音便
| コンビ名 | 音便 |
|---|---|
| 画像 | — |
| キャプション | 発表前のネタ合わせでよく“便乗”することで知られる。 |
| メンバー | 天城クラウス/並木ゴモラ |
| 結成年 | 2029年 |
| 解散年 | —(活動中) |
| 事務所 | 陽炎エンタメ企画 |
| 活動時期 | 2029年 - 現在 |
| 芸種 | 漫才・コント |
| 出囃子 | 『バス停の鳴き声』 |
音便(おんびん、英: Onbin)は、所属の日本のお笑いコンビである。[[2029年]]結成。[[M-1グランプリ]]2029・[[2031年]]ファイナリストで知られる。
概要[編集]
音便は、語感のズレを“身体反応”にまで拡張する系統の漫才と、役所書式をそのままギャグに転写するコントで知られている。結成当初から、言葉の「変化」をテーマにしたネタが多く、観客には「言語学の皮を被った怪談」と評されることがある。
コンビ名の由来は、初期のブレーンであったの合宿で生まれた“音と意味のすべり”という比喩から来たとされる。ただし本人たちは、実際の語義に触れることを避け、「便(たより)がつく瞬間」としか説明しないことが多い。
メンバー[編集]
天城 クラウス(あまぎ くらうす)はボケ担当であり、早口気味の言い間違いを“理屈”に変換するのが特徴である。並木 ゴモラ(なみき ごもら)はツッコミ担当であり、役所文書のように正確な否定語を畳みかけるスタイルで知られる。
両者とも語学系のサブカルに強いが、天城はドイツ語の語尾研究に熱心で、並木はの図書館で「失笑分類」を自作していたとされる(この点は取材で何度も語られ、毎回“何ページ目か”が食い違うため、笑いどころとして定着している)。
来歴・略歴[編集]
出会い[編集]
音便の出会いはことの裏手にある自販機広場であり、2027年の夏合宿の帰りに天城が並木に「その言い方、音便ですよ」と声をかけたのがきっかけとされる。ただし当時、二人ともまだ“音便”という単語を完全に知らなかったため、天城は「たぶん言葉の缶詰」と表現したという。
この逸話は、のちにネタの核となる“知らないのに断言する”技法の起点になったとされる。なお、合宿記録では当日の気温が「34.2℃」と記されている一方、別の参加者は「39℃だった」と証言しており、数値のブレすらコンビの愛嬌として扱われることが多い。
東京進出[編集]
2029年、結成直後の音便はの路上小劇場から活動を開始し、翌年にへ活動拠点を移した。初の単独ライブは「音便・便のない誓約」と題され、チケットはで手売りされたとされる。
2029年の年末、二人は“ネタ帳を提出する係”としての地域寄席企画の裏方に入った。ここで彼らが学んだのが「字面が整っていれば面白い」という誤学説であり、以後、台本は箇条書きと改行が異様に細かい書式になっていった。
芸風[編集]
漫才[編集]
漫才では、言葉の“音の変化”を工学的に扱う。天城が「舌の位置が3ミリずれるだけで意味が変わる」と断言すると、並木が「それは言語ではなく測定器の故障です」と即座に返す。観客からは「語学のノートがそのまま実験器具に転生した」と言われることがある。
また、出だしの定型が独特で「本日は14時17分に、音便が発生します」と告げる。日時は回ごとに変わり、事務所によれば“改訂版”が毎回1分単位で上書きされるため、正確な再現は不可能だという。
コント[編集]
コントでは架空の制度を導入し、登場人物が役所文書を朗読する。例えば「誤解防止課(所在地:仮設庁舎A-6)」の職員が、架空の申請書「音便様式第12号」を配り、申請者の感情をチェックするという構成がある。
このとき並木は必ず、用紙の角が90度から逸脱している場合だけ“失笑が発生する”と説明するが、なぜ角度に意味があるのかは最後まで明かされない。ただし、観客が最も笑うのは“明かされない理屈”であるため、あえて放置される傾向がある。
エピソード[編集]
音便の代表的な小ネタとして、「出囃子の鳴り始めを観客が録音してはいけない」という“謎の注意書き”が挙げられる。初期ライブで掲示された注意は『録音は3回まで可、4回目で笑いが後払いになる』という文言で、スタッフが意味を理解できずに貼ったにもかかわらず、なぜか会場がザワついたという。
その翌日、関係者を名乗る人物から「それ、番組に使えます」という連絡が来たが、事務所は実在を確認できなかった。もっとも、確認できなかったからこそネタは成立し、のちに彼らは“実在しない問い合わせ番号”を台本に組み込むようになったとされる。
賞レース成績・受賞歴[編集]
音便はで2029年にファイナリストとなり、2031年も再びファイナリストとして評価を得た。両年とも最終決戦の前に、前説で「審査員の沈黙時間は平均で7.3秒」と言い当て、観客の集中を奪う作戦を取ったとされる。
一方で、成績のまとめ記事では「2029年王者級」と書かれた媒体もあるが、本人たちは「優勝してないのに優勝した気配がある」と曖昧に語る。なお、セミファイナルで使用された台本の最終ページが破損しており、そこだけ単語の文字が変わっていたという記録が残っている(この“欠損の再解釈”が、彼らのネタ構造そのものだと後に評論家が評した)。
出演・作品[編集]
テレビでは系のバラエティ特番に複数回出演しており、初出演時には“言葉の誤作動”をテーマにした企画で、天城が観客の名前を勝手に変換するトークを行った。ラジオではに近い枠組みの深夜番組にゲスト出演し、「音便が来る前兆は、湿度が65%を超えたとき」と発言したとされる。
作品面では、CD『音便式・沈黙の折り返し』(2029年)とDVD『様式第12号の笑い』(2030年)がリリースされている。単独ライブは「便のない誓約」「音便・発生報告」「角度90度の失笑」などがあり、すべての小劇場で開催されたと記載されることが多い。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 音便『様式第12号の笑い』陽炎エンタメ企画, 2030年。
- ^ 天城クラウス「音の変化は実験器具で起こる」『月刊コメディ測定学』第4巻第2号, pp.12-19, 2030年。
- ^ 並木ゴモラ「改訂版は毎回1分単位で上書きされるという話」『笑いの校正技術』Vol.9, pp.41-58, 2031年。
- ^ 佐々木倫太郎『審査員の沈黙時間は誰のものか』文芸社, 2031年。
- ^ Editorial Board of Onbin Review「Post-Blank Jokes and Phonetic Drift」『International Journal of Uncertain Comedy』Vol.17 No.3, pp.201-219, 2032年。
- ^ 田中マリ「役所書式を朗読するコントの受容」『社会芸能研究』第22巻第1号, pp.77-95, 2031年。
- ^ 山際ユウキ「録音は3回まで可、4回目で笑いが後払いになる構文」『現代前説論』第1巻第6号, pp.3-11, 2032年。
- ^ 陽炎エンタメ企画編『陽炎バラエティ実務資料集』陽炎ブックス, 2033年。
- ^ M-1グランプリ運営事務局『開催記録:2029〜2031』運営局出版, 2032年。
- ^ 吉田セイジ「沈黙は7.3秒で割り切れない」『言語と笑いの統計』第5巻第9号, pp.88-101, 2032年.
外部リンク
- 陽炎エンタメ企画 公式ページ
- 音便 オフィシャル寄席アーカイブ
- 音便式・前説メモ帳
- M-1グランプリ 記録サイト
- 笑いの校正技術 研究会