虎語辞書
| 対象言語 | トッラぺ語(虎語とも) |
|---|---|
| 利用者 | 日本語話者、現地通訳、航路事務担当 |
| 初版年 | |
| 監修 | Sofia Miettinen |
| 発行主体 | 横浜海語研究会(通称:海語研) |
| 収録語数 | 約 31,400 語(増補版) |
| 主な記述方式 | 虎語のローマ字転写+かな索引 |
虎語辞書(とらごじしょ)は、フィンランド湾沿岸の一部地域で成立したとされるトッラぺ語の日本語話者向け辞書である。大正期の軍事・交通拠点における言語接触を契機として編まれ、のちにSofia Miettinenが監修したと説明される[1]。
概要[編集]
虎語辞書は、大正期における言語接触の産物として編纂された辞書であるとされる。とくに、東京—横浜の港湾文書担当が、現地の通訳を介さずに海上契約や倉庫票を読めるようにする目的があったと説明される。
本文は単なる単語集ではなく、語形変化や頻出の定型句、船便・天候・検問用語をまとめた「運用手引き」的性格を持つとされる。また「虎語」という呼称は、当時の現場で“素早く噛みつく(=短く言い直す)”言い回しが多かったことに由来すると、編者らは語っていたという[1]。
一方で、近年の読解では、収録の中心が宗教語彙よりも、港湾・鉄道連絡・倉庫会計に偏っていた点が指摘される。結果として、辞書は「生活語」より「業務語」を写す装置として機能したとみなされている。
成立と編纂の経緯[編集]
大正期の言語接触と「虎語」呼称[編集]
大正の初め、日本軍の航路保全部隊がプロイセン系の勢力圏と関わる形で、沿岸の交通結節に臨時の管轄が置かれたとされる。これにより、ローカルなフィンランド語系統話者、ドイツ語系文書担当、そして日本語話者のあいだで即席の「通用語」が発達したという説明がある[2]。
その通用語が、やがてトッラぺ語(虎語)として制度化され、やの現場で運用されるようになったと語られている。とくに、同一の指示が3回繰り返されるとき、語尾だけが変わる“噛みつき型の語尾運用”が観察されたことが、虎語という呼び名につながったとされる。ただし、このエピソードは後年の編集者による脚色ではないかとも指摘されている[3]。
なお、当時の港湾記録では、虎語を理解するための学習時間が「最短7日、平均14日」と記されているとされる。もっとも、これは“机上学習”を数えたものに過ぎないとされ、現場の会話訓練を含めれば「平均19日」とする異説もある。
編纂体制:横浜海語研究会と監修者[編集]
虎語辞書の編纂は(通称:海語研)によって進められたとされる。海語研は当初、航路案内と貨物票の整合を目的とする小委員会であったが、現地通訳の交代が頻発したため、辞書を“通訳不要の補助輪”として整える必要が生じたと説明される[4]。
編集には、軍の文書翻訳係のほか、名古屋出身の速記官・渡辺精一郎(架空名だが当時の速記資料に頻出の署名として言及される)など、多職種が関与したとされる。さらに、虎語の転写記号(ローマ字+かなの併記)については、視認性を優先して「長母音を“^”で示す」規則が採用されたという[5]。
監修として名が挙がるのは言語学者のSofia Miettinenである。Miettinenは、語彙収集の偏り(港湾・契約語彙の過多)を問題視し、辞書後半に“生活場面のミニ会話”を増補したとされる。もっとも、増補の際に基礎データの選別が「週単位での検収票」から行われたため、料理や祝祭の語彙が意図より少なくなったとも言われる[1]。
構成と記述の特徴[編集]
虎語辞書は、見出し語の配列と索引の二系統で構成されている。見出し語は転写(ローマ字)で示され、その下にかなによる発音補助、さらに短い用例が続く方式が採られたとされる。
特徴として、動詞は「いつ・どこで言い切るか」を示す副標(仮称“場面接尾”)が付与されている点が挙げられる。たとえば、倉庫前で言う命令には“—ra”、検問所で言う命令には“—en”が付く、といった規則が解説されているという[6]。これは一見規則的だが、後から見つかった手書き付録では、同じ語が“—en”から“—er”に揺れている箇所があり、運用実態が反映されていた可能性があるとされる。
また、辞書には「天候語」章が独立して収められているとされる。収録語数は、当初版で3,012語、増補版では31,400語に拡大したとされるが[7]、章の増加比率が他分野より高いことから、港の遅延に直結する語彙の優先度が高かったと推定されている。
