風呂場椅子独り占め
| 別名 | 椅子取り風呂制、湯前席占有 |
|---|---|
| 発祥 | 東京都江東区の共同浴場圏とする説がある |
| 成立時期 | 1990年代末頃 |
| 主な対象 | 家庭風呂、銭湯、宿泊施設の洗い場 |
| 関連行為 | タオル掛け、桶の先置き、シャワー待機 |
| 象徴物 | 背もたれ付きの風呂場椅子 |
| 社会的評価 | 軽微な迷惑行為から半ば様式美まで幅がある |
| 研究分野 | 生活文化学、共同体行動論 |
風呂場椅子独り占め(ふろばいすひとりじめ、英: Bathtub Chair Monopoly)は、に設置されたの占有状態をめぐる生活慣行、ならびにそれを可視化・儀礼化した日本発の行動様式である。以降、共同住宅のや家族風呂を中心に都市部へ広まったとされる[1]。
概要[編集]
風呂場椅子独り占めとは、内の椅子を長時間にわたり一人が実質的に占用し、他者の着座や洗身の機会を制限する現象を指す。一般には非難の対象とされるが、一部では「湯を待つ者に対する席の先占」として、暗黙のルールに昇華した側面もある。
この慣行は、末期から初期にかけて、集合住宅ので発生した「席の取り置き」の慣習が細分化したものとされる[2]。ただし、初期の用例はとで互いに異なる意味を持っていたという指摘があり、起源の特定にはなお議論がある。
歴史[編集]
前史[編集]
前史としては、文化における「洗い場の確保」がある。特に頃、のある老舗銭湯で、常連客が洗面器と椅子を同時に並べて場所を示す慣行が確認されたとされる。これが後に「椅子を本人の身体の延長とみなす」発想へと転化したのである[3]。
なお、当時はまだ「独り占め」という語は使われておらず、店主の手帳には「椅子の帰属をめぐる口論 4件」とだけ記録されている。ここから、現象はあったが概念化されていなかったことがうかがえる。
成立と普及[編集]
、の集合住宅「潮見ハイツ共同浴場」において、自治会長のが「椅子は立つ者のものではなく、湯気に長く触れた者のもの」とする独自解釈を掲げ、月例会で採択したことが、制度化の起点とされる[4]。これにより、入浴開始から15分以内に椅子へ着席した者は、洗身を終えるまで優先権を持つという曖昧な取り決めが生まれた。
このルールは翌年、近隣の内の3施設へ波及し、2001年には南部のスーパー銭湯にも輸入された。普及の過程で「先に椅子に座った者が、後から来た家族全員のために席を支配する」という派生型が現れ、これが最も批判を集めた。
制度化と反動[編集]
、日本共同浴場協会(JBAA、後の)が「洗い場における椅子の長時間占有に関する覚書」を発表し、着座の目安を8分とするガイドラインを示した[5]。しかし、現場では「8分では泡立てが終わらない」との反発が強く、実効性は乏しかった。
一方で、の一部施設では、椅子の背もたれに番号札を掛ける方式が採用され、これを「風呂場席番号制」と呼ぶようになった。番号札は最高で36番まで用意されたが、実際に使われたのは1番と2番ばかりであったという。
作法と分類[編集]
先占型[編集]
先占型は、入浴直後に椅子へ腰を下ろし、ボディソープ、桶、シャンプーを左右対称に並べて「使用中」を宣言する型である。最も典型的な例では、タオルの端を椅子の脚に結び、視覚的な占有を示す手法が用いられる[6]。
この型の問題は、本人が実際には背中を洗っているだけで、椅子自体はほとんど活動していない点にある。したがって批判者は「静止資産」と呼ぶ。
家族連結型[編集]
家族連結型は、保護者が自分の椅子を確保したまま、子どもや配偶者の分まで周辺の椅子を事実上占有する行為である。とくにやで観測され、椅子3脚を半円形に配置する「三脚結界」が知られている[7]。
のある温泉施設では、祖父が孫のために椅子5脚を先に並べた結果、洗い場の一角が完全に家族の「私設洗面所」と化し、他客が入口で順番待ちをする事態になった。
儀礼化型[編集]
儀礼化型では、椅子の独占が単なる利便ではなく、入浴開始の挨拶や湯気への敬意を示す行為と見なされる。利用者は「お先に失礼します」と言いながらも席を離れず、実質的には長期滞在を正当化するのである。
の老舗銭湯では、これを避けるために「5分以上座る者は、いったん桶を手に取って立ち上がること」という内規が設けられたが、実際には立ち上がったまま椅子の上を清掃する者が現れ、運用はさらに複雑化した。
