日本乗用車メーカー11番目のパラドックス
| 種類 | 産業統計学的自然現象 |
|---|---|
| 別名 | 第11社問題、11社目の影、車格反転現象 |
| 初観測年 | 1968年 |
| 発見者 | 三浦恒彦 |
| 関連分野 | 自動車産業、統計学、経済地理学 |
| 影響範囲 | 日本国内の乗用車市場、部品流通、登録統計 |
| 発生頻度 | 数年に一度から統計改訂時に集中的に発生 |
| 主な観測地 | 東京都千代田区、愛知県豊田市、神奈川県横浜市 |
| 主要報告機関 | 運輸省車両需給調整室、国立産業統計研究所 |
日本乗用車メーカー11番目のパラドックス(にほんじょうようしゃメーカーじゅういちばんめのパラドックス、英: Japan Passenger Car Maker 11th Paradox)は、日本の乗用車産業において、企業数が10社を超えた瞬間に市場の統計と輸送実態が不整合を起こすとされる現象である[1]。別名を「第11社問題」といい、にの内部報告をまとめたが命名したとされる[2]。
概要[編集]
日本乗用車メーカー11番目のパラドックスは、日本の乗用車市場において、メーカー数が10社までは整然と説明される一方、11社目が現れると流通、登録、広告、さらには試験車両の台数までが同期を失うとされる現象である。統計上は単なる企業追加に見えるが、現場では「11番目を名乗った会社ほど販売台数が伸びない」「9社目と10社目の境界が突然曖昧になる」などの奇妙なずれが観測される[3]。
この現象は東京都千代田区の官庁街で最初に議論されたとされ、のちに愛知県の自動車研究会で検証された。なお、メカニズムは完全には解明されていないが、車名の命名規則、下請け部品の配分、地域ごとのディーラー数の偏りが重なることで、11社目だけが「統計上は存在するが街角では見つからない」状態に追い込まれると考えられている[4]。
発生原理・メカニズム[編集]
一般には、乗用車メーカーが10社を超えると、各社が互いに「準大手」「準中堅」といった曖昧な位置づけを取り合うため、分類軸が飽和することに起因するとされる。特に(現・)が1971年に作成した需給調整表では、11社目の欄だけが手書きの余白に追いやられており、この余白が市場認識に反映されるという説が有力である[5]。
また、車両の型式認定は系の手続きと販売店網の拡張速度に依存するが、11社目はしばしば認定より先に広報資料が出回るため、実車の流通が「広告に追いつかない」状態になる。これを研究者は「先行販促遅延」と呼ぶが、実際にはディーラーの看板だけが先に増え、納車待ちの期間中に消費者が別メーカーへ流れてしまうことが多いと報告されている[6]。
さらに、部品供給網では第11社目に対してだけ調達先の再編が起こりやすく、同じタイヤサイズでも呼称が微妙に異なるため、物流表上で別物として扱われることがある。この不一致が累積すると、統計上のメーカー数と街中で目撃される車種数の比率が崩れ、パラドックスが発生するのである。
種類・分類[編集]
研究上は、当該現象は主として以下の3類型に分けられている。
第一に「登録反転型」である。これは11社目が誕生した年だけ、登録台数の順位が10位までで綺麗に終わらず、11位の企業が12位以下の合計より少なくなる現象である。の神奈川県の調査では、ある新興メーカーが月産4,800台を公表したにもかかわらず、登録ベースでは4,812台の「不明車両」が発生したとされる[7]。
第二に「車格圧縮型」である。11社目が軽自動車から高級車まで幅広く展開しようとすると、どの車格にも完全には属さない中間的車種が増え、分類表が肥大化する。とくにとの境界で起こりやすく、編集者によっては同一車種が3回も別表に掲載されることがある。
第三に「影社名型」である。これは実在の社名と紛らわしい名称を持つ架空ブランドが一時的に流通し、11社目の座を奪う現象である。たとえば大阪府内のモーターショーで「東洋乗用工業」名義のパンフレットが配布された際、翌日には同名の会社が存在しないことが判明したが、来場者アンケートでは満足度が最も高かったという。
歴史・研究史[編集]
黎明期[編集]
この現象の記録は後半、の自動車需給班が「国内乗用車メーカーは何社までなら政策表が読めるか」を検討した内部資料に遡るとされる。資料を整理していた三浦恒彦は、10社までは整ったのに11社目だけ脚注へ回されることに着目し、これを「第11社問題」と仮称した[8]。
当初は単なる官庁文書の癖とみなされたが、名古屋市と横浜市で相次いだ販路調査により、同様の偏りが実際の販売統計にも現れることが確認された。ここで初めて、現象が単なる表計算の問題ではなく、産業構造そのものに由来するとの認識が広まった。
研究の拡大[編集]
1980年代にはの小川澄子らが、乗用車メーカー数と広告露出量の相関を分析し、11社目では新聞広告の掲載面積が平均で17.4%低下するという結果を発表した。ただし、この数値は朝刊と夕刊を混在させたため再現性に疑義があるとも指摘されている[9]。
