8月まで首位だったのに9月に5勝20敗でBクラス落ち
| 分類 | プロ野球の通俗表現 |
|---|---|
| 成立時期 | 1997年ごろ |
| 発祥地 | 兵庫県西宮市・大阪府大阪市周辺 |
| 主な使用者 | スポーツ紙記者、ナイトゲーム解説者、球団広報 |
| 意味 | 8月まで好調だった球団が9月に大失速し、順位表の下位群へ落ちること |
| 関連記録 | 9月成績5勝20敗、月間失策28、救援防御率9.41 |
| 象徴的事例 | 1998年春日川タイタンズ |
| 派生語 | Bクラス落ち、秋口急変、首位消失 |
8月まで首位だったのに9月に5勝20敗でBクラス落ちは、プロ野球において時点でにあった球団が、翌に極端な失速を見せ、へ転落する現象を指す俗称である。特に後半の関西圏で定着したとされ、勝率の急落を象徴する言い回しとして知られる[1]。
概要[編集]
8月まで首位だったのに9月に5勝20敗でBクラス落ちとは、終盤における急激な失速を指す言い回しである。球団が時点で首位に立ちながら、翌月に前後の成績を記録し、から転落する事例に対して用いられることが多い。
この表現は、単なる成績の悪化ではなく、ベンチ運用の硬直、登板間隔の乱れ、打線の冷え込み、そして「まだ逃げ切れる」という空気が組織内に蔓延した結果として説明されることが多い。なお、統計学者の間では「月間失速率」または「九月型崩壊指数」と呼ばれ、球界関係者の間では半ば戒めのように引用されている[2]。
成立の経緯[編集]
西宮スコアボード事件[編集]
最初の用例は秋、の駅前酒場で、の若手記者だったが口にしたとされる。彼は前夜のでの試合後、手書きの順位表を見ながら「8月まで首位だったのに、9月に5勝20敗でBクラス落ちや」と述べ、これがそのまま見出し化されたという。
当初は誤植を含む俗語であったが、翌週の紙面で「5勝20敗」は「5勝19敗」の誤記に修正されず、むしろ読者投稿欄で「数字が強すぎて忘れられない」と話題になった。このため、球団成績を誇張して語る比喩として急速に定着したとされる[3]。
データ野球との接続[編集]
以降、の導入により、この言い回しは「印象論」から「月間変動の代表例」へと転化した。特に大阪大学の准教授であったは、首位球団の9月成績が極端に悪化した場合、残り試合の采配が保守化しやすいとする仮説を提示し、「5勝20敗は偶然の数値ではなく、焦燥の形態である」と記したとされる[4]。
ただし、高橋の原論文は学会誌の査読で「野球を文学で測りすぎている」と評され、一部脚注が削除された。これがかえって用語の神秘性を高め、スポーツ紙・ラジオ・居酒屋談義の三層で広まる要因になったという。
用法と意味の拡張[編集]
この表現は本来、月間成績の実数を示すだけの言い回しであったが、やがて「ほぼ優勝を確信していた組織が、最終局面で自己崩壊すること」全般を指すようになった。社内プロジェクト、商店街の福引、学園祭の模擬店売上にまで援用されることがあり、の読者投書欄では「うちの自治会も9月に5勝20敗やった」との比喩が掲載されたことがある。
一方で、公式記録における使用は慎重であり、の通達では「順位変動の説明語としては許容されるが、個別球団の人格評価としての使用は避けること」とされた。このため、実況アナウンサーは「失速」「急ブレーキ」「秋口の乱調」と言い換える傾向がある[5]。
代表的事例[編集]
1998年 春日川タイタンズ[編集]
最も有名な事例は、1998年のである。8月終了時点で貯金17、2位に4ゲーム差をつけていたが、9月に3名が相次いで離脱し、結果として5勝20敗を記録した。特に9月12日のでの逆転負けは、9回表に3点差を守れず、救援投手が2人合わせて29球しか投げられなかったことで「月間崩壊の象徴」とされた。
この年のタイタンズは、ベンチに「勝てる試合は必ず勝つ」という標語を掲げていたが、逆にそれが「勝てる試合しか想定していない」体質を生んだとも評された。終盤の失速後、広報部が発行した謝罪文には「首位の重みを知った」とだけ記され、ファンからは「軽すぎる」と苦笑されたという。
2006年 北海道マリナーズ[編集]
のも、ほぼ同義の事例として言及される。8月末までの首位維持はでの18連戦を耐え抜いた成果とされたが、9月に入ると移動距離の増大で打線が機能不全に陥り、月間打率は.214、失策は27に達した。
なお、同球団のスコアラーは「全試合で先制点を取っていたが、先制点を守るという発想がなかった」と回顧している。これは後年、スポーツ経営学の教材として使われ、経営コンサルタントが「組織の5勝20敗化」として引用した[6]。
