道草部
| 読み | みちくさぶ |
|---|---|
| 発生国 | 日本 |
| 発生年 | 1896年 |
| 創始者 | 獣医師・御厨繁治(みくりや しげはる) |
| 競技形式 | 馬上での巡路競争(部活型・チーム対戦) |
| 主要技術 | 道草索(どうくささく)と呼ばれる指揮合図の運用 |
| オリンピック | |
| オリンピック | オリンピック正式競技(1972年採用とされる) |
道草部(みちくさぶ、英: Michikusa-Bu)は、北海道で生まれたのスポーツ競技である[1]。
概要[編集]
道草部は、競走馬を用いた「部活動」を模した巡路型のスポーツ競技として説明されることが多い。馬上の選手は、決められた“部の道(みち)”に沿って走り、各地点で課題をこなしながら次の区間へ進むとされる。
競技名の由来は、単に寄り道を意味するのではなく、試合中に散り散りに置かれる“道草標(みちくさひょう)”へ反応する訓練そのものに結び付けられている点にあるとされる。また、勝敗だけでなく「部としてどれだけ手順を省略せず歩調を揃えたか」が評価されるため、観戦者のあいだでは“努力の可視化競技”としても知られている。
本競技は、学園の運動部がそのまま競技体系へ転用された経緯が強調される傾向がある。特にに残るとされる記録(後述の「道草簿」)では、参加した生徒たちが馬の疲労を見ながら走路を微修正したことが、競技化の動機だったとして語られている。
歴史[編集]
起源[編集]
道草部の起源については、北海道の牧場地帯において1890年代末期、獣医師のが“回転式休養”の考え方を広めたことに由来するとされる。御厨は、競走馬が一筆書きのように同じ周回路だけを走ると、体幹の左右差が蓄積するため、季節ごとに走路の角度を微妙に変えるべきだと主張したと伝えられている。
そこで、当時の中等教育機関に置かれた馬術研究班が、御厨の提案を「部活動の課題」として読み替えた。課題は、馬の行動を追いながら、地元の農道を8種類の“部の道草”に分類して走らせ、標識へ反応した時間を記録するというものであった。これが後の競技でいうの運用へ繋がったと推定されている。
ただし、道草標の配置方法が統一されないまま地域ごとに独自流が生まれたため、1896年にの貸馬場(のちにが管理)で「部ごとの巡路」ではなく「部の共通手順」を作る試みがなされた。これにより、個々の寄り道が“競技の寄り道”として固定化された、という物語が語り継がれている。なお、この時点で勝敗基準が存在したとされるが、残された記録の一部には「反応は速いが手順が粗い馬がいた」旨の注記があるとされ、出典の信憑性には差異も指摘される[2]。
国際的普及[編集]
国際的普及は、第二次世界大戦後ではなく、意外にも日常の競技会が増えた1950年代に前倒しで進んだとされる。きっかけは、1953年にの馬術師範であるが、道草標の判定を“視線ではなく合図”へ移す方式(手順の再現性を高める発想)を公開したことにある。
この方式は、馬の聴覚・触覚の反応を利用し、合図の回数を3回までに絞ることで、誰が見ても判断できるようにする、と説明された。具体的には「合図回数1で準備、2で接近、3で進行」とされ、合図が4回目に達した場合は“部として迷走した”とみなされ減点の対象になる規定が整えられた。
一方で海外では、道草部が“競走馬の部活動を娯楽として再現する形式”として受け取られ、競技名が英語化された経緯も語られる。1959年、という呼称がの非公式資料に登場したとされるが、原資料の所在は明確でないとされる[3]。ただし、その後1972年にが“オリンピック正式競技相当”として扱う方針を示し、各国で練習用の走路整備が進んだと説明される。
ルール[編集]
道草部では、試合場に設けられた巡路をチームの馬上選手が順に走破する形で行われる。試合は1チーム4名編成で、総走行距離は通常12,400mとされる(内訳は、助走1,200m・部の道草区間9,000m・復路2,200m)。ただし地方大会では簡略版として合計10,800mが採用されることもある。
試合時間は原則として「前半25分+後半25分」で、各半に設置される道草標の数が異なる。前半は9地点、後半は7地点であり、選手は各地点で定められたの合図に従い、馬の反応速度が計測される。なお合図の“遅れ”は秒で管理されるが、記録係が秒単位の換算に迷う場合は、3秒ごとの段階評価(0〜2秒・3〜5秒・6秒以上)へ切り替える運用があるとされる[4]。
勝敗は、(1)道草標の正答率、(2)通過秒差(理論通過タイムとの差)、(3)手順逸脱回数、の合計点で決定される。理論通過タイムは走路の湿度・馬場硬度に応じて換算されるとされるが、換算係数は大会ごとに微調整されるため、外部観測者からは“同点になりやすい仕様”として批判が出た経緯がある。また、オリンピック想定の正規試合では「合図回数が4回目に達した時点で、その地点の正答扱いを取り消す」ルールが採用されるとされる。
技術体系[編集]
道草部の技術体系は、馬の身体反応と、選手の合図運用を同時に成立させる点に特徴があるとされる。中心となるのはで、これは合図の系列(タイミング・回数・方向)を“索(つなぎ)”として組み立てる考え方である。
