怒りの三々九度
| 別名 | 三々九度の作法(さんさんくどのさほう) |
|---|---|
| 分野 | 民間儀礼・交渉技法・言語行動論(周縁) |
| 成立地域 | 愛知県周辺の職人街とされる |
| 代表的な手順 | 三段階(火・水・土)→九度(反復) |
| 関連語 | 三度切り・九度読み・怒気調律 |
| 記録媒体 | 家訓写本・地方紙の投書・講習会の配布資料 |
怒りの三々九度(いかりのさんさんくど)は、怒りの発露を「三段階で醸し、九回で整える」民間儀礼として記録された概念である。主に中部地方の職人町で口承され、後に療養法や交渉術へ応用されたとされる[1]。
概要[編集]
怒りの三々九度は、感情としての「怒り」をそのまま爆発させず、一定の型に沿って扱うことで、当人の判断力と対話の成立を改善する方法とされる。形式面では「三段階」と「九回」が中核であり、実務では声量、間(ま)、呼気のタイミングにまで段取りが与えられる。
民間の伝承では、怒りは体内で増殖するものとして理解されており、放置すると他者へ伝播して衝突が拡大すると説明される。一方で、適切に回収すれば怒りは“材料”として再利用できるとされ、交渉や謝罪、作業場の安全管理にも転用されたとされる。
なお、用語の成立については複数の説がある。中でも、江戸期の徒弟制度の「数え方」に由来するという説と、明治期に流行した呼吸法(いわゆる民間呼吸法)と結び付けられたという説が、同程度に参照されている[2]。
概要(一覧形式ではないため、手順の要点を記す)[編集]
三段階は「火・水・土」と呼ばれ、火は怒りを“点火”し、本人の注意を一点へ収束させる段階であるとされる。水は怒りを“薄め”、言葉の角度を滑らかにする段階であるとされ、土は怒りを“固定”して、相手が理解しやすい形の要求や条件として提示する段階であるとされる。
九回の反復(九度)は、同一内容を九度言い直すというより、怒りの粒度を九回に分けて調整するという解釈が一般的である。講習会資料では、反復ごとに「視線の高度」「肩の高さ」「舌先の角度」を微調整する、といった細分化が行われ、現場監督が独自に採点までした例が報告されている[3]。
この作法が「三々九度」と呼ばれる理由として、三段階の切り替えに“々”の間を置くことで転調が生まれ、結果として九度の整合性が取れる、という説明がしばしば採られる。ただし、後述する批判では、語の韻律が先にあって手順が後から整えられたのではないか、という見解も示されている[4]。
歴史[編集]
口承から写本へ:名古屋近郊の徒弟帳[編集]
嘉永末期から安政にかけて、愛知県の織物工房では「怒りは燃えるが、教えるのは燃えない」という家訓が流行したとされる。伝承によれば、徒弟が作業場で怒鳴ると糸が絡み、さらに職人同士の仲裁が遅れて帳簿が狂うことがあったため、怒気を“扱う”型が求められたという[5]。
写本の第一報は、名古屋市の古書店で発見されたとされる「徒弟帳・癇癪(かんしゃく)畳み六条」であると、地域紙が繰り返し報じた。紙面には、怒りの火を点けるのに「息を22回数え、最後の3回で拳を開く」といった具体があり、これが後の九度の祖型になったと説明される[6]。
一方で、学会側の整理では、こうした数え方は儀礼の“飾り”として後に付与された可能性があるとされる。すなわち、実務では危険な声量や視線の暴発を抑えるだけでも効果があったため、細かい数は合目的に編集されたのではないか、という指摘がある[7]。
講習会の産業化:中京の調律師たち[編集]
明治後期、職人町から都市へ人が移動し、工場の管理が強化されると、怒りの管理は“技能”として再定義されるようになった。そこで登場したのが、資格制度のように振る舞った「調律師(ちょうりつし)」と呼ばれる半公式の講師集団である。
愛知県の行政機関では、直接の公的認定ではなく「衛生訓練講習の補助講師」という形が採られたとされ、名古屋市の職業訓練関連部署(当時の名称は資料により揺れる)が教材作成に関与したと推定されている[8]。教材には九度ごとに“言い終わりの沈黙”が規定され、「九度目のみ、沈黙が4拍(はく)長い」とまで書かれていた。
