ますとどんちほー
| 別名 | 結論加速書式・どんちほー流要約法 |
|---|---|
| 領域 | 意思決定支援・会議運用 |
| 成立時期 | 1990年代後半(流行期) |
| 主な媒体 | 社内回覧・研修スライド・地方放送 |
| 標準手順数 | 7手順(とされる) |
| 必須小道具 | 砂時計(3分)またはタイマー |
| 想定対象 | 会議で結論が出ない部署 |
| 評価指標 | 「結論の到達率」と「沈黙時間」 |
ますとどんちほー(英: Masto Donchi-How)は、日本で一時期「会議の結論を暴力的に要約する」ことを目的として流行したとされる民間手順である。語は方言の言い回しを装って広められ、企業の現場研修や地域の講習会にも波及したとされる[1]。
概要[編集]
ますとどんちほーは、会議中に増殖する議論を「ます(増やす)」ではなく「どんち(圧縮)」して、参加者全員が同じ結論を言える状態にするための民間手順として説明されている。特に、話が長引くほど効果が増すと宣伝された点が特徴とされる。
語源は「方針の“ます”と、沈黙の“どんち”と、拍手の“ほー”」の頭文字を並べたものだとされるが、起源研究では異説も多い。ある記録では、群馬県の路線バス車内で流行った“即席標語”が原型だったと推定されている一方で、東京都の研修会社によって体系化された可能性も指摘されている[1]。
運用は「7手順」としてまとめられ、各手順に秒単位の目標時間が割り当てられたとされる。たとえば第3手順は、参加者が「反対理由」を言い切るまでを平均で37秒以内に収めることが推奨されたとされ、実務家の間では“妙に具体的で信じたくなる数値”が支持されたという[2]。
語の由来と名称体系[編集]
「ます」「どんち」「ほー」を分解する読み[編集]
名称は、運用書でしばしば三分割して解説された。まず「ます」は“増し”ではなく“前置きの禁止”を意味し、「どんち」は“どん底まで落とす論点の深さ”を示す比喩であるとされた。最後の「ほー」は“拍手”を連想させるが、実際の運用では「承認の声(ほー)」を参加者が一斉に出す儀式として記録されている[3]。
ただし、地方版の運用書では「ほー」を“ホールド(保持)”の略とする説明もあり、地域差が生じたとされる。この揺れが、の外にまで語が広がる要因になったと見る向きもある。
歴史[編集]
前史:結論が遅い会議への“反射的処方箋”[編集]
ますとどんちほーの前史として語られるのが、1990年代後半の運用の停滞である。特に、東京のIT関連企業では、議論が“仕様書の厚さ”に比例して延長し、月末に到達する会議が「結論ではなく添付資料の量で勝負する」状態になったとされる。
そこで導入されたのが「沈黙時間の計測」だった。ある社内資料では、沈黙が累積すると“次の誰かが話を始める確率”が上がるため、沈黙を悪として扱わない、と書かれていた。しかし、現場はそれを誤読して「沈黙した人から順に結論を割り当てる」運用へ変質したと推定される。そこから“沈黙をどんちする”という比喩が生まれた、という説明が流通した[5]。
体系化:研修会社と“砂時計コンプライアンス”[編集]
体系化の中心になったのは、(架空の社名として扱われることもあるが、少なくとも同名の登記があったとする資料が複数存在する)である。同社は、会議を観察し、終了時刻を5分以上遅らせた部署には「砂時計(3分)」を配布すると告知したとされる。
ただし実際には、砂時計は単なる小道具ではなく、手順の“区切り”を視覚化するための装置だった。第1手順から第7手順まで、砂時計の表面積に合わせた台本(A4で全7枚)が存在したとされ、参加者は手順ごとに異なる色の付箋を貼ったという[6]。この細かさが、都市部の管理職にとって“それっぽい秩序”として魅力になった。
運用の詳細(7手順)[編集]
ますとどんちほーの運用は、公式パンフレットの記述によれば7手順から構成される。第1手順では、司会が「本日の結論」を先に読み上げるが、読み上げられた結論は必ず“仮”であるとされる。第2手順では、仮結論に対する異論を一人1文に制限することで、議論を“文章量”で圧縮する。
第3手順は最も有名であるとされる。ここでは異論の理由を言う時間が「平均37秒、最大58秒」と定められた。秒数がなぜそのようになったかについては、研修会社の関係者が「暗算で割るのが好きだった」と語ったとする逸話が残るが、出典の信頼度は研究者のあいだで揺れている[2]。
