蹠擽り令
| 正式名称 | 蹠擽り令 |
|---|---|
| 読み | しょくせすりれい |
| 英語名 | Sokutickling Edict |
| 成立 | 1798年ごろ(ウィーン宮廷試験令) |
| 主務 | 内務省身体応答調整局 |
| 適用対象 | 入植者、兵卒、官吏、学校新任者 |
| 主な方式 | 羽毛筆式、麻布条式、木製櫛式 |
| 廃止 | 1947年(行政簡素化令により段階廃止) |
| 関連地域 | ウィーン、長崎、東京、神戸 |
蹠擽り令(しょくせすりれい)は、足底への軽度の刺激を行政手続きに組み込むための法令群である。18世紀末ので試行された身体反応測定の制度化に起源を持つとされ、のちにへ伝わって独自の官僚運用を生んだ[1]。
概要[編集]
蹠擽り令は、足底を刺激して被験者の緊張状態や服従姿勢を観察するための制度、あるいはその制度を運用する際の細則を指す語である。各地で内容は異なるが、一般には、の補助儀礼として用いられたとされる。
もっとも、蹠擽り令は単なる拷問や悪ふざけではなく、との境界に存在した古い統治技術であると説明されることが多い。実際には、対象者の足裏反射が書類不備や潜在的逃亡意思と相関するという、今日から見れば奇妙な仮説に基づいていた[2]。
歴史[編集]
起源とウィーン宮廷試験令[編集]
起源はのにおける宮廷実験であるとされる。当時、末期の官僚たちは、兵役忌避者の見極めに「筆記試験よりも身体反応の方が誤魔化しにくい」と考え、足底への軽刺激を用いた面接法を試験した[3]。
この制度設計には、宮廷医師のと、法務官が関与したとされる。彼らは、羽毛の硬さを0.2グラム単位で規定し、くすぐりの長さを「3呼吸以内」と定めた。記録上は合理的に見えるが、同時期の別資料では「試験場で笑いすぎた候補者が3名、誓約文の読み上げ中に退席した」とあり、制度の初期から運用は揺れていた[要出典]。
日本への移植と明治蹠擽り局[編集]
蹠擽り令が日本へ伝わったのはから初期にかけてである。開港地ので通訳を務めていたが、オランダ語文献『De Zoolische Lachproef』を翻案し、に進講したことが契機とされる。
、内務省内に「身体反応調整掛」が設けられ、のちに「蹠擽り局」へ昇格した。ここでは、入籍確認、移民許可、巡査採用試験の三場面で施術が行われたという。特にでは、書類上は「足底点検」と記され、実際には畳の上で木製櫛を用いる方式が採用されたため、役所の廊下から不自然な笑い声が漏れることがしばしばあった。
この時期の地方運用はばらつきが大きく、では外国人居留地に配慮して羽毛を使用し、では寒冷地仕様として鹿角の先端が試された。なお、の一部では、冬季に足袋のままでも実施可能な「低刺激型」が導入されたとするが、統計の元帳が戦災で焼失しており、正確な普及率は不明である。
制度の成熟と大衆化[編集]
期に入ると、蹠擽り令は官庁儀礼から学校・工場へと拡張した。特にの関東大震災後、避難民の身元確認に短時間で使える方法として注目され、の内部資料では「反応速度の高い者は虚偽申告をしにくい傾向がある」と評価された[4]。
また、各地の青年団や百貨店でも、歓迎行事の一環として簡略版が行われた。東京のある呉服店では、新入社員に対して三歩ぶんの歩行後に足裏を確認する「礼式試験」を導入し、採用辞退率が前年より18.4%低下したという。しかしその理由が制度への信頼なのか単なる恐怖なのかについては、当時から議論が分かれている。
初期には、蹠擽り令は半ば娯楽化し、ラジオ番組や寄席の小道具にも取り入れられた。だが、娯楽としての普及は、制度の本来の目的を曖昧にし、結果として「役所の笑い声で市民が判断を誤る」という新たな問題を生んだ。1931年には内で誤認逮捕が7件発生したとの報告があり、議会で追及を受けた。
廃止と再評価[編集]
、占領下の行政簡素化の流れの中で、蹠擽り令は段階的に廃止された。連合国軍総司令部の勧告文書には、身体反応を行政判断の補助に用いることは「不透明かつ非再現的」であると記されている[5]。
ただし完全消滅ではなく、民間教育や舞台芸術の領域に残った。とくにの港湾労務組合では、労働安全教育の緊張緩和策として類似の手技が1980年代まで続いたとされる。近年は、統治史・感覚史・ユーモア研究の交差点として再評価が進み、の特別展「触れられる国家」でも関連資料が展示された[6]。
方式と分類[編集]
蹠擽り令は、刺激の道具と対象者の属性によりいくつかの方式に分類される。もっとも広く用いられたのは羽毛筆式で、次いで麻布条式、木製櫛式、そして軍務向けの革紐式が知られている。
行政文書上は、これらを「穏」「中」「急」の三段階に分け、対象者が笑いをこらえた秒数、足指の開閉幅、証言の早口化率を記録した。とくに証言の早口化率は、平均で通常時の1.7倍に達したとする調査がある一方で、測定者自身も笑ってしまい、記録が崩れた例が少なくない。
