asshole
| 分野 | 言語学(俗語研究)・社会史(侮蔑語の制度化) |
|---|---|
| 主な用途 | 侮蔑(罵倒語)および論争的比喩 |
| 成立仮説(通説以外) | 衛生官僚制と笑いの民俗技法の交差から生まれたとされる |
| 初出推定 | 1890年代後半(「肛門衛生通告」文書に相当する語彙があったとされる) |
| 波及媒体 | 労働者寄宿舎の回覧冊子、見世物小屋の小冊子、海運通信 |
| 関連語 | (演説広間の隠語)、(穴の管理) |
asshole(アッソール)は、英語圏の侮蔑語として理解されていることが多い語である。口語的な罵倒として広まる一方、19世紀末には「衛生・秩序・階層」をめぐる準科学的な議論にも転用されたとされる[1]。
概要[編集]
assholeは、英語圏で相手を強く侮辱する語として認識されているが、言語学的には「語彙の攻撃性がどの制度に結びつくか」を示す事例としても扱われてきた。
一見すると単なる罵倒語であるものの、当該語が社会に浸透する過程では、衛生行政・階層言語・笑いの技法が絡み合ったとする説明が有力である。特に、1890年代末にロンドンで整理された「会話統制」案が、放送前の寄宿舎文化を経由して広まったという経路が指摘されている[2]。
また、語の中核要素は「身体部位の直接性」と「秩序逸脱の連想」であるとされ、同種の侮蔑語と比較しても、比喩の射程が短い代わりに攻撃の印象が長く残ると考えられてきた。この特徴は、語彙が単なる感情表出ではなく、共同体内の規範を運ぶ装置として働いたことを示すものとして論じられている[3]。
語の起源と誕生の物語[編集]
肛門衛生通告と「笑いの行政」[編集]
起源をめぐっては、1897年の港湾都市リヴァプールで「肛門衛生通告」を発行したという架空の行政系列がよく引かれる。通告は建前上、便宜的に「穴の管理」を徹底するためのものであり、衛生監督官のが、寄宿舎用の掲示文テンプレートに“強い言い回し”を導入したとされる[4]。
このテンプレートには、違反者を責めるための短い語彙が必要だったため、専門職同士の通信用符号から「肛門=穴=逸脱」という連鎖が作られ、最終的にと呼ばれる演説広間の隠語が、現場の口語で変形して定着したと推定されている[5]。
さらに、同時期に流行した寄宿舎の落語的手順(“一拍置いてから部位を言う”)が、観察者に笑いを誘発しつつ、笑いがそのまま叱責へ転化するという形で結びついたとする説がある。なお、当時の回覧冊子では、叱責の成功率が「3分以内に受け手の顔色が2段階下がること」を目安に測定されたとされ、異様に具体的な記録が残っているとされる[6]。
海運通信と階層語彙の輸送[編集]
次の拡散段階では、1898年以降の海運通信が重要であると考えられている。すなわち、の港湾局が発行した暗号表の“口語メタデータ”欄に、侮蔑語を短縮した擬似項目が載り、労働者同士の合図として流通したという筋書きである[7]。
ここで関わったのは、実在の組織としてはとされるが、実際の行政文書の検証は難しく、当該局がどの部署まで関与したかは「通信規程第17章が語彙の圧縮を許可していた」という一点に依拠するとされる[8]。
一方で、この輸送は単なる語の拡散ではなく、階層の境界を言語で可視化する役割を担ったとされる。上級の船員が下級の雑談であえて露骨な語を使うことで、距離を測る“見せつけの暴言”が成立したという指摘がある[9]。その結果、assholeは「相手を否定する」だけでなく、「自分が秩序側にいる」と示すための記号としても作用したと考えられている。
社会への影響:規範・冗談・制度[編集]
19世紀末から20世紀初頭にかけて、assholeのような強い侮蔑語は、単発の罵倒から“場を整える技術”へと変質していったとされる。具体的には、寄宿舎や作業場では「争いが大きくなる前に、言葉で小さく切る」というローカルな技法があり、その終端にこの語が置かれたとされる[10]。
また、笑いとの結びつきは特に興味深い。たとえば、1899年にの見世物小屋が催した「苦い言葉のテスト」では、観客の笑いのピークが罵倒の直後ではなく、“罵倒を受けた側が自分の格を守ろうとする仕草”の直前に来ると記録されたとされる[11]。この発見は、語の選択が攻撃ではなく社会的な保険だった可能性を示すものとして、後年の研究者により参照された。
さらに、言語が制度化される過程では、学校や職場の規程に「露骨な部位語の使用は禁止」といった形で取り込まれたとされる。禁止は言葉を消すというより、代替語を生み、結果として攻撃性の言い換え市場を拡大させたと指摘される。この“代替市場”では、アメリカ合衆国側で「会話の熱量」を数値化する試みが進み、罵倒の強度を「0〜100」の尺度に当てはめる粗い指標が作られたという[12]。
代表的なエピソード(実在地名と“ほぼ一次資料”)[編集]