この産業化は、結果として労使交渉にも波及した。たとえば岐阜県の鍛冶組合で、ストライキの直前に代表が怒りの三々九度を試したところ、集会の決裂が回避されたという逸話が広まった。もっとも、同時期の会計記録では支払いが一時的に「2.7日遅れ」ており、怒りが整えられたのか、単に資金が届いただけだったのか判別しにくいとも指摘される[9]。
近代の誤読と拡散:語呂の魔力[編集]
昭和期には、ラジオ番組の“口上(くちあげ)講座”で三々九度が取り上げられ、交渉術として一般向けに翻訳された。ここで誤読が発生し、「九度は九回怒鳴ること」と理解されるケースが増えたとされる。
大阪市の出版社が出した啓蒙書『家庭の怒気整流』では、九度の図が掲載され、各度に色分け(火=赤、水=青、土=茶)が割り当てられた。さらに、その図には「見開きは約31センチであるべき」と妙に規格的な注意が付され、現場の読者が“型”として学びやすくなったという[10]。この規格化が逆に、元来の繊細な調整よりも派手な反復を促したとして批判も起きた。
ただし、拡散の成果もあったとされる。家庭内の対話訓練に取り入れられ、怒りが言語の外へ漏れにくくなることで、騒音苦情の件数が減ったとする地方統計が引かれることもある。もっとも、その統計は資料によって作成年月が異なり、ある号では「昭和33年」とある一方、別の引用では「昭和35年」とされているため、研究者の間では“引用のすべり”が問題視されている[11]。
批判と論争[編集]
怒りの三々九度は、効果を説明する理屈が“感覚的”であることから、学術的には疑義が呈されてきた。特に、九度という数が生理学的根拠に接続しない点が問題視されている。一部では「怒りを抑えるのではなく、怒りを儀礼化して外部に見せる技術だ」との批判がある[12]。
また、写本の出所が明確でないことも論点となった。古書店で発見された徒弟帳が、実は講習会の教材を編集したものではないかという疑いが出ている。さらに、ある研究会では、徒弟帳の注記に「在庫調整のため、説明文を先に整える」趣旨の走り書きが見つかったと報告されたが、当該走り書きは後に“読めない墨”として扱われたという[13]。
このように、怒りの管理が当事者の自由や対話の誠実さを損なうのではないか、という懸念も残る。とはいえ、伝承側は「型は沈黙ではなく、要求の翻訳である」と反論し、怒りが相手へ届く形を整えること自体に意味があると主張している。この対立は、近年でも“言葉の儀礼化”に関する議論へ接続している。
脚注[編集]
脚注
- ^ 山崎綾音『怒りの数え方——三々九度と呼吸の民俗』中京文庫, 1997.
- ^ Margaret A. Thornton『Ritualized Affect in Industrial Communities』University of Kyoto Press, 2004.(pp. 118-131)
- ^ 伊藤祐介「徒弟帳における“々”の機能について」『日本言語行動研究』第12巻第3号, 2011.(pp. 45-62)
- ^ 高橋廉太『工場管理と周縁心理技法』明治学院学術出版, 1988.(第2巻第1号)
- ^ 佐々木允「交渉術としての調律師——講習資料の書誌学的検討」『地域教育史季報』Vol. 9, No. 2, 2019.(pp. 77-98)
- ^ Rina K. Watanabe『Silence, Timing, and Anger Calibration in Domestic Practice』Tokyo Academic Studies, 2016.(pp. 201-209)
- ^ 『家庭の怒気整流』大阪晨光社, 昭和40年.(pp. 31-33)
- ^ 鬼頭実彦「昭和期の口上講座と“九回誤読”の拡散」『放送文化史研究』第5巻第4号, 2002.(pp. 9-28)
- ^ 鈴木朋子『中部地方の民間儀礼と作法の編集』創元民俗叢書, 2007.(pp. 52-66)
- ^ A. R. McClary『The Numerology of Temperament』Routledge, 2010.(第1巻第2号, pp. 14-27)
- ^ 渡辺精一郎『在庫調整と注釈——徒弟帳の再校訂』名古屋大学出版会, 1976.(pp. 3-8)
外部リンク
- 三々九度資料館
- 中京調律師協議会アーカイブ
- 徒弟帳コレクション(名古屋旧市街)
- 怒気調律・講習メモ(デジタル復刻)
- 放送口上講座の台本庫