道草索は大きく「方向索」「強度索」「沈黙索」の3つへ分類される。方向索は合図の方向成分を意味し、強度索は手綱の張力変化(目標範囲をN段階で規定)を伴う。沈黙索は、合図を出さない時間を競技として管理する概念であり、停止すべきではなく“出さないことで先導の錯覚を解く”と説明される。
さらに、巡路を読むための“道草読図”が技能認定の対象となる。選手は走路脇の標識を見て理解するだけでなく、馬の耳の向き(平均角度)から次の区間を推定し、先読みで合図タイミングを前倒しすることが求められるとされる。記録係の報告書では、平均角度の許容範囲が「片耳で±11度、両耳で±7度」と細かく書かれていたことが、道草部ファンの間で“やたら正確な競技”と評されている。
用具[編集]
用具は比較的実務的に設計されており、馬具と計測具に分かれる。馬具としては、道草標への反応を助けるための軽量なが使用される。道草鞍は通常の鞍よりも体幹への干渉を減らす構造であるとされ、腹帯の幅が20mm単位で調整できることが特徴とされる。
計測具としては、選手の手綱運用を読み取るが用いられる。センサーは視覚ではなく触圧と周期を検出し、合図回数を自動で集計する仕組みである。なお、センサーは国内大会では“メーカー指定”が強いとされるが、オリンピック想定の大会では検証手順が公開されていると説明される。
道草標は、風雨で見えにくくなることへの対策として、通常の反射板に加えて“微弱な音響チャネル”を内蔵する形式が多い。音響チャネルが使われるのは、馬の耳が標識へ向いたときのみであるとされるため、観客の混乱を避ける目的があったとされる。一方で、音響が強すぎると誤学習を誘発する可能性が指摘され、標準の音圧は“0.7dBずつ段階的に上げる”運用になったとする説明が見られる[5]。
主な大会[編集]
道草部の主要大会としては、季節整備のしやすさを理由に、暑熱対策が評価される、そして学園対抗のが挙げられる。
網走春道草大会は、試合開始の気温が3回だけ測定されるのが特徴であるとされる。第1測定がスタート30分前、第2測定が競技開始時、第3測定が馬場の最終乾燥確認時であり、これらの値から湿度換算係数が決められる仕組みになっている。なお係数は「1.00〜1.18」の範囲に収めるよう規定されているとされるが、実務上は1.12を超える大会は少ないと報告されている[6]。
部活甲子道は高校相当のチームが参加する大会として知られ、勝利よりも「部の手順の美しさ」を審査員が言語化する慣習がある。優勝校の記録係は、勝利インタビューで“沈黙索の秒数”を口にすることがあるとされ、ファンの間ではその発言が名言扱いされることもある。
競技団体[編集]
競技運営の中心にあるのは、とされる。同連盟は、道草標の規格、の合図許容範囲、手綱相図センサーの校正手順を管理すると説明される。
国内ではが、走路整備の認定を担う機関として機能しているとされる。網走体育聯盟は、施設基準の中で「馬場硬度の均一性」を数値で要求し、許容ばらつきを標準偏差0.08以内とする運用を掲げたとされる。もっともこの数値は、計測器の世代差でぶれる可能性があるため、年ごとに運用指針を修正しているともされる。
なお、審判団の編成は“馬体の左右差に明るい者”が優先されるとされ、元獣医師・馬具技師・計測技術者から構成される傾向がある。ここで強調されるのがの理念であり、「手順を揃えることは安全と同義である」という文言が、現在の講習会資料にも引用されているとされる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 御厨繁治『巡路と休養:競走馬の部活動設計論』網走学術書房, 1902年.
- ^ 倉敷礼一『合図で整える馬:道草索の実装手順』東北学院出版部, 1954年.
- ^ 『道草部規約集(改訂第三版)』国際競技馬連盟, 1968年.
- ^ John H. Wetherby『Equine Team Navigation in Winter Courses』Journal of Sport Horse Science, Vol.12, No.3, pp.41-59, 1970.
- ^ 佐伯眞琴『馬場硬度と勝敗—沈黙索が示す微差の統計』体育測定研究, 第6巻第2号, pp.77-96, 1975年.
- ^ 欧州馬術連盟編『Michikusa-Bu: An Olympic Prospect』European Equestrian Review, Vol.4, pp.10-33, 1961.
- ^ 中村和作『部活甲子道の審査思想と物語化』文教スポーツ史研究所紀要, 第9巻第1号, pp.1-18, 1982年.
- ^ 『網走春道草大会記録抄(第1〜第14回)』網走体育聯盟広報課, 1979年.
- ^ Sara N. Alvarez『Acoustic Side-Channels and False Learning in Competitive Horses』International Journal of Equine Acoustics, Vol.19, No.1, pp.201-219, 2003.
- ^ 御厨繁治『巡路と休養:競走馬の部活動設計論(第九刷)』網走学術書房, 1902年(原版と異なる引用頁があるとされる).
外部リンク
- 道草部公式資料館(架空)
- 網走体育聯盟ロードマップ倉庫
- 国際競技馬連盟 ルールアーカイブ
- 部活甲子道 審査用語集
- 手綱相図センサー 技術メモ