望誕生の制度設計:HDMと希望指数H』青灯書房, 2006.
- ^ Margaret A. Thornton, “Operationalizing Hope Under Crisis Conditions,” Journal of Applied Affective Policy, Vol. 12, No. 3, 2011, pp. 41-58.
- ^ 瀬戸内希望会議運営局『希望誕生に関する初期報告(非公開要約)』政府印刷局, 1980.
- ^ 高橋俊明『希望の測定と沈黙:希望指数Hの副作用』新星社, 2012.
- ^ 国立感情科学研究所『感情と行動の接続モデルの実装報告』第3報, 国立感情科学研究所叢書, 1999, pp. 19-36.
- ^ 田辺典子『調査設計から見た希望誕生:分母固定の妥当性』統計思考社, 2004.
- ^ Eiji Nakamura, “Quiet Hope and Nonverbal Continuity in Community Programs,” International Review of Community Psychology, Vol. 27, Issue 1, 2014, pp. 77-96.
- ^ 山縣和馬『希望が燃え尽きる理由:終了条件と介入の段階化』講談企画, 2018.
- ^ “Third-Stage Hope Handout Guidelines: Draft for Municipal Use,” Bulletin of Civic Resilience Practices, 第7巻第2号, 2002, pp. 5-22.
- ^ 松本地域社協『手伝い返し制度の社会評価—希望誕生の貸借性』松本地域社協出版部, 2009.
- ^ 倉敷港湾人材研究会『港湾倉庫の希望換気実験記録(回想録)』倉敷学術出版, 1981.
- ^ 佐久間由紀子『希望を都市に置く:ベンチ配置と参加率の相関分析』都市生活研究所, 2016.
外部リンク
- 希望誕生アーカイブス
- 希望指数H計算サンプル集
- HDM実装ガイドライン倉庫
- 都市の視認性と市民心理フォーラム
- 感情の政策工学ポータル