さよさよしますね
| 分類 | 口頭コミュニケーション儀礼(定型句) |
|---|---|
| 用途 | 別れ・退出・話題の終了の婉曲化 |
| 主な媒体 | 対面会話、音声通話、短文チャット |
| 成立時期(推定) | 2000年代後半〜2010年代初頭 |
| 発祥地(伝承) | 東京都新宿区周辺 |
| 代表的な用法 | 「さよさよしますね(=一旦ここで終わります)」 |
| 関連語 | さよさよ、退出予告、再会保留 |
| 論争点 | 誠実さを薄める言い回しではないかという批判 |
さよさよしますねは、別れの挨拶を婉曲に反復しながら、相手との距離感を調整するための日本語の定型句として知られている[1]。特に都市部の若年層の間で、チャットや対面の“切り上げ”儀礼として採用されたとされる[2]。
概要[編集]
さよさよしますねは、別れの意思を示しつつも、相手に“急かされていない”印象を残すために用いられる定型句とされる。語頭の反復(さよさよ)がクッションとして働き、場の緊張を下げる効果があると説明されてきた[1]。
この語が広まった背景として、2000年代後半に増加した、終了タイミングのズレによる対人摩擦が挙げられることが多い。とくに、のような非同期的媒体と、対面の儀礼が混在した環境では、会話を止める合図が“誠意の欠如”に誤読されやすかったとされる[3]。
一方で、言語学的には「別れ」ではなく「退出予告(場の整理宣言)」として機能する点が特徴であると整理される。会話の終了を宣言することで、その後のメッセージ連鎖や追加質問を抑制する働きがあるとも論じられた[2]。ただし後述の通り、過剰に使うと“冷淡な自動応答”とみなされるリスクも指摘される。
語源と定義[編集]
語源説:郵便局の“さよ”運用[編集]
語源は、古くからある別れ言葉の変形ではなく、1960年代の通信事務に由来するとする説がある。具体的には、当時の日本郵便の下請け作業所で、誤配送を減らすために「さよ(=作業を止める合図)」を反復して記録者に伝える運用があったとされる[4]。この“合図の癖”が、口頭での終了儀礼へ転用されたという。
ただし、記録媒体の名目上は「作業停止」だったものの、実際には電話窓口での“折返し連絡の予告”として濫用されていた時期があったとされる。結果として「さよさよしますね」は、“すぐ消える”ではなく“いったん引く”というニュアンスが固定されたと説明される[5]。
定義:婉曲退出(ambiguous exit)型[編集]
言語行動の分類では、さよさよしますねは「婉曲退出(enrollment of exit)」に相当すると整理される。意味内容は「退出する」だけでなく、退出後に“相手が困らないように”配慮する段取り(クッション、間、言い直し)を含むとされる[1]。
この定型句は、会話の終端における発話タイミングがミリ秒単位で最適化されている、という主張も一部で流通した。たとえば、ある実験報告では「退出予告の発話までの沈黙が平均1.7秒、最大でも3.2秒を超えた場合は冷淡判定が増える」とされた[6]。もっとも、この数値の出典は追跡が困難であるとされる(要出典の扱い)。
成立と普及の歴史[編集]
新宿“終了研究会”からの波及[編集]
東京都新宿区での口伝によれば、さよさよしますねの初期利用は雑居ビル内の小規模サークル「終了研究会(しゅうりょうけんきゅうかい)」に遡るとされる。この会は2011年、深夜の打ち合わせが延び続けたことを問題視して設立されたと伝えられている[7]。
会の議事録は残っていないが、代わりに“貼り紙”だけが断片的に語られる。そこでは「終了宣言は一回だけでは強すぎる。反復で丸める」とされ、反復回数は原則として二回(さよさよ)と決められたとされる[8]。三回以上は“粘り”に見えるため禁止されたともいう。
SNS世代化:通知の渦に対する免疫[編集]
普及の加速要因は、スマートフォン時代の“既読”と退出のずれであると説明される。退出宣言が遅れると、相手が会話の続行を前提に返信を生成してしまう。一方で、急に切ると「切られた」と解釈される。この矛盾を、反復型の婉曲退出で緩和しようとする発想が共有された[3]。
特に、終電や帰宅導線の制約が絡む季節では、語の使用頻度が高まると統計風の数字が引用されることがある。ある地域紙のコラムでは、2014年のにおける退出予告型発話の比率が、平月の1.23倍に達したとされた[9]。もっとも当該コラムは「調べた」とだけ書き、方法は明示されていない。
“再会保留”とセットで使われた時期[編集]
さらに、さよさよしますねは単独で使われるよりも「また今度」「近いうちに」などの再会保留語とセットで運用されやすかったとされる。これにより退出が“関係の停止”ではなく“時間の延期”として理解されるからであると説明される[2]。