社会的影響と利用実態[編集]
虎語辞書は、単なる学術資料ではなく、現場の意思決定を加速させる“時間の辞書”として扱われたとされる。ある報告書では、検問でのやり取りに要する時間が「平均43秒短縮された」と記されているが[8]、計測方法が明示されていないため、誤差の可能性があるとされる。
一方で、航路事務の実務者には、辞書が“語学”よりも“手続き”を支える道具になった。たとえば、向けの定型文は虎語の語彙を使いつつ、日本語の書式(年月日・数量単位)に合わせる形で運用されたとされる。この結果、虎語は現場では自然言語というより、書類の背後で動く手順コードとして認識されていたという[9]。
さらに、教育面では“辞書暗記”が流行したとされる。海語研の回覧資料(現存とされる)には、「1日20語、5日で100語、9日で“検問10連”が回せる」といった学習計画が掲載されていたとされる[10]。ただし、実際の会話では語順が崩れるため、計画通りに進められなかった受講者も多かったと、当時の手紙に記されている。
批判と論争[編集]
虎語辞書は、言語学的価値よりも軍事・行政の都合で編まれた点が批判の中心となっている。たとえば、生活語彙が薄いことは、トッラぺ語話者の実態を歪めた可能性があるとする研究がある[11]。
また、記述体系が“通訳の代替”を優先したため、文法の階層構造(屈折や統語の体系)を十分に扱っていない、という指摘もある。反対に、現場の通用語は文法体系より機能が中心であったとする反論もある。つまり、辞書が誤っているのではなく、対象言語がそもそも“機能中心に収束した言語”だったという見方である。
加えて、監修者のSofia Miettinenが増補版の原案を全面的に統括したのか、あるいは一部の記号規則だけを修正したのかについては、目録の版違い(背表紙表記の揺れ)が根拠として挙げられ、議論が続いている。なお、増補版の序文にある「収録は全て現地検収票に基づく」という趣旨は、要出典タグが付くほど証拠が薄いと指摘されることもある[1]。
脚注[編集]
脚注
- ^ Sofia Miettinen,「Torgo Dialect Documentation and Operational Transcription」, Journal of Port Linguistics, Vol.12, No.3, pp.41-88.
- ^ 横浜海語研究会 編『虎語辞書(増補版)』横浜海語研究会出版部, 1924年。
- ^ 渡辺精一郎,「かな転写と現場理解の速度」, 『海事通信技術紀要』第2巻第1号, pp.15-29, 1923年。
- ^ Aksel Niemelä,「Creole Hypotheses for Coastal Negotiation Registers」, Nordic Linguistics Review, Vol.7, No.2, pp.101-134, 1931.
- ^ Margaret A. Thornton,「Administrative Jargon as Grammar Ersatz: Evidence from Dictionary Systems」, Language and Records, Vol.18, Issue 4, pp.220-256, 1972.
- ^ Erik von Havel,「稼働語彙の偏在と補助輪としての索引」, 『辞書史研究』第5巻第3号, pp.77-96, 1988.
- ^ 海語研資料保存委員会 編『検収票から読む言語接触』東京学林, 1969年。
- ^ 小林清次,「虎語辞書における場面接尾の揺れ」, 『日本語学資料』Vol.33, pp.1-19, 2001年。
- ^ H. R. Kaarna,「On the Fiction of Precision in Early Transcription Guides」, Transactions of the Institute of Applied Linguistics, Vol.9, No.1, pp.55-73, 2010.
- ^ 伊藤真澄,『増補版序文の真偽と収録数の算定』幻の言語学叢書, 2018年.
外部リンク
- 海語研デジタルアーカイブ
- 虎語辞書写本ギャラリー
- 港湾言語接触研究所
- 検問語彙データベース
- かな転写規則コレクション