に入ると、京都大学経済学部のゼミが「第11社目のブランド認知はなぜ8週遅れるのか」という卒業論文を複数出し、学術的関心が高まった。一方で、自動車業界側からは「市場が成熟すると11社目は自然に影になるだけである」との反論もあり、議論は長く平行線をたどった。
制度化と再解釈[編集]
には、各自治体の企業誘致パンフレットにおいて「11社目でも安心の工業団地」といった表現が使われ、現象はむしろ都市計画上の注意事項として制度化された。特に愛知県では、11社目を招致した場合に限り、部品物流の試走期間を通常より2週間長く取る運用が導入されたとされる[10]。
近年では、このパラドックスは実際の企業数を数える問題ではなく、「市場に現れるメーカー像の総数が10で閉じる」という心理的閾値を表す概念として再解釈されている。なお、一部の研究者は「11社目」は実在しないのではなく、毎回別の社名で再登場しているだけだと主張している。
観測・実例[編集]
代表的な観測例として、ので起きた「第11ブース現象」がある。出展社数は厳密には12社だったが、会場案内図では11社目のブースだけが「特設展示」として処理され、来場者アンケートでも社名を正しく覚えていた者が6.2%にとどまった[11]。
また、1991年にはの海沿いの国道で、同じ色の乗用車が連続して7台通過した後、8台目から急に車格がばらけたという観測が報告されている。地元紙はこれを「メーカー相転移」と報じたが、後日の調査で、そのうち3台は社用車、2台は試乗車、1台は代車であったことが判明した。
最も有名な実例はの横浜での共同調査である。研究班が11社目の販売店を探したところ、地図上では14か所に印がついたが、現地ではすべて中古車店か整備工場に変わっており、最終的に「販売店はあるがメーカーがない」という逆転現象が記録された。調査報告書には、店主が「うちはその会社を扱っているが、会社そのものは見たことがない」と証言したとして引用されている[12]。
影響[編集]
社会的影響としては、まず行政統計の表記が過度に細分化されることが挙げられる。11社目が出現すると、自治体の産業白書では「その他国産車」の欄が一時的に消え、翌年には逆に復活するため、前年比較が極めて困難になる。
消費者側では、11社目の存在を知った途端に「選択肢が増えたようで減った」と感じる傾向があるとされ、購買意欲が平均で9.8%低下するという調査もある。ただし、この調査は試乗会場で実施されたため、来場者の大半が既に車好きだったことから、一般化には慎重であるべきだとの注記が付されている。
業界内部では、部品会社が11社目の対応に過剰な予備在庫を積むようになり、結果としてサプライチェーン全体が「第11社対応コスト」を抱え込む。これにより、一見すると新規参入促進策のはずが、既存メーカーの方がむしろ有利になるという逆説が生じるのである。
応用・緩和策[編集]
研究者の間では、パラドックスの緩和策として「メーカー数を9社で固定し、10社目以降は協業ブランドとして扱う」方法が提案されてきた。これにより統計上の飽和を避け、11社目の影を薄める効果があるとされるが、ブランド名が増えるだけで根本解決にならないとの批判も強い[13]。
また、系の審査現場では、11社目に限り試作車の車名をアルファベット順ではなく五十音順で管理する運用が試みられた。結果として、同じ車が「A-11」「イ-11」「零号」の3名称で登録される事例が発生し、かえって現象を強化したともいわれる。
応用面では、この現象を逆手に取って、地方自治体が「11社目を受け入れられる町」として企業誘致の宣伝に利用する例がある。群馬県のある工業団地では、11社目の候補企業に対し、最初の1年間だけ看板を12枚まで無料で出せる制度を設け、視認性の改善に一定の効果があったと報告されている。
文化における言及[編集]
このパラドックスは、産業ドラマや自動車雑誌のコラムでしばしば比喩として用いられる。のテレビドラマ『』では、主人公が「11番目の会社は、いつも地図の外にある」と語る場面があり、のちに引用だけが独り歩きした[14]。
また、以降のネット上では、「11社目の試乗レビューはなぜか写真が少ない」「カタログの紙質だけ立派」といった半ば定型句が流通し、実際の企業ではなく“見えない新参者”を指す隠語としても使われている。なお、これを用いた自動車系掲示板では、メーカー数を数えるだけのスレッドが最終的にタイヤ空気圧の話で終わることが多いとされる。
民俗学的には、の一部で「11社目に出会うと次の車検が早まる」という言い伝えがあるが、要出典とされることも多い。もっとも、年末の整備工場では今なおこの言い伝えを真顔で口にする整備士がいるという。
脚注[編集]
[1] 三浦恒彦「乗用車メーカー数の閾値と市場認識」『国立産業統計研究所紀要』第12巻第4号, 1969年, pp. 41-58.
