カーサーたくま
| 名称 | カーサーたくま |
|---|---|
| 別名 | Kaser Takuma法、たくま気密読み |
| 起源 | 1968年ごろの大阪市港区 |
| 考案者 | 片岡卓真、ほか数名とされる |
| 主な用途 | 木造住宅の漏気検査、倉庫の湿気判定 |
| 特徴 | 耳栓を用いずに現場音だけで隙間を推定する |
| 普及期 | 1974年 - 1987年 |
| 関連組織 | 日本気密技能協会、近畿建築環境研究会 |
カーサーたくまは、昭和後期に大阪府で生まれたとされる、手動式の気密測定技法およびそれを用いる職能者を指す語である。建築現場の「気配を読む」技能として知られ、のちにの前身機関で半公的な標準名として扱われたとされる[1]。
概要[編集]
カーサーたくまは、建築現場において壁体内部のわずかな漏気や湿気の偏りを、測定器ではなく音・匂い・作業者の手触りによって判定する技能体系であるとされる。名称は、初期の実践者であったの名と、現場で使われた合図語「カーサー」を組み合わせたものと伝えられている。
この方法は、の中小工務店を中心に広がり、のちに京都大学の建築環境系研究室や、大阪府内の職業訓練校でも補助的に扱われたとされる。もっとも、当時の記録は断片的であり、地域の口承と業界紙の紹介記事が混在しているため、成立事情にはいくつかの異説がある[2]。
成立の経緯[編集]
最も有力とされる説では、カーサーたくまはの夏、近くの倉庫改修工事で生まれた。高湿度の影響で断熱材が頻繁に結露し、当時の簡易測定器では誤差が大きかったため、現場監督の片岡卓真が、壁を軽く叩く音の返りと、木材の冷え方の差から漏気箇所を推定したのが始まりである。
片岡は、元々で旋盤を学んだ人物で、数値よりも反響の遅れに敏感だったとされる。彼の班では、測定値が「3.2」や「4.8」ではなく、「北面の戸袋で息が一拍ぶん逃げる」などと記録され、これが後年、職人気質の象徴として語られることになった。なお、同班の女子事務員が記したメモ帳に「カーサー」とだけ書かれていたことが名称定着のきっかけとされるが、この点は要出典とする編集者も多い[3]。
にはが、同法を「視覚に頼らない現場環境判定」として試験的に採用した。測定に要する時間は平均17分で、一般的な差圧計を用いた検査より約6分短かったとされるが、再現性は作業者の経験年数に強く依存したため、後年まで賛否が分かれた。
技法[編集]
基本手順[編集]
標準的なカーサーたくまは、まずで封じた試験窓の前に立ち、右手の指先で枠をなぞりながら、左耳を室内側に傾ける。次に、床下換気口付近で息を短く2回吐き、反射音の「戻りの濁り」を確認する。このとき、訓練された作業者は隙間の位置だけでなく、断熱材の含水率までおおむね推定できるとされた。
熟練者は材の乾燥音との鳴りを区別し、窓枠のわずかな反りを「0.7ミリのズレ」と口頭で言い当てることがあった。もっとも、同じ判定を3人以上で行うと意見が割れることが多く、会議ではしばしば「音の角度」が議論の中心になった。
用具[編集]
専用器具はほとんど存在しないが、1981年以降は製の小型定規、白い軍手、そして底の薄い布靴が「三種の標準具」として流通した。定規は数値を測るためではなく、壁面の振動を指で拾うための共鳴板として使われたとされる。
一部の工務店では、の非公式協力により、アルミ製の耳当てと豆電球を組み合わせた改良型も試作されたが、現場で目立ちすぎるとして定着しなかった。現場写真では、作業者のポケットから鉛筆が5本出ていることが多く、これは記録用というより、風の向きを瞬時に見るための簡易風車代わりであったという。
判定基準[編集]
カーサーたくまでは、漏気の程度をAからDの4段階ではなく、「一拍」「半拍」「息継ぎ」「無音」の4分類で表すのが通例であった。たとえば、北向きの引き違い窓で「息継ぎ」と判定された場合、実際には室内側のカーテンレール付近に細かな隙間があり、そこから冬季に冷気が落ちるとされた。
この分類法は簡潔であったが、工事報告書にそのまま転記すると意味が不明瞭であるため、1984年以降は「音響換算係数0.84」を併記する運用が広まった。係数の出典については研究会内部資料のみが残っており、第三者による確認は十分ではない。
普及と制度化[編集]
後半、カーサーたくまは木造住宅ブームと省エネルギー意識の高まりを背景に、関西圏の建設業者の間で急速に知られるようになった。とくに神戸市と堺市の工務店では、現場監督が検査後に「今日はカーサーが通る」と言うだけで気密補修班が呼ばれるほどであった。
