チェッカー鳥居
| 名称 | チェッカー鳥居 |
|---|---|
| 別名 | 格子鳥居、盤鳥居 |
| 分類 | 神社意匠、都市装飾、祭礼設備 |
| 起源 | 1987年頃の東京湾岸景観実験 |
| 主な用途 | 参道装飾、催事導線、広告掲出 |
| 意匠 | 黒白格子、反射塗料、可変式横木 |
| 普及地域 | 関東地方、近畿地方の一部 |
| 代表例 | 潮見チェッカー鳥居、白浜可変鳥居 |
チェッカー鳥居(チェッカーとりい、英: Checker Torii)は、の鳥居にの意匠を施した門型構造物、またはそれを模した都市景観装置である。昭和末期に東京都の景観実験から広まり、現在は祭礼用の簡易鳥居や広告媒体としても知られている[1]。
概要[編集]
チェッカー鳥居は、の柱や笠木に状の模様を配した構造物である。伝統的な神社建築の一部とみなされることもあるが、実際には昭和後期に進められたとの折衷から生まれたとされる[2]。
本来は参道の視認性を高め、夜間の反射を制御するための実験装置であったが、のちに「格子は境界を示すが、対立を生まない」とする都市政策の象徴として拡張された。なお、初期の設計者は格子の白黒比率を「7:5」としていたが、地元の氏子会が「目が疲れる」として修正を求めた記録が残る[3]。
今日では、の正式分類ではなく「準礼拝施設付属意匠」として扱われる場合が多い。ただし、神奈川県や千葉県の一部では、観光案内板において通常の鳥居と同列に扱われることがあり、学術的にはいまだ議論の余地があるとされる。
歴史[編集]
起源と試作[編集]
起源は、東京都の江東区臨海部で行われた「夜間参道照度改善計画」に求められる。設計主任であった渡辺精一郎は、港湾倉庫の誘導標識に用いられる高視認性パターンを参道へ応用できると考え、白黒格子を製の鳥居に貼付した試作1号を制作した[4]。
この試作は、満潮時に海霧が発生すると格子が浮かび上がって見えることから高く評価された一方、カラスが柱の上部に集まりやすいという予想外の副作用を生んだ。地元では「鳥より目立つ鳥居」と呼ばれ、新聞の地方欄で小さく紹介されたのが普及の端緒である。
制度化と普及[編集]
1992年には、系の有識者会議が「伝統意匠の更新による参道事故防止」を検討し、チェッカー鳥居を仮採用した。このとき大阪府の祭礼業者がアルミ合金製の組立式モデルを提案し、1基あたりの設営時間が従来の4時間12分から38分に短縮されたとされる[5]。
普及の決定打となったのは、の名古屋市における「可視化参道キャンペーン」である。雨天時でも模様が消えにくい特殊塗料が採用され、参拝者の流れが一方通行化されたことで、初詣の滞留人数が推計1.8倍に増えたという。もっとも、この数値は広告代理店による試算であり、要出典とする研究者もいる。
海外展開と再解釈[編集]
以降は、ロンドンやの日本文化施設に輸出され、現地では「Japanease Check Gate」などと表記された例もある[6]。特にでは、鳥居を宗教建築ではなく都市アイコンとして解釈する傾向が強く、チェッカー鳥居はイベント会場の入場門やマラソン大会のスタートゲートに転用された。
一方で、の旧家では「黒白は昼夜の和合を示す」とする民俗解釈が付与され、単なるデザインではなく結界装置として語られるようになった。この再解釈が、のちの「盤面神道」運動へ接続したとする説もあるが、こちらは少数説である。
構造と意匠[編集]
チェッカー鳥居は通常、2本の主柱、貫、笠木、島木から構成されるが、最大の特徴は柱脚から笠木にかけて規則的な格子塗装が施される点にある。初期型では角の白黒ブロックが用いられたが、1998年以降は遠景での識別を優先して角へ拡大された[7]。
また、祭礼用モデルには可動式の「返し羽根」が付属することがあり、強風時に笠木の角度をだけ自動補正する。これは横浜市の沿岸施設で発明されたとされるが、実際には看板用機構の流用であったという指摘がある。なお、格子の色が黒白ではなく藍白で塗られた「寒色型」は、北海道の寒冷地仕様としてのみ認められている。
細部では、注連縄を格子模様に合わせて編み込む「チェッカー注連縄」がしばしば併用される。これを採用した神社では、参拝者が写真撮影に時間をかけるため、賽銭額が平均で増加したとする調査があるが、調査主体が祭具販売会社であったため、評価は分かれている。
社会的影響[編集]
チェッカー鳥居の普及は、神社の景観を単なる伝統保存の対象から、都市ブランディングの媒体へと変化させたとされる。特には、通常の鳥居より写真映えが高いとして、代には一部地域で「赤い鳥居よりも格子鳥居の方がSNS流入を呼ぶ」と報告した[8]。
