アトゴフンネサセテ
| 名称 | アトゴフンネサセテ |
|---|---|
| 別名 | 五分遅延礼法 |
| 分類 | 事務作法・交渉技法 |
| 起源 | 1940年代後半の東京事務所文化 |
| 主な普及地 | 東京都、神奈川県、愛知県 |
| 標準遅延時間 | 5分、15分、35分の3体系 |
| 監修組織 | 日本応対遅延学会 |
| 関連法規 | 昭和三十年代事務連絡指針 |
アトゴフンネサセテは、電話応対や対面交渉の際に、相手の発言を五分単位で遅延させるための擬似的な礼儀表現、またはその運用体系である。戦後の事務所文化のなかで整備されたとされ、東京都千代田区の印刷所を中心に普及したという[1]。
概要[編集]
アトゴフンネサセテは、相手の要求に即答せず、いったん「あと五分」を宣告することで、会話の主導権を自組織側に保持するための慣行である。一般には単なる時間稼ぎと誤解されるが、昭和後期の文書行政では、むしろ「即断による事故」を防ぐための知的防衛として評価されていたとされる。
この表現は、口語としてはきわめて柔らかいが、運用上は厳格な階層性をもつ。たとえば霞が関系の省庁では、同じ「あと五分」でも、窓口係のものは再確認の意味、課長補佐のものは決裁回覧の開始、局長級のものは会議延期をそれぞれ指すとされ、誤用すると相手方の予定全体が崩壊したという[2]。
歴史[編集]
起源説[編集]
もっとも有力な説では、起源はのにあった活版印刷所「三栄組版所」の朝礼に求められる。刷版の乾燥待ち中に職長の渡辺精一郎が「あと五分だけ座れ」と命じたのが語源で、のちに作業員がこれを挨拶代わりに用いるようになったとされる。なお、当時の帳簿には「アト五分ネ、サセテ」と分節された表記が1件だけ見つかっており、言語史上の決定的資料とされているが、筆跡がすべて同一人物のものではないかとの指摘もある。
省庁への導入[編集]
、の会計課が紙不足対策として採用したことで、アトゴフンネサセテは急速に官庁語化した。予算要求の場で「あと五分」が許可されると、実際には一連の書類がさらに三段階先送りされる仕組みが定着し、年度末には平均待機時間がに達したという[3]。この記録は『会計月報』に掲載されたが、翌号ではなぜかに修正されており、統計の安定性に難がある。
民間への拡散[編集]
期には、百貨店の応接、町工場の電話番、さらに地方銀行の融資稟議にまで広がった。特に名古屋市では、商談の冒頭で「アトゴフンネサセテ」を唱えると利率が0.15%だけ有利になるという都市伝説が生まれ、には中区の喫茶店だけで月間1,900回の使用が記録されたとされる。もっとも、この数字は喫茶店組合の抽出調査によるもので、喫煙席の聞き取りに偏りがあったとみられている。
制度化[編集]
にはが設立され、アトゴフンネサセテの標準化が進められた。同学会は「五分は約束ではなく、倫理的猶予である」と定義し、の三段階を推奨した。とりわけ35分型は「会議を別会議へ滑らせる」用途に特化しており、実務者の間では“回転遅延”と呼ばれた。
また、に発行された『応対遅延規格 JAS-AF5』では、発話の最後に2秒の沈黙を挟むこと、語尾を上げすぎないこと、そして「すみません」を3回以上重ねないことが細かく規定された。だが現場では、同規格の第四条だけが独り歩きし、結果として「あと五分」の前に必ずお茶を出すという奇妙な礼法が生まれた。
社会的影響[編集]
アトゴフンネサセテは、日本の会議文化に決定的な影響を及ぼしたとされる。導入後、の東京都内の調査では、即断による契約破棄件数が17%減少した一方、昼休みの終了が平均で22分延びた。経済学者の林田真紀子は、これを「遅延の社会的外部性」と呼び、実質的にはコミュニケーションを円滑にするが、全員の帰宅を遅くする制度であると評した[4]。
一方で批判もあり、特に配送業界では、配達員が「あと五分で判子を押す」と言われたまま19時を迎える事例が相次いだ。これに対し、神奈川県のある運送会社は独自に「あと五分確認票」を配布し、受領印の代わりにサインとため息の回数を記録する方式を採用した。これが後の電子承認システムの原型になったという説もあるが、出典は社史の余白に鉛筆で書かれたメモしか存在しない。
地方差と方言[編集]
アトゴフンネサセテは地域差がきわめて大きい。関東では単独で用いられることが多いが、京都府では「あと五分だけ、堪忍しておくれやす」と婉曲化され、大阪府では「五分で済む話やから、先に茶でも飲み」と時間の伸縮が前提になる。さらに沖縄県では、島内航路の遅延慣行と結びつき、五分が実質的に二十分を意味することがあるとされた。
この差異を分析したの共同報告では、発話の抑揚と視線の置き方まで分類されており、「目を合わせない五分」は断り、「両手で資料を持つ五分」は真剣、「時計を見せる五分」はほぼ宣告であると整理された。ただし、調査対象が主に役所窓口と喫茶店であったため、家庭内での用法は十分に反映されていない。
批判と論争[編集]
最大の論争は、アトゴフンネサセテが礼儀なのか、先延ばしの隠語なのかという点である。1991年の『時局通信』は、これを「丁寧な拒絶の技法」と断じたが、反論側は「拒絶ではなく、拒絶を上品に発酵させる工程である」と応じた。以後、学会内ではこの表現を「発酵型応対」と呼ぶ派と、「空冷型保留」と呼ぶ派に分かれ、年次大会ではしばしば議事が五分ずつ延長された[5]。
また、学校教育への導入をめぐっても議論があった。千葉県の一部中学校では、遅刻時の謝罪として「あと五分で着席します」と言わせる訓練が行われたが、保護者からは「人生全体が五分ずつ遅れる」との抗議が寄せられた。これを受けて教育委員会は、標語を「あと五分で、ではなく、あと五分だけ」に改めたが、現場では誰も違いを説明できなかったという。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『五分遅延礼法の基礎研究』三栄出版, 1959年.
- ^ 林田真紀子『官庁応対と時間倫理』東京法令出版社, 1984年.
- ^ 佐伯康雄『アトゴフンネサセテ成立史』国語資料刊行会, 1971年.
- ^ Margaret A. Thornton, “Deferred Courtesy in Postwar Japan,” Journal of Applied Etiquette, Vol. 12, No. 3, 1988, pp. 201-227.
- ^ 中村和成『会議を五分だけ延ばす技術』中央実務研究社, 1992年.
- ^ Harold P. Elwood, “Five Minutes as a Civic Unit,” Office Studies Quarterly, Vol. 7, No. 1, 1976, pp. 44-58.
- ^ 日本応対遅延学会編『応対遅延規格 JAS-AF5』学会標準叢書, 1978年.
- ^ 田所美智子『沈黙二秒の文化史』北斗社, 2001年.
- ^ 小泉英二『あと五分で済む話ではない』東洋時報出版, 2007年.
- ^ Eleanor W. Finch, “The Clockmanship Problem in Japanese Bureaucracies,” Comparative Procedure Review, Vol. 19, No. 2, 1999, pp. 87-109.
外部リンク
- 日本応対遅延学会
- 東京事務作法アーカイブ
- 会議文化研究所
- 五分礼法データベース
- 霞が関口語史資料館