ボカロp
| 定義 | 音声合成ソフトを用い、楽曲制作工程の複数領域を担う個人または制作チームの呼称 |
|---|---|
| 主な領域 | 作詞作曲、打ち込み、音響調整、動画制作の統合 |
| 出自の文脈 | 同人音楽からオンライン共有へ移行する過程 |
| 典型的な活動形態 | 投稿サイトへの楽曲公開、コミュニティ参加、イベントでの楽曲再編集 |
| 関連する慣習 | P表記(Person/Producer/Programmerの解釈が併存) |
| 主な議論点 | 名義の扱い、クレジット文化、学習データと創作性の境界 |
ボカロp(ぼかろぴー)は、音声合成と作曲文化の接点に現れた、楽曲制作の役割名である。特にボーカロイド系の楽曲において「作者としてクレジットされる人」を指す用法が広く知られている[1]。
概要[編集]
ボカロpは、「ボーカロイド楽曲の作者」をめぐるオンライン文化の中で整理された役割名である。とくに楽曲公開の場では、投稿者本人の名義に加えて「どの工程を主に担ったか」が暗黙に共有されることがあり、その代表的な呼称として定着したとされる[2]。
歴史的には、作曲を個人の才能の問題として語る風潮から、編集作業や音響設計を含めた“制作の総体”として語る方向へと移ったことで、役割名が必要とされたと説明される。なお、この呼称には複数の語源説が並立しているとされ、なかでも「P」を(プロデューサー)と解釈する流儀が有力である[3]。
一方で、実務上は「作者」以外にも、ボーカル調整や音場設計を徹底して担う人を含む運用が見られたとされる。このためボカロpは、音楽家というより“制作工程の統合者”という意味合いで語られることがある。最終的にはコミュニティの自己認識を支えるラベルとなり、社会的影響としては、個人の創作がプラットフォームに可視化される速度を早めたと指摘されている[4]。
歴史[編集]
起源:2003年の「音声整形研究会」[編集]
ボカロpの前史は、に東京都千代田区で開かれたとされる「音声整形研究会」に求められることが多い。会の議事録では、音声合成の出力をそのまま“鳴らす”のではなく、“歌わせる”工程に人間側の設計が必要であるという結論が繰り返し述べられたとされる[5]。
同研究会の報告書では、制作工程が少なくとも17の作業単位に分割されうることが示されたとされ、さらに「クレジット欄を1行で収めるなら、担い手の呼称が必要になる」という議論が記録されている。そこで提案されたのが「P」を末尾につける命名規則で、提案者の一人として渡辺精一郎が名前を挙げられている[6]。
このときの“P”はのPとして説明されたが、発表後に交流が広がるとのPとして読み替えられる流れが生じたとされる。結果として、当初の技術者中心の文脈は、作曲者・編集者・動画制作者へと拡張され、のちのボカロpというラベルの土台になったとされる。
普及:2007年の「P表記統一キャンペーン」[編集]
2007年には、投稿文化の混乱を抑える目的で「P表記統一キャンペーン」が行われたとされる。事務局は神奈川県横浜市のインターネット放送局を拠点に置き、「名義は同一でも工程の責任範囲は読み手に伝わらない」という問題意識が掲げられた[7]。
キャンペーンの内部資料では、楽曲データの“編集量”が一定以上になると、投稿者の自己申告だけでは制作の実体が伝わりにくくなると分析されている。具体的には、合成音のピッチ補正に費やした時間が年間平均でを超える投稿者は、クレジット欄に工程の手触りを残す傾向が強い、と統計的にまとめられたとされる[8]。
この指標は、のちにコミュニティで「Pの厚み」と呼ばれ、厚みの高い制作ほどボカロpとして名乗ることが“礼儀”とされる風土を作ったとされる。なお、ある地域版の規約には「P表記は頭文字のみでよいが、投稿フォームでは2文字のままでは誤読されるため、末尾は必ず半角小文字pに統一」との条項があったと報告されている[9]。
転換:2012年の「音響責任ガイドライン」[編集]
2012年には、楽曲が大量に転載されるようになり、音響責任の所在をめぐる議論が表面化したとされる。特にの関連委員会が、ボーカル調整の度合いが大きい場合、制作側の判断が著作権的にも影響しうるとの見解をまとめたとされる[10]。
この流れはボカロpの自己像を変えたと説明される。従来は“作品を出す人”が強調されていたが、以後は“どう作ったかを説明できる人”が評価されやすくなったとされる。結果として、ボーカルの編集履歴や音場処理のパラメータを、曲名説明文に要約して載せる慣習が増えたとされる[11]。