1つ目の例として、1902年、ロンドンの労働者寄宿舎で「夜間点呼の文句」を巡る小競り合いが報じられたとされる。そこで交わされた会話の断片が、焚き火にくべられかけた回覧文書として回収された(という設定になっている)とされ、回収率が「全住居口数の93.2%」だったと記されている[13]。
2つ目は、1911年にの倉庫で起きた“無音の暴言”事件である。この事件では、怒りを露骨に言わず、紙片にだけassholeを印字し、相手の手袋に貼ることで相手の動きを止めたとされる。倉庫の監督官は、紙片を貼った側の目的を「相手の身体反応を最小化し、後始末コストを下げること」と説明したと伝えられるが[14]、後の検証では説明が巧妙すぎる点が批判されている。
3つ目は、1920年、大阪で開かれた“異国語寄席”の一幕として語られる。英語の罵倒語をわざと字幕の形で読み上げる芸が人気を博し、その際に通訳が「穴の管理の古い用語」としてassholeを説明したという逸話が残っているとされる。字幕の配布部数が「1回あたり1,240枚」であったという細部があり、ここから逆算して舞台転換が毎回12分以内だったと推定された、という[15]。ただし、この数字がどの帳簿から来たかは“伝聞”とされるため、要確認扱いになっている。
批判と論争[編集]
批判としてまず挙げられるのは、assholeのような侮蔑語が、単なる悪意を越えて“秩序の再生産”に加担しうる点である。すなわち、攻撃は相手を傷つけるだけでなく、話し手と聞き手の序列を固定する方向に働く可能性がある、という見方である[16]。
また、起源研究の扱いにも論争がある。衛生行政や寄宿舎文化を起源として語る説明は、学術的には“雰囲気がよい”一方で、文書の裏づけが薄いとされる。特に関連の記述は、同時代の規程よりも後年の言い換えに近いとして、複数の論文で慎重な姿勢が示されている[17]。
一方で、言語が制度の影を映す以上、たとえ起源が曖昧でも語が持つ社会的機能を読むべきだとする立場もある。その立場からは、代替市場や“笑いの保険”の概念が、現代のオンライン罵倒にも通じる可能性が示唆されたとされる[18]。ただし、この連想が飛躍しているとして、「似ているから同じだ」という短絡に陥る危険があると反論もある。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ Eleanor V. Pritchard『Bureaucrats of Bad Words: A Social History of English Insults』Cambridge University Press, 2007.
- ^ Harold J. McKelvin「On the Compression of Taboo Lexicon in Port Communication」『Journal of Nautical Linguistics』Vol. 12, No. 3, 1910, pp. 41-69.
- ^ 渡辺精一郎『衛生通告語彙の機械仕分け(上巻)』東京大学出版会, 1934.
- ^ Margaret A. Thornton『Rhetoric in Working-Class Lodgings』Oxford Academic, 2013.
- ^ Reginald B. Hallowett『寄宿舎掲示文テンプレート集』Hallowett & Sons, 1901.
- ^ Lydia S. Kwon「Laughter as a Deterrent: Timing Studies of Verbal Harshness」『Proceedings of the Practical Oratory Society』第3巻第2号, 1922, pp. 103-121.
- ^ Sarah W. Bafferty『Punishment Without Violence: A Metered Scale of Insults』New Atlantic Press, 2018.
- ^ 高橋文敏『異国語寄席と字幕文化の誤読』大阪芸術学研究所紀要, 1926, pp. 55-77.
- ^ R. J. Sutherland『The Royal Port Sanitation Codes (Reconstructed)』Royal Archive Editions, 1961.
- ^ Dmitri N. Volkov「On the 0–100 Affect Index for Workplace Hostility」『International Review of Pragmatic Measures』Vol. 29, No. 1, 2009, pp. 11-38.
外部リンク
- Institute for Taboo Lexicon Studies
- Port Communication Archive
- Working-Class Lodging Manuscript Room
- Practical Oratory Society Digital Gallery
- Royal Archive Editions Catalog