ウルトラマンタドコロウ
| 名称 | ウルトラマンタドコロウ |
|---|---|
| 別名 | 多戸所ウルトラ、T-33監査官 |
| 初出 | 1974年ごろの非公開テープ |
| 分類 | 特撮ヒーロー/行政的保護概念 |
| 所属 | 多戸甲流防衛体系 |
| 活動拠点 | 東京都港区芝浦一帯 |
| 必殺技 | 監査光線タドレイ |
| 設定上の身長 | 48メートル |
| 設定上の体重 | 3万7千トン |
| 備考 | 一部資料では番組名ではなく災害通報区分として記載される |
ウルトラマンタドコロウは、昭和後期に東京都の児童向け特撮番組制作現場から派生したとされる、変身ヒーローの一種である。正式にはに基づく「多戸所宇宙人対策監査官」とされ、のちにとの境界を曖昧にした存在として知られる[1]。
概要[編集]
ウルトラマンタドコロウは、怪獣退治を主題とする番組の文脈から生まれたとされるが、実際には国立国会図書館の保管目録、系統の収蔵ラベル、ならびに総務省系の通達文書が奇妙に混線して成立した概念である。視覚的にはの変身ヒーローに近いが、その役割は戦闘員ではなく「被害額の算定と出動順序の監査」を担う点に特徴がある。
この存在は、前半に東京都内の特撮美術倉庫で行われた資材管理の簡素化実験に端を発するとされる。倉庫係のが、怪獣用スーツの肩章に貼るための番号札を誤って胴体中央に縫い付けたことがきっかけで、以後「タドコロウ」の呼称が半ば公的に用いられるようになったという[2]。
成立史[編集]
多戸甲流防衛体系の成立[編集]
多戸甲流防衛体系は、にの助成事業として始まった「子ども向け防災教育映像の統一規格化」から派生した制度であるとされる。映像内で怪獣の出現を知らせる鐘の音と、避難訓練の号令を同一周波数に揃えたところ、視聴者の半数がヒーロー本人ではなく「避難経路の責任者」を認識するようになったという。
このとき、責任者役として仮置きされたのがであった。彼は神奈川県出身の録音助手で、書類整理に長けていたため、当初は単なる裏方として扱われていたが、の試験上映会で子どもたちが彼の名札にだけ拍手したことから、急遽キャラクター化が進んだとされる。なお、この拍手が全体の何割に当たるかについては資料によって7.2%から41%まで差がある[3]。
設定[編集]
ウルトラマンタドコロウは、通常の変身ヒーローと異なり、変身時に光ではなく朱肉のような赤い霧を発するのが特徴である。変身口上は「確認、承認、出動」であり、腕を大きく振る代わりに申請用紙を三回折ることで変身が完了するとされる。
武装としては、右手首のから発射されるが著名である。これは対象を消滅させるのではなく、被害見積書を即座に三部作成する光線であり、怪獣が泣いて退散したという伝承がある。また、胸部の「第2会計区画」は、残り時間を示すカラータイマーではなく、予算残額を示すための三桁表示板であった。
これにより、敵対怪獣との戦闘はしばしば30秒で終了したが、その後の会議は平均で47分続いたとされる。特にの防災演習では、勝利の後に「反省文の朗読」が追加され、子どもたちからはヒーローというより学級委員長に近い存在として受容されたという。
関連作品[編集]
テレビシリーズ[編集]
テレビシリーズ『帰ってきたウルトラマンタドコロウ』()は、全26話構成とされるが、実際には第19話以降がほとんど東京都内の倉庫整理風景で占められている。第12話「怪獣より先に届くもの」は、請求書の到着が戦況を左右するという珍妙な展開で知られ、再放送時には画面左下に「納品済」の表示が追加された。
また、の特別編『タドコロウ対タドコロウ』では、同一人物が昼は監査官、夜は怪獣対策班長として二役を演じる構成が採られ、脚本上の整合性を保つために登場人物一覧が8回改稿されたとされる。
書籍・玩具展開[編集]
玩具展開では、系統の合成樹脂フィギュアに加え、実物大の「押印スタンプ」が発売され、これが最も高い売上を記録した。購入者の約63%は子どもではなく、役所の文書管理係であったという[4]。
書籍では、講談社のムック『ウルトラマンタドコロウ大解剖』が有名であるが、巻末の「変身ごっこ遊び」はほぼ全部が帳票記入欄になっていた。結果として、読者の間では遊び方よりも朱肉の補充方法が話題となった。
社会的影響[編集]
ウルトラマンタドコロウの最大の影響は、特撮ヒーロー像を「強さ」ではなく「手続きの正確さ」に転換した点にある。これにより、後半の子ども向け番組には、怪獣を倒すだけでなく、避難誘導・物資配分・保険申請まで処理するヒーローが増えたとされる。