2014年 東都クレインズ[編集]
2014年のは、9月の成績こそ4勝21敗であったが、8月までの首位争いの粘りが評価され、一般には「5勝20敗型」としてひとまとめに語られる。監督交代は行われなかったものの、試合後のミーティングで使用されたホワイトボードのマグネットが全て落下し、選手が「順位表もこうなっている」と笑った逸話が残る。
この一件以来、地方紙の見出しでは「秋の失速」が単なる結果ではなく、物理的な落下として描かれることが増えた。球団事務所の記録によると、この年だけで「首位の8月」関連の問い合わせが例年比で3.8倍に増えたという[7]。
社会的影響[編集]
この表現は、球団の勝敗を語るだけでなく、組織心理の比喩としても定着した。特にの経済紙では、9月の売上失速を「5勝20敗症候群」と書くことがあり、夏季の好況に慢心した企業への警句として使われている。
また、の深夜番組では、リスナーが人生相談を送る際に「恋愛が8月まで首位で9月に5勝20敗でした」といった表現を用いることがある。番組側はこれを「非常に説明しやすい」として歓迎したが、心理学者の一部は「失恋の数字化が過剰である」と批判している。
なお、月間成績をめぐる言説の定着により、球団内部では9月第1週のミーティングを「再首位化会議」と呼ぶ慣行が生まれた。これは外部にはほとんど知られていないが、実務上はスライド1枚で終わることが多く、むしろその簡素さが崩壊の予兆とみなされている[8]。
批判と論争[編集]
批判の中心は、5勝20敗という数字があまりに記号的であり、実態を説明するには単純化が過ぎるという点にある。実際には首位からの転落は、故障者、対戦日程、球場特性、審判傾向など複数要因の合成であり、1か月の成績だけで断じるのは乱暴だとされる。
一方で、球界OBのは「乱暴だからこそ、野球の痛みは伝わる」と述べ、この言い回しを擁護した。彼はさらに「5勝20敗の裏には、20人分の沈黙がある」と語ったが、比喩がやや詩的すぎるため、のコラムでは見出しに使われなかった。
また、要出典を付された論点として、「この表現は本当に西宮発祥か」という問題がある。大阪発祥説、神戸発祥説、さらには京都の学生新聞起源説まで存在するが、いずれも決定的証拠を欠く。ただし、否定する側も別の証拠を持たないため、現在でも『発祥は阪神間である』という曖昧な理解で収束している。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 小林譲治『九月失速の社会学――首位球団はなぜ落ちるのか』関西スポーツ新聞社, 2002年.
- ^ 高橋真理『月間勝敗率と心理的崩壊の相関』大阪大学スポーツ科学紀要 Vol.18, No.2, pp. 41-67, 2001年.
- ^ 三宅浩一「五勝二十敗と沈黙のベンチ」『野球評論』第34巻第7号, pp. 12-19, 2007年.
- ^ 佐伯陽一『阪神間スポーツ俗語辞典』みなと出版, 2009年.
- ^ K. Watanabe, “Late-Season Collapse and Momentum Loss in Japanese Baseball,” Journal of Sporting Narratives, Vol. 9, No. 4, pp. 201-228, 2013.
- ^ 松浦和彦「首位維持の錯覚と再首位化会議」『経営と競技』第11巻第1号, pp. 88-104, 2015年.
- ^ A. P. Reynolds, “The September Spiral: A Comparative Study,” Pacific Baseball Review, Vol. 22, No. 1, pp. 5-29, 2018.
- ^ 神戸新聞運動部『月間成績のことば――新聞見出しの文化史』神戸新聞総合出版センター, 2020年.
- ^ 田所美咲『Bクラス語源考』北摂学術会議, 2021年.
- ^ R. H. Bennett, “Winning in August, Losing in September: Clubhouse Narratives,” International Journal of Sports Folklore, Vol. 6, No. 3, pp. 77-93, 2022.
外部リンク
- 日本月間成績学会
- 阪神間スポーツ語彙アーカイブ
- 九月崩壊指数研究所
- 関西野球表現辞典データベース
- 首位転落史料館