鈴木弘
| 氏名 | 鈴木 弘 |
|---|---|
| 画像 | Suzuki_Hiroshi_2023.jpg |
| 画像サイズ | 280px |
| 画像説明 | 2023年の国際大会にて |
| 愛称 | ミオシンの閃光 |
| 生年月日 | 1994年7月18日 |
| 出身地 | 静岡県焼津市 |
| 身長 | 186 cm |
| 体重 | 84 kg |
| 国籍 | 日本 |
| 背番号 | 7 |
| ポジション | ストロークコーチ兼カバー |
| 所属チーム | 浜名湖ヴァイキングス |
| 利き手 | 右投左打 |
| medaltemplates | 世界選手権 銀1 |
鈴木 弘(すずき ひろし、〈平成6年〉 - )は、出身の()。右投左打。の所属。2021年のではの主将としてを獲得し、同年に選ばれた[1]。
経歴[編集]
プロ入り前[編集]
鈴木は在学中にへ所属し、で初めてをで記録したことから注目された。当時はサッカー部との二重所属であったが、部活動後にの水路で夜間練習を行う独自の調整法が話題になった。
に進学すると、同校の旧いボート格納庫を改修したの実証要員となり、2011年にで初優勝を果たした。なお、この大会では追い風規定が不明確だったため、鈴木の記録のみが一時的に要出典として扱われたとされる[2]。
所属チーム別の経歴[編集]
にへデビューし、プロ入り後は第3艇から第1艇へと異例の昇格を経て、同年後半には「ストロークコーチ兼カバー」に就任した。鈴木はにへ移籍したが、艇庫の方針と合わずで復帰し、には再び浜名湖へ移籍している。
浜名湖復帰後はでチーム内最多ストローク数を記録し、には平均レートを維持したまま終盤10メートルで自己ベストを更新した。この自己ベスト更新は、直前に艇上の給水ボトルを積み忘れたことによる軽量化が要因とする説が有力である[3]。
代表経歴[編集]
にはに初選出され、での好走を受けての主将を務めた。同年、鈴木はを獲得し、最終ラップでを0.17秒差で抑えたことから「静かな逆転屋」と報じられた。
また、2024年の予選では、艇の先端に取り付けた簡易風向計が大会規定上の計測器に該当するかが議論になったが、結局は出場を果たした。鈴木はこの大会での出場を果たしたが、準決勝前にの流速を読み違えたとして本人が後に回想している[4]。
選手としての特徴[編集]
鈴木は、長いリーチを生かした高回転のストロークと、終盤での呼吸を極端に抑える「無音加速」で知られている。専門誌『』は、彼の動作を「1ストロークごとに水面の抵抗を説得で減らす選手」と評した[5]。
また、右投左打という珍しい利きの組み合わせは、少年期に野球とを併習していた名残と説明されることが多い。ただし、本人は「本当は左投げのほうが速かったが、艇庫の壁に当たるので右に矯正された」と述べており、記録係が困惑したエピソードが残る。
2022年以降はの管理に独自のを導入し、レース前の静止時間を以内に収めることで、同世代選手との差を広げたとされる。なお、この呼吸法はの内部資料にのみ記載されているとされ、詳細は公表されていない。
人物[編集]
鈴木は寡黙な性格として知られる一方で、艇庫では意外に几帳面で、の角度を単位で並べ替える癖がある。チームメートによれば、遠征先でも必ず味噌汁を以上かき混ぜてから飲むため、合宿の朝食時間が1分延びるという。
の世界選手権後、優勝記念の集合写真で鈴木だけがを脱ぎ忘れていたことがSNSで拡散され、ファンの間では「安全意識の高い主将」として再評価された。本人は後日、「脱ぐタイミングがなかった」とコメントしている。
また、浜松市の老舗模型店で自ら艇の模型を買い集めていることでも知られ、同店では鈴木専用の棚が設けられたとする証言がある[6]。
記録[編集]
タイトル[編集]
世界選手権() 国内リーグ年間最多ストローク賞(、、) 浜名湖クラシック 3連覇( - 2024年)
表彰[編集]
月間最優秀選手() () スポーツ功労章(2024年)
代表歴[編集]
- 初選出 - 世界選手権主将 2024年 - 代表
個人記録[編集]
2000メートル自己ベスト 5分41秒83 1分間最大ストローク数 49.6 最長無休息漕行 27分14秒 ※いずれもチーム計測による[7]。
出演[編集]
鈴木は現役選手でありながら、のテレビCMに出演し、「最後の一掻きは、静かに」という決めぜりふで知られる。CM内では東京都の臨海エリアを模したセットで実際に艇を漕いだが、撮影中に水が浅すぎてオールが三度泥をかき、結果的に商品名より泥の飛散量が話題になった。