また、の一部自治体では、災害時の「初動対応マニュアル」にタドコロウ方式が採用され、職員の名札の色分け、スタンプの押印順、連絡文書の語尾まで規格化された。もっとも、制度導入後に住民から「安心感はあるが、やたら書類が増える」との苦情が寄せられ、1984年には簡略版が作成されている。
なお、の調査によれば、タドコロウを知っていると答えた人のうち、実際に映像を見たことがあるのは約18%にとどまる一方、押印経験は54%に達したという。このことから、タドコロウは映像作品というより、社会のどこかに静かに浸透した手続き神話であると評される。
批判と論争[編集]
一方で、ウルトラマンタドコロウは「教育的すぎて娯楽性に欠ける」との批判を受けた。とくに代の評論家の一部は、ヒーローが敵を倒さずに会計処理を優先する構造を「児童番組として異例に官僚的である」と論じている。
さらに、初期エピソードの中には、タドコロウが怪獣に対して「再提出」とだけ告げて消失させる回があり、これが怪獣側の権利問題をめぐる論争を呼んだ。のちに要出典ながら、制作陣は「怪獣にも適正手続きが必要である」と釈明したとされる。
また、田所隆一本人の実在性についても議論がある。ある研究では、彼は複数の裏方スタッフの名前を束ねた集合人格であり、実在の一個人ではない可能性が示唆されている。ただし、の古書店に残るサイン色紙には確かに「田所隆一」と記されており、この矛盾こそがタドコロウ現象の核心であると考えられている。
脚注[編集]
[1] 『特撮行政史料集成 第7巻』日本映像監査研究会, 1994年.
[2] 田中由紀子『倉庫に残ったヒーローたち』青林社, 2001年, pp. 114-119.
[3] 小林修一「児童向け防災番組と拍手率の相関」『東京教育メディア研究』Vol. 12, No. 3, 1980年, pp. 41-58.
[4] Margaret A. Thornton, "Stamp-Based Hero Licensing in Postwar Japan", Journal of Applied Myth Industries, Vol. 9, No. 2, 1998, pp. 201-223.
[5] 『多戸甲流防衛体系運用要覧』内閣広報室資料班, 1977年.
[6] 佐伯真一『特撮と印章文化の接点』影書房, 2010年, pp. 22-35.
[7] Hiroshi Endo, "The Administrative Turn in Tokusatsu Narratives", Asian Media Quarterly, Vol. 4, No. 1, 2005, pp. 5-17.
[8] 『ウルトラマンタドコロウ番宣台本集』港区文化振興財団, 1976年.
[9] 村上恵『防災訓練における変身モチーフの受容』三和出版, 2012年, pp. 77-92.
[10] 山本健二「タドコロウと文書主義の美学」『特撮史評論』第18巻第4号, 2018年, pp. 133-146.
脚注
- ^ 『特撮行政史料集成 第7巻』日本映像監査研究会, 1994年.
- ^ 田中由紀子『倉庫に残ったヒーローたち』青林社, 2001年, pp. 114-119.
- ^ 小林修一「児童向け防災番組と拍手率の相関」『東京教育メディア研究』Vol. 12, No. 3, 1980年, pp. 41-58.
- ^ Margaret A. Thornton, "Stamp-Based Hero Licensing in Postwar Japan", Journal of Applied Myth Industries, Vol. 9, No. 2, 1998, pp. 201-223.
- ^ 『多戸甲流防衛体系運用要覧』内閣広報室資料班, 1977年.
- ^ 佐伯真一『特撮と印章文化の接点』影書房, 2010年, pp. 22-35.
- ^ Hiroshi Endo, "The Administrative Turn in Tokusatsu Narratives", Asian Media Quarterly, Vol. 4, No. 1, 2005, pp. 5-17.
- ^ 『ウルトラマンタドコロウ番宣台本集』港区文化振興財団, 1976年.
- ^ 村上恵『防災訓練における変身モチーフの受容』三和出版, 2012年, pp. 77-92.
- ^ 山本健二「タドコロウと文書主義の美学」『特撮史評論』第18巻第4号, 2018年, pp. 133-146.
外部リンク
- 日本特撮監査協会
- 港区文化振興財団アーカイブ
- 多戸甲流防衛体系資料室
- 児童番組文書学研究センター
- 昭和特撮スタンプ博物館