社会的影響[編集]
風呂場椅子独り占めは、入浴施設の混雑緩和を妨げる一方で、共同体内の権力関係を可視化する指標として注目された。の生活文化研究会は、から3年間にわたり東京都内17施設を調査し、椅子の占有時間が平均7分42秒であるのに対し、独り占めと判定されたケースでは平均23分18秒に達したと報告している[8]。
また、家庭内教育への影響も無視できない。子どもが「椅子を取ったら勝ち」と学習した結果、湯船に入る前に洗い場で戦略を組み立てるようになったという。なお、この傾向はよりもの寒冷地施設で強く、冬季には椅子争奪が1分単位で激化するという調査もある。
一方で、観光業界では「風呂場椅子独り占めを笑って学ぶ」ことを目的としたマナー啓発ポスターが制作され、逆に話題を呼んだ。ポスターの文言「椅子もまた、次の人のために温もる」は、2015年の観光協会ポスター展で最優秀コピー賞を受賞したが、受賞理由は不明瞭である。
批判と論争[編集]
批判派は、この慣行が洗い場の公共性を損ない、特に高齢者や子連れ利用者の動線を阻害すると指摘する。これに対して擁護派は、椅子は「体を支える道具」であり、占有は長時間の清潔維持に必要だと反論してきた。
論争は、の生活情報番組で「椅子を譲るべきか」という特集が組まれたことで再燃した。番組内で出演した銭湯店主は「椅子は一脚だが、気配は三脚分ある」と述べたとされるが、要出典のまま編集合戦になった記録が残っている。
また、のある温浴施設では、独り占め常習客に対し「椅子の連続利用は20分まで」とする張り紙が掲示された。しかし、文字が小さすぎたため、実際には「20脚まで」と誤読する客が続出し、かえって大規模な椅子集積が起こったという。
研究[編集]
分館の非公開調査「洗い場の席取りに関する比較行動誌」(2020年)では、風呂場椅子独り占めが単なる迷惑行為ではなく、寒冷環境下における身体保全戦略の極端化として説明されている[9]。研究チームは、椅子の背もたれ角度、桶の位置、シャンプー残量の3要素が占有意識を強めると結論づけた。
なお、同調査では「椅子の上に足を乗せる利用者は、独り占め意識が1.8倍高い」とする結果も示されたが、被験者数が12人であったため、学会では慎重な扱いが求められた。もっとも、この小規模性こそが当該分野の伝統であるとも評される。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 北原忠之『潮見ハイツ浴場会議録 1998-2003』潮見自治会出版部, 2004.
- ^ 小林みどり「共同浴場における椅子占有の相互行為」『生活文化研究』Vol.12, No.3, pp.41-68, 2009.
- ^ Sarah L. Whitcombe, "Chair Monopoly in Communal Baths", Journal of Domestic Anthropology, Vol.18, No.2, pp.113-129, 2011.
- ^ 渡辺精一郎「洗い場における先占と秩序形成」『日本民俗衛生学雑誌』第47巻第1号, pp.5-22, 2007.
- ^ Mikiko Arata, "Temporal Occupancy and Steam Etiquette", Bath Studies Quarterly, Vol.6, No.4, pp.201-219, 2014.
- ^ 田所修平『風呂場の政治学: 椅子をめぐる静かな闘争』河川文化新書, 2016.
- ^ 斉藤和也「番号札導入後の利用者行動変容」『温浴施設管理』第21巻第2号, pp.77-91, 2010.
- ^ Margaret A. Thornton, "The Sociology of the Third Stool", Routledge Press, 2018.
- ^ 国立民族学博物館分館編『洗い場の席取りに関する比較行動誌』調査報告書, 2020.
- ^ 高橋礼子『椅子は誰のものか: 家族風呂の合意形成』みなと書房, 2022.
外部リンク
- 全国浴場生活調整連盟
- 共同浴場マナー資料館
- 洗い場行動研究所
- 風呂場椅子年表アーカイブ
- 湯気と秩序の会