モッペラジョヌベベ
| 別名 | モッペラ/ジョヌベベの輪唱 |
|---|---|
| 分野 | 儀礼音響学・即興詩 |
| 成立期(推定) | 19世紀末〜20世紀初頭 |
| 主要地域 | 沿岸部と内陸交易路 |
| 実践形態 | 輪唱+短い呼吸句 |
| 象徴対象 | 家系の「声の継承」 |
| 関連語 | 呼吸句(ブレス