テレビ番組ではNHK『』やテレビ東京の特番『』に出演し、解説者としても起用された。特に『限界まで漕げば』では、お笑い芸人の即席レース相手として登場し、スタート前に相手のシート位置を2cmだけ後方へずらして勝利したエピソードが語り草である。
著書[編集]
鈴木はに自伝『』を上梓し、幼少期の練習環境や代表主将としての葛藤を記した。刊行後3週間でを売り上げたと発表されたが、重版分の一部は艇庫のベンチ下に保管されていたという。
ほかに、2024年には競技理論書『』をし、にわたって「風と拍の関係」「補給ゼリーの温度管理」などを論じている。なお、章末の脚注で突然俳句が始まる構成は編集者の意向によるものとされる。
背番号[編集]
鈴木の背番号はである。浜名湖ヴァイキングスではのデビュー以来一貫して7を着用しており、本人は「艇が7番目に速くなるように」という願掛けで選んだと説明している。
一方で、在籍時の背番号は18であった。これは当時のクラブが番号を固定しておらず、ロッカーが偶然で埋まっていたためで、鈴木は「18は遠回りした7だ」と語ったとされる。
脚注[編集]
1. ^ 山田宗一『現代日本ローイング史』海潮社、2022年、pp. 144-151。 2. ^ 佐伯由里子「高校艇競技における追い風規定の変遷」『スポーツ規程研究』Vol. 8, No. 2, pp. 33-47。 3. ^ 浜名湖ヴァイキングス編『2020年度 チーム年報』浜名湖出版局、2021年、pp. 9-12。 4. ^ Nicolas R. Bell, "Tidal Reading and Athlete Decision-Making," Journal of Applied Rowing Studies, Vol. 11, No. 4, pp. 201-219。 5. ^ 『Rowing Monthly Japan』2022年6月号、特集「静かな加速を生むもの」、pp. 18-25。 6. ^ 浜松模型文化協会『地域スポーツと模型趣味の相関』浜松文化資料館、2024年、pp. 61-63。 7. ^ 鈴木弘チーム記録係『個人計測ノート 2018-2024』未刊行資料、pp. 4-19。 8. ^ Patricia H. Doyle, "The Ethics of Silent Stroke," International Review of Aquatic Athletics, Vol. 5, No. 1, pp. 77-80。 9. ^ 『静岡県体育年鑑』2024年版、静岡県体育協会、pp. 203-205。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 山田宗一『現代日本ローイング史』海潮社, 2022.
- ^ 佐伯由里子「高校艇競技における追い風規定の変遷」『スポーツ規程研究』Vol. 8, No. 2, pp. 33-47.
- ^ 浜名湖ヴァイキングス編『2020年度 チーム年報』浜名湖出版局, 2021.
- ^ Nicolas R. Bell, "Tidal Reading and Athlete Decision-Making," Journal of Applied Rowing Studies, Vol. 11, No. 4, pp. 201-219.
- ^ 『Rowing Monthly Japan』2022年6月号、スポーツメディア社, pp. 18-25.
- ^ 浜松模型文化協会『地域スポーツと模型趣味の相関』浜松文化資料館, 2024.
- ^ 鈴木弘チーム記録係『個人計測ノート 2018-2024』未刊行資料, pp. 4-19.
- ^ Patricia H. Doyle, "The Ethics of Silent Stroke," International Review of Aquatic Athletics, Vol. 5, No. 1, pp. 77-80.
- ^ 『静岡県体育年鑑』2024年版, 静岡県体育協会, pp. 203-205.
- ^ 小野寺拓也『風を読む選手たち』南海書房, 2023.
- ^ 森下芙美子「艇庫文化の形成と地域アイデンティティ」『日本スポーツ社会学会紀要』第14巻第1号, pp. 11-29.
外部リンク
- 浜名湖ヴァイキングス 公式サイト
- 国際ローイングリーグ 選手データベース
- 静岡県スポーツアーカイブ
- 水面の裏側で 公式特設ページ
- 焼津市スポーツ栄誉録