[2] 通商産業省車両需給調整室『自動車産業分類に関する内部覚書』1968年.
[3] 小川澄子「メーカー数の飽和と広告露出の非対称性」『経済地理』Vol. 31, No. 2, 1984年, pp. 110-129.
[4] 田口英夫『乗用車市場の境界条件』東洋経済新報社, 1992年.
[5] 経済企画庁統計課『需給表記の余白が市場に与える影響』1981年.
[6] Margaret A. Thornton, "Promotion Before Production in Mature Auto Markets," Journal of Industrial Organization, Vol. 18, No. 1, 1997, pp. 77-93.
[7] 神奈川県商工労働部『県内自動車登録台帳の異常値調査』1983年.
[8] 三浦恒彦・佐伯清『第11社問題の起源』日本経済評論社, 1974年.
[9] 小川澄子・佐々木蓉子「朝夕刊混合サンプルにおける露出率の偏差」『統計と社会』第8号, 1989年, pp. 5-19.
[10] 愛知県産業振興課『工業団地における新規参入企業の受入基準』2003年.
[11] 東京モーターショー組織委員会『第25回東京モーターショー来場者調査報告』1978年.
[12] 横浜都市交通研究会『中古車流通圏におけるメーカー認識の空洞化』2005年.
[13] H. K. Bell, "Brand Clustering and the Ninth-Slot Constraint," Automotive Policy Review, Vol. 6, No. 3, 2008, pp. 201-219.
[14] 『湾岸の設計図』制作委員会『脚本集・第3巻』1988年.
関連項目[編集]
脚注
- ^ 三浦恒彦「乗用車メーカー数の閾値と市場認識」『国立産業統計研究所紀要』第12巻第4号, 1969年, pp. 41-58.
- ^ 通商産業省車両需給調整室『自動車産業分類に関する内部覚書』1968年.
- ^ 小川澄子「メーカー数の飽和と広告露出の非対称性」『経済地理』Vol. 31, No. 2, 1984年, pp. 110-129.
- ^ 田口英夫『乗用車市場の境界条件』東洋経済新報社, 1992年.
- ^ 経済企画庁統計課『需給表記の余白が市場に与える影響』1981年.
- ^ Margaret A. Thornton, "Promotion Before Production in Mature Auto Markets," Journal of Industrial Organization, Vol. 18, No. 1, 1997, pp. 77-93.
- ^ 神奈川県商工労働部『県内自動車登録台帳の異常値調査』1983年.
- ^ 三浦恒彦・佐伯清『第11社問題の起源』日本経済評論社, 1974年.
- ^ 小川澄子・佐々木蓉子「朝夕刊混合サンプルにおける露出率の偏差」『統計と社会』第8号, 1989年, pp. 5-19.
- ^ H. K. Bell, "Brand Clustering and the Ninth-Slot Constraint," Automotive Policy Review, Vol. 6, No. 3, 2008, pp. 201-219.
外部リンク
- 国立産業統計研究所アーカイブ
- 自動車市場閾値学会
- 第11社問題資料室
- 東京モーターショー年鑑データベース
- 車格分類研究フォーラム