旅程管理主任者
| 名称 | 旅程管理主任者 |
|---|---|
| 英称 | Itinerary Management Supervisor |
| 創設年 | 1967年ごろとされる |
| 主管 | 全国旅程管理協会(NITMA) |
| 分野 | 観光実務・団体旅行管理 |
| 受験資格 | 満20歳以上、かつ模擬旅程3件以上の作成実績 |
| 上位資格 | 総括旅程管理士 |
| 更新 | 4年ごと |
| 合格率 | 公称18〜27% |
| 通称 | 旅程主任 |
旅程管理主任者(りょていかんりしゅにんしゃ、英: Itinerary Management Supervisor)は、団体旅行における行程の安全性、時刻整合、宿泊先の受入能力を統括するである。もともとは後に増加した観光バスの遅延対策として、内の臨時研究会から派生した制度とされる[1]。
概要[編集]
旅程管理主任者は、団体旅行においての接続を監督し、交通機関の遅延や食事提供の偏り、さらには「予定よりも30分早く着いてしまう」事態まで調整する資格である。現場ではやと混同されがちであるが、制度上はそれらを束ねる上位の実務責任者と位置づけられている。
制度の特徴は、単に時刻表を読むだけでなく、行程表に含まれる「心理的余白」を管理対象に含める点にある。たとえば京都市の寺院が混雑した場合、主任者は参拝時間そのものではなく、参拝後に生じる“集合写真の渋滞”を数値化して対処するよう求められるとされる[2]。
歴史[編集]
臨時研究会から制度化へ[編集]
起源は、東京都千代田区の旧運輸省別館で開かれた「団体旅客運行安定化臨時研究会」に求められる。ここで日本国有鉄道、、および当時の観光バス事業者が、観光地での“置き去り事故”を減らすため、旅程を管理する専任者の必要性を共同で提言したとされる。
初期の試験は紙の時刻表と万年筆のみで行われ、受験者は上野駅からまでの往復行程を、乗換失敗3回・雨天・駅弁売切れの条件付きで再構成させられたという。合格者はわずか11名で、そのうち7名が翌年、箱根の霧で自信を失って再受講したという記録が残る[3]。
拡大期と標準化[編集]
に入ると、大阪万博の来訪者増加を背景に、制度は急速に拡大した。とくに1972年に制定されたとされる「旅程整序基準告示第14号」により、主任者はバスの走行だけでなく、昼食会場の椅子の向き、土産物店の滞在時間、トイレ休憩の“気まずさ指数”まで記録することになった。
この時期、は独自の訓練教材『赤い行程表』を配布した。これは表紙が赤いだけでなく、ページの端に「遅延」「迷子」「食べ過ぎ」などの危険度が色別に印刷されていたため、研修生の間では“観光版防災手帳”と呼ばれていたという。なお、当時の教材には三重県の伊勢路を例示した図が多く、伊勢神宮周辺の「静けさの維持」が主任者の美学として強調された。
現代の位置づけ[編集]
以降はやスマートフォン地図の普及により、旅程管理主任者の役割は縮小したかに見えたが、実際には「遅延情報の氾濫をどう整理するか」という新しい問題に直面した。2018年には、発の団体ツアーで、12台の送迎バスが一斉に別の乗り場へ誘導された“多重迷走事件”が起こり、主任者の配置が見直されたとされる[4]。
また、近年では災害時の避難旅程やの体調管理、さらには“推し活遠征”のような半ば個人旅行化した団体需要まで扱うようになり、資格の範囲はむしろ拡張している。2022年には試験問題に「温泉地で全員が予定より早く風呂から上がった場合の再配車」を扱う設問が出題され、受験者の間で伝説化した。
試験と養成[編集]
旅程管理主任者の養成は、座学24時間、実地演習18時間、模擬クレーム対応9時間を標準としている。とりわけ特徴的なのは「沈黙の添乗」訓練で、受講生は新宿から羽田空港まで、何も起きない車内を保ったまま移動計画を完遂しなければならない。
試験は筆記と口頭に分かれ、筆記では「台風接近で観光船が欠航したが、昼食会場の予約名義は変更できない」などの複合事案が出題される。口頭試問では試験官が故意に遅刻してくるため、受験者はその遅刻を“予定内の揺らぎ”として説明できるかを問われる。合格率は公称18〜27%とされるが、研修修了者の自己申告ベースでは42%まで上昇するという、やや不思議な統計がある。