にはが「準標準手法」として12ページの手引きを発行し、受講者は2日間で36の音見本を聞き分ける訓練を受けた。合格率は初年度で41.3%にとどまり、特に関東圏の受講者は「耳ではなく想像力を試される」と評したという。なお、当時の受講者名簿には横浜市の大工、名古屋市の設計士、そしてなぜか徳島県の港湾技術員が含まれていた。
社会的影響[編集]
カーサーたくまの流行は、単なる現場技術にとどまらず、住宅の「住み心地」を数値だけでなく身体感覚で語る文化を促したとされる。これにより、施主が完成見学会で壁を叩いて感想を述べる慣習や、冬場に玄関先で「空気の抜け具合」を言い合う地方誌の投書欄が増えた。
また、の広報部が1980年代半ばに実施した省エネ啓発キャンペーンでは、「測る前に、感じよう」という標語が用いられ、結果として建築系専門学校の志願者が前年より8.7%増えたとする社内報が残る。もっとも、これはカーサーたくま人気によるものか、当時の景気回復によるものかは判然としない。
批判と論争[編集]
一方で、カーサーたくまは再現性の低さから批判も受けた。特にの年次大会では、「優れた職人芸であることと、標準化可能であることは同義ではない」との指摘がなされ、会場では賛否が真っ二つに割れたという。
さらに、ある編集者が『建築技術季刊』に掲載された図版をもとに、カーサーたくまの「創始者」を3人に増やしてしまったため、後年の年表がやや複雑になった。これに対しは、創始者は個人ではなく「現場文化」であるとして火消しを図ったが、逆に「文化にしては署名がやけに多い」と揶揄された。
後世への影響[編集]
以降、レーザー測定器と赤外線カメラの普及により、カーサーたくまは実務の中心から外れた。しかし、職業訓練や建築史の授業では、機械化以前の現場判断を象徴する事例としてたびたび紹介され、いまなお講義では必ずといってよいほど「音を聞くには沈黙が要る」と引用される。
京都市の一部工務店では、若手研修の初日にあえて機器を使わず、壁を見て、触って、黙って立つ「カーサー試験」が行われているという。合否は採点表ではなく、ベテランが昼休みに食べるうどんの量で概ね決まるとされるが、この点は公式には確認されていない。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 片岡卓真『現場音と漏気判定の実践』近畿建築出版, 1974.
- ^ 森下久美子「カーサーたくま法の音響特性」『建築環境研究』Vol. 12, No. 3, 1978, pp. 44-61.
- ^ 渡辺精一郎『木造住宅における気密の民俗学』大阪工業大学出版会, 1981.
- ^ A. Thornton, “Auditory Sealing Methods in Postwar Japan,” Journal of Regional Building Studies, Vol. 8, No. 2, 1983, pp. 101-129.
- ^ 近畿建築環境研究会編『カーサーたくま手引書 第2版』研究会資料, 1984.
- ^ 中井宏『息を読む職人たち』中央建築新書, 1986.
- ^ K. Yamashita, “The Takuma Coefficient and Its Misuse,” Proceedings of the Osaka Airflow Symposium, Vol. 4, No. 1, 1987, pp. 9-27.
- ^ 佐伯春男「『音の角度』概念の形成」『建築技術季刊』第17巻第4号, 1988, pp. 8-19.
- ^ M. R. Holloway, “From Tap to Trust: Folk Standards in Air Leak Testing,” International Review of Construction Folklore, Vol. 2, No. 4, 1990, pp. 210-233.
- ^ 片岡卓真・山岡信子『カーサーたくまの現代的再評価』新潮建築選書, 1993.
- ^ 大阪府立産業技術総合研究所『簡易共鳴具試作報告書』内部資料, 1985.
外部リンク
- 日本気密技能協会アーカイブ
- 近畿建築環境研究会デジタル資料室
- 大阪建築口承史データベース
- 現場音響研究フォーラム
- 建築民俗学ライブラリ