第4手順では、異論が出た場合に限り「どんちカード(黒)」を提出させ、否定ではなく“論点の再配置”に変換する。第5手順では、砂時計を裏返すことで結論の確定に向かうとされ、参加者の表情変化を研修講師が採点したという記録がある。第6手順は“ほーの声合わせ”であり、第7手順で参加者が「結論を自分の口で言った」と申告することで手順が完了するとされる[7]。
社会的影響[編集]
ますとどんちほーは、会議の短縮という実利に加え、「結論を握っているのは誰か」という権力構造を見える化する技法としても受容された。導入後に会議が短くなるほど、逆に“短くまとめた側の責任”が増えるため、管理職の評価制度と結びついたとされる。
一例として、埼玉県の物流子会社では、部門会議の平均所要時間が「月曜だけ42分、他曜日だけ33分」と報告されたとされる。数値が曜日で分かれる理由は、月曜の担当者が早口で、ほかの曜日は“付箋の色を間違えるとやり直しになる”運用が徹底されたためだと説明された[8]。
また、学校の学級会にも流入したとする報告がある。特に、道徳の授業後に行われる振り返りで「結論を一斉に言う」儀式が採用され、沈黙の子どもを救うはずが、逆に“声の大きさ”で評価される空気を作ったとの指摘もあった。こうした評価軸のゆがみが、次節の批判につながったとされる。
批判と論争[編集]
批判の中心は、ますとどんちほーが“合意”ではなく“同じ言葉の反射”を目的化してしまう点にあるとされる。反対意見が短文化されるため、理由が削ぎ落とされ、後日トラブルの種だけが残るという指摘が出た。
さらに、「ほーの声合わせ」が心理的同調圧力として作用するのではないか、という議論も起きた。ある大学のゼミ報告では、声の大きさがメンタル指標に相関すると仮説化され、相関係数が「0.41」と記されたが、統計手法の妥当性は疑われたとされる[9]。とはいえ、細かい数字が書かれていたため、管理部門はしばしば“根拠がある施策”として採用したという。
また、起源に関しても論争がある。方言由来説を支持する編集者は「群馬県のバス車内標語が母体」と主張し、一方で研修会社由来説を支持する編集者は「が最初の体系版」と述べた。結局、どちらも直接の当事者証言は弱く、当時の資料が“全て印刷された体裁”で揃っていた点が、逆に疑いを呼んだとされる[1]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 松村圭介『会議短縮の民間療法と砂時計の歴史』中央労働出版, 2001.
- ^ 安藤瑞穂「沈黙時間が意思決定に与える見かけの影響」『日本経営心理学会紀要』第18巻第2号, pp.41-59, 2003.
- ^ Katherine J. Wills, “Compression Rituals in Corporate Meetings,” Vol.7, No.1, pp.12-27, The Journal of Workplace Folklore, 2007.
- ^ 鈴木一樹『付箋の色で変わる組織』新潮ビジネスレポート, 2005.
- ^ 中田和久「砂時計コンプライアンス導入事例の検討」『経営管理技術年報』第9巻第4号, pp.77-93, 2002.
- ^ 田村玲子『方言が生む“本物感”:研修言語の社会学』東雲書房, 2010.
- ^ Heather S. Park, “Voice Synchrony and Managerial Trust in Training Sessions,” Vol.33, No.3, pp.201-219, Organizational Sound Studies, 2015.
- ^ 【東京都】市民局『会議の生産性に関する資料集(平成)』東京都印刷局, 1999.
- ^ 山崎慎二「結論の到達率:ますとどんちほーに関する試験的評価」『会議科学研究』第2巻第1号, pp.5-18, 2004.
- ^ 矢島由美『企業研修の“数字”と説得力』文芸社, 2012.
- ^ Franklin O. Keene, “The Seven-Step Myth of Decision Compression,” pp.1-33, Paratext Press, 2008.
外部リンク
- ますとどんちほー学会アーカイブ
- 砂時計マネジメント資料室
- 結論加速書式の配布ページ
- 付箋色統制FAQ(非公式)
- 声合わせ儀式研究ノート