ただし、ガイドラインは一枚岩ではなく、現場では「説明しすぎは商業独占につながる」という反発もあった。そこで妥協案として「説明文は長さ200字まで」という暗黙ルールが採用され、さらにその達成度が投稿者の“P格”として語られるようになったとされる[12]。
社会的影響[編集]
ボカロpという呼称は、単なる肩書きにとどまらず、創作の可視化を加速したとされる。従来は「作った人」が一括りで語られがちだったが、この文化圏では“音声の設計”と“音楽の設計”が分離されて理解されるようになったため、観客も制作工程を読む側へ回ったと説明される[13]。
また、学習とスキルの語り方が変わった点も指摘されている。たとえばボカロpのコミュニティでは、作品の上達を「1曲あたりの成功率」「破綻率」「リテイク回数」のような指標で語る習慣が広がったとされる。あるまとめ記事では、平均リテイクがを超えると“歌が立つ”確率が上がると推定され、さらに破綻率を未満にするとサビの説得力が向上すると書かれていたとされる[14]。
さらに、動画共有の普及と同期して、ボカロpは“音と映像の同期設計者”へと位置づけが拡張された。東京都内の制作会社では、ボーカル調整と動画編集を一体として外注するケースが増えたとされるが、同時に「外注された場合でもPは誰か」という問いが生まれ、結果としてクレジット文化が細分化された[15]。この細分化が、クリエイター間の連携と競争の両方を促したと評価される一方で、単純な応援が難しくなる局面も生まれたとされる。
批判と論争[編集]
ボカロpをめぐっては、名義の扱いと責任範囲が繰り返し議論されてきた。とくに「Pを名乗る条件は何か」という点で、制作工程のどこまでを“自分がやった”と言えるのかが争点になったとされる。ある監修者は、クレジット欄の“工程指標”が明確でない限り、名乗りは“ブランド”として機能しうると批判している[16]。
また、音声合成の学習データや既存モデルの扱いと絡み、「作品性は何によって成立するのか」という論争も生じたとされる。ある論文では、ピッチ補正パラメータの変更量が一定値以上に達すると、創作性の所在が制作側に移ると“数学的に”主張されたが、同時に「移すのは人の解釈であって、定量値ではない」との反論も掲載された[17]。
さらに、コミュニティ内では“P格”競争が過熱し、説明文が長くなるほど評価される風潮が生まれたとされる。これに対し、短文での説明こそがセンスだとする勢力も現れた。なお、議論を象徴する事件として、大阪府大阪市の小規模ライブで「P表記を名刺に印字した人は入場不可」とする一時的な運用が試みられ、結局警察庁の広報担当が“誤解を招く”とコメントした、という逸話が残っている[18]。真偽はともかく、呼称が社会ルール化していく過程を示す例として引用されることがある。
脚注[編集]
脚注
- ^ 山田理紗『ボーカロイド文化圏のクレジット体系』同人叢書, 2010.
- ^ 佐伯真琴『P表記と作者の境界——オンライン音楽における工程可視化』音楽情報学研究会, 2013.
- ^ 【英語文献】Margaret A. Thornton『Attribution in Synth-Vocal Communities』Journal of Digital Musicology, Vol.12 No.3, pp.44-61, 2014.
- ^ 渡辺精一郎『音声整形研究会報告(暫定版)』音声整形研究会, 2003.
- ^ 小林涼介『P表記統一キャンペーンの内部資料から見る制作責任』映像音響協会, 第2巻第1号, pp.15-29, 2008.
- ^ 藤堂ユウ『“P格”の統計——リテイク回数と聴感の関係』日本音響学会誌, Vol.58 No.7, pp.201-219, 2012.
- ^ Akira Nakatani『Guidelines and Misunderstandings in Vocal Editing』Proceedings of the International Workshop on Creative Attribution, pp.88-95, 2015.
- ^ 【微妙におかしい】渡辺精一郎『音声整形研究会報告(完全版)』朝日出版, 1999.
- ^ 鈴木圭吾『音響責任ガイドラインの政治性』放送文化研究, 第9巻第4号, pp.73-102, 2016.
- ^ Katherine Morrell『Credit as Performance: The Producer Identity Online』International Review of Media Arts, Vol.7 No.2, pp.10-33, 2018.
外部リンク
- ボーカロイド文化アーカイブ
- P表記運用メモ集
- 音響責任ガイドラインまとめ
- リテイク統計の部屋
- クレジット可視化アトラス