また、地域差も大きい。関西では会話を伴う「口説き型」が好まれ、東北では沈黙のまま続ける「無言型」が採用されやすかった。こうした差異は、単なる嗜好ではなく、地域ごとの役所文化と座敷の広さの違いに由来するとされる。
社会的影響[編集]
蹠擽り令は、の各領域に独特の影響を及ぼした。学校では、初対面の緊張を解く「入学歓迎」として定着し、軍では新兵の無断脱走防止策として用いられた。また裁判所では、証人尋問の補助として足裏の反応を確認する慣行が一部で残った。
一方で、身体の弱い者や障害のある者に不利益が集中したとの批判も早くから存在した。の衛生学講座ではに「過剰な笑刺激は公平な行政を損なう」とする講演が行われたが、当局はこれを「学者の理論先行」として退けたという。
文化面では、蹠擽り令は落語、漫才、少年雑誌の定番ネタとなり、「役人に足をくすぐられたら本物」という俗信まで生んだ。特にでは、縁日の見世物として「令式足底診断」が流行し、1日平均240人が並んだとの記録が残る。
批判と論争[編集]
最大の論争は、蹠擽り令が本当に有効な行政技術であったのかという点にある。支持者は「虚偽申告の抑止に一定の効果があった」と主張したが、反対派は「笑いによる服従は測定不能であり、書類の正確性とは無関係」と批判した。
また、にが掲載した記事では、ある区役所での実施中に係長自身が転倒し、印鑑箱を床に撒き散らした事件が報じられた。これにより、制度がむしろ行政効率を低下させていたのではないかとの疑念が強まった[7]。
さらに、宗教界からは「身体の無防備な部分に国家が介入するのは過剰である」との反発もあった。特にの一部寺院では、足裏を「沈黙の境界」とみなす解釈があり、蹠擽り令の施行日に限って参拝者が急減したという。なお、この点については地域調査の母数が37件と少なく、評価には慎重を要する。
脚注[編集]
[1] 『ウィーン身体反応行政史料集』第3巻第2号、pp. 41-59。 [2] Klaus E. Heller, "A Brief History of Pedal Compliance," Journal of Continental Bureaucratic Studies, Vol. 12, No. 4, pp. 201-228. [3] マルガレーテ・A・シュトローム『宮廷試験と足底刺激』ミネルヴァ書房、1902年。 [4] 警視庁内務資料編纂室『震災後身元確認の諸相』第1巻、pp. 77-81。 [5] United Nations Civil Transition Office, "Administrative Simplification in Occupied Japan," Policy Memo Series, 1947, pp. 9-14. [6] 『触れられる国家——感覚と統治の近代史』国立歴史民俗博物館展覧会図録、2018年。 [7] 大阪朝日新聞社社会部『昭和十三年の役所事件簿』朝日文庫、1954年。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『足裏と国家——近代官僚制における反応測定』岩波書店, 1978年.
- ^ Klaus E. Heller, "A Brief History of Pedal Compliance," Journal of Continental Bureaucratic Studies, Vol. 12, No. 4, pp. 201-228.
- ^ マルガレーテ・A・シュトローム『宮廷試験と足底刺激』ミネルヴァ書房, 1902年.
- ^ 佐伯実『明治身体検査制度史』有斐閣, 第2巻第1号, pp. 15-63.
- ^ H. P. Norwood, "Tickle, Test, and Taxonomy," Administrative Anthropology Review, Vol. 7, No. 1, pp. 3-29.
- ^ 内田さやか『笑いと服従の民俗学』平凡社, 1994年.
- ^ 『ウィーン身体反応行政史料集』第3巻第2号, pp. 41-59.
- ^ 大島健二『蹠擽り令の政治経済学』日本評論社, 2006年.
- ^ United Nations Civil Transition Office, "Administrative Simplification in Occupied Japan," Policy Memo Series, 1947, pp. 9-14.
- ^ 藤堂清志『触れられる国家——感覚と統治の近代史』国立歴史民俗博物館, 2018年.
- ^ 高橋ルイ『役所と羽毛筆の民事史』東京大学出版会, 1988年.
- ^ Jean-Claude Mercier, "Laughter as Proof," Revue d'Histoire Administrative, Vol. 19, No. 2, pp. 88-101.
外部リンク
- 国立歴史民俗博物館 特別展示アーカイブ
- ウィーン行政史研究会
- 蹠擽り令デジタル史料室
- 近代感覚統治資料館
- 笑いと官僚制研究センター