また、学校教育の分野では、図形認識と宗教史を横断的に学ぶ教材として使われた例がある。千葉県のある中学校では、チェッカー鳥居のミニチュアを用いた授業後に、数学の面積問題の正答率が上昇したと記録されている。ただし、この上昇は単に授業が珍しかったためではないかともいわれる。
一方で、保守的な氏子からは「神域をチェス盤に見立てるのは不敬である」との批判もあった。これに対し設計側は「盤面ではなく境界である」と反論し、京都市の会合では3時間にわたる議論の末、最終的に「格子は遊戯ではなく秩序」との文言が要綱に採択された。
批判と論争[編集]
最大の論争は、に兵庫県で発生した「逆チェッカー事件」である。施工業者が塗装工程を誤り、白黒が反転した鳥居を納品したところ、近隣住民の一部が「日没時に吸い込まれるようで落ち着かない」と苦情を申し立てた[9]。
これを受け、は反転色の採用条件を厳格化したが、同時に「反転型は悪運を返す」という新たな俗信が生まれた。以後、受験シーズンに限って反転型を訪れる若者が増え、合格祈願の絵馬が通常の1.3倍売れたという。
また、には海外の建築雑誌がチェッカー鳥居を「ポスト宗教的モニュメント」と評したことから、国内では「外来の記号化が伝統を空洞化する」とする論争が起きた。もっとも、関係者の多くは「空洞化していない。むしろ格子がある」と応じたと伝えられる。
代表的なチェッカー鳥居[編集]
は、江東区の運河沿いに建つ代表例である。海風で塩が吹き付けるため、半年ごとに白地部分だけを再塗装する必要があり、地元では「手間のかかる鳥居」として知られる。
は、の海岸部に設置されたモデルで、潮位に応じて脚部の高さが3段階に変わる。観光パンフレットでは「満潮時に最も美しい」とされるが、実際には清掃員が最も困る構造である。
は、神社ではなく公園入口に置かれた亜種で、花見客の動線整理を目的とした。夜間にライトアップされると、格子模様が遠くから将棋盤のように見えるため、周辺の露店では「縁起の良い門」として焼きそばの売上が伸びるという。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『参道照度と格子意匠の実験的検討』日本景観工学会誌 Vol.12, No.3, pp.41-58, 1988.
- ^ 小川倫子『鳥居における視認性補助装置の民俗学的研究』民俗建築研究 第7巻第2号, pp.113-129, 1991.
- ^ Harold T. Fenwick, “Checker Patterns in Sacred Gates of East Asia,” Journal of Ritual Architecture, Vol.4, No.1, pp.9-27, 1995.
- ^ 松田圭介『格子塗装鳥居の維持管理に関する報告』日本神社施設学会年報 第15巻, pp.77-90, 1997.
- ^ Aiko Senda, “Urban Branding and the Post-Religious Gate,” Proceedings of the Pacific Design Forum, Vol.9, pp.201-219, 2001.
- ^ 中村晴彦『可変式門型構造物の安全基準とその周辺』建築保全ジャーナル 第21巻第4号, pp.55-68, 2006.
- ^ 『チェッカー鳥居導入地区における観光流入変動調査』全国観光統計年報, 2011年版, pp.302-309.
- ^ James R. Calloway, “When the Gate Looks Like a Board Game,” International Review of Folkloric Design, Vol.18, No.2, pp.88-101, 2014.
- ^ 佐伯みどり『逆チェッカー現象と合格祈願の社会心理』宗教文化研究 第28巻第1号, pp.3-19, 2016.
- ^ 橋本理恵『盤面神道序説――格子が生む境界の倫理』京都宗教学叢書 第3巻, pp.1-44, 2019.
- ^ 北川康夫『チェッカー鳥居の塗膜剥離と海塩粒子の関係』港湾意匠工学レビュー 第6巻第2号, pp.66-73, 2022.
外部リンク
- 日本チェッカー鳥居研究会
- 都市景観と祭礼意匠アーカイブ
- 格子門型構造物保存協会
- 潮見チェッカー鳥居保存会
- 参道意匠データベース