一部では「さよさよ=再会保留スイッチ」として、退出直後のメッセージ送信数(平均0.6通)を抑える効果があると主張された[10]。ただし、効果の因果は不明で、むしろ当時のユーザーの心理が反復を好んだ可能性も指摘されている。
社会的影響と具体的エピソード[編集]
さよさよしますねは、対人関係を“切らない”ための言葉として受け止められた一方、運用の仕方によっては誤解を生む、とされてきた。たとえば渋谷区のコワーキングスペースでは、スタッフが利用終了時間を告げる際に「ご利用ありがとうございます、さよさよしますね」と言っていた時期があったとされる[11]。利用者からは「出口が見えた気がした」「でもなぜ“二回”?」という両方の反応が出たと伝えられる。
また、学生寮での“夜の見回り”の会話に紐づくエピソードもある。寮生によれば、見回り担当が部屋を出る直前に「さよさよしますね」と言うことで、廊下が静かになる現象が観測されたという。理由は、寮生が追加で隠れて話し合う時間を失うからだとされる[12]。なお、静寂化までの平均時間は「88秒」と語られることがあるが、これは伝聞であり裏取りがない。
職場では、オンライン会議の終わりに導入されることがあった。終わり際に「お先にさよさよしますね」と送ることで、参加者の“まだ発言が必要なのでは”という不安が軽減されると主張された[6]。ただし、発話が早すぎると「脱走」と受け取られ、逆に会議が長引くことも起きた。結果として、語の運用には暗黙のタイミング(だいたい議題の1.7割が消化されたあたり)があると語られるようになった。
批判と論争[編集]
批判としてまず挙げられるのは、「丁寧さの演出が過剰で、誠実さを削る」という見解である。反復によって感情の“厚み”が作られるが、当人の実際の気持ちが不明瞭になるため、皮肉にも冷淡に聞こえるという指摘である[1]。
次に、「言葉の商業化」をめぐる論争がある。2010年代後半、コミュニケーション講座の一部でさよさよしますねが“即効性のある終了技法”として扱われ、商材化されたとされる。ある講師は「さよさよは二回が最適、三回は幼児語っぽくなる」と語ったと報じられた[13]。一方で批判側は、そのような規則化は言語の文脈を壊すと述べた。
さらに、最も笑いどころのある論点として、「ガイドラインの過剰遵守による社会現象」が挙げられる。とある研修資料では「会話終了は必ず『さよさよしますね』で統一する」とされ、未使用者には“退出遅延ボーナス”が付与されない運用が試行されたという[9]。その結果、退出遅延が制度で奨励され、逆に退出が遅くなるという本末転倒が起きたとされる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 伊藤里紗『婉曲退出の社会言語学』東京大学出版会, 2016.
- ^ Margaret A. Thornton『Polite Exits in Networked Conversation』Routledge, 2018.
- ^ 田中圭吾『終了タイミングと誤読の経済学』講談社, 2015.
- ^ 通信事務研究会『電話受付手順の変遷(特別報告)』日本通信協会, 1972.
- ^ 岡本直樹『反復語の心理作用:さよ/あい系の比較』岩波書店, 2013.
- ^ Satoshi Minagawa『Silence Thresholds in Exit Announcements』Journal of Pragmatics Studies, Vol. 42, No. 3, pp. 211-239, 2020.
- ^ 【日本】終了研究会『深夜打ち合わせの停止規約(私家版)』終了研究会記録室, 2012.
- ^ Claire H. Monroe『Double-Cushion Expressions and Relationship Maintenance』Language & Society Review, Vol. 19, No. 1, pp. 55-79, 2017.
- ^ 横尾みなと『若年層チャットの儀礼カレンダー』メディア総研出版, 2014.
- ^ 山川晃『退出儀礼の数理モデル:沈黙秒数と誤解確率』共立出版, 2019.
- ^ Robert K. Sato『Ambiguity as Kindness in Urban Speech』Cambridge Scholar Publishing, 2021.
- ^ 高橋和也『コミュニケーション研修の裏側』明日香出版社, 2017.
外部リンク
- 退出予告アーカイブ
- 新宿終了研究会の貼り紙コレクション
- 反復語プロトコル研究室
- 婉曲表現トレーニング・ナレッジベース
- 既読文化と別れ言葉のデータ板