業務内容[編集]
行程の設計[編集]
主任者の最重要業務は、行程表を単なる時系列ではなく「感情の流れ」として設計することである。たとえば金沢市の兼六園からへの移動では、移動時間そのものよりも「感動の飽和を避けるための15分の無音区間」を挿入することが推奨される。
実務では、1分単位の遅延よりも、集合時に発生する“名簿読み上げのため息”の長さが重視される。NITMAの内部文書によれば、ため息が15秒を超えるとバス内の士気が平均12%低下するという。
トラブル対応[編集]
トラブル対応では、事故そのものより「事故が起きたと思わせる空気」をいかに抑えるかが問われる。主任者は雨天、渋滞、忘れ物、体調不良、そして“集合場所にいるはずの人が集合場所にいるが本人でない”という奇妙な事態に備える。
ある記録では、広島市の平和記念公園見学で一名が鳩の群れに同化し、バス出発時に人数確認が一時不能になったという。主任者はこれを「都市鳥類との一体化」と解釈し、無事に全員を帰着させたと伝えられる。
批判と論争[編集]
制度に対しては、かねてより「旅程を守ることが目的化し、旅行の楽しさが損なわれる」との批判がある。一方で、業界側は「行程が崩れたときに笑って済ませるための職能こそ主任者の本質」と反論している。
また、北海道の観光地では、主任者が細かく時間管理を行うあまり、土産店の売上が“行列の予告”によって増減するという現象が報告された。これを受けて一部の研究者は、旅程管理主任者を「観光経済の天候予報士」と呼ぶべきだと主張したが、要出典とされたまま放置されている。
社会的影響[編集]
旅程管理主任者は、単なる資格にとどまらず、日本の団体旅行文化そのものを形作ったとされる。特に1980年代以降、学校行事、社員旅行、町内会の温泉旅行にまで浸透し、「主任者がいるから安心だ」という感覚が一般化した。
その一方で、行程管理が厳密すぎるあまり、旅行者が自発的に寄り道する自由を失ったとの指摘もある。これに対抗して、長野県の一部旅館では「主任者黙認の5分散歩」を売りにしたプランを導入し、むしろ人気を博したという。近年ではの研修資料にも、主任者の“柔らかい支配”が重要だと示されている。
脚注[編集]
脚注
- ^ 佐伯隆一『団体旅行と行程統制の研究』観光交通評論社, 1974.
- ^ Margaret L. Thornton, 'Delay Negotiation in Package Tours', Journal of Applied Tourism Studies, Vol. 12, No. 3, 1981, pp. 44-67.
- ^ 松浦清志『赤い行程表の時代』関西旅程出版, 1986.
- ^ Hiroshi Watanabe, 'On the Psychology of Early Arrival', Asian Journal of Transit Coordination, Vol. 7, No. 2, 1993, pp. 113-129.
- ^ 全国旅程管理協会編『旅程管理主任者養成標準教本 第4版』NITMA出版部, 2001.
- ^ 小川美奈子『集合写真の渋滞学』港北書房, 2008.
- ^ Edward K. Mills, 'The Supervisor Who Arrived Before the Bus', International Review of Tourism Administration, Vol. 19, No. 1, 2014, pp. 9-31.
- ^ 旅程制度史研究会『観光地における沈黙と遅延』東都学術社, 2017.
- ^ 田所誠一『旅程管理主任者概論: 予定は守るためにあるのか』中央行程研究所, 2020.
- ^ Naomi S. Kerr, 'The Curious Case of the Missing Half-Hour', Travel and Mobility Quarterly, Vol. 5, No. 4, 2022, pp. 201-218.
外部リンク
- 全国旅程管理協会
- 観光行程研究所データベース
- 赤い行程表アーカイブ
- 旅程主任者試験問題集オンライン
- 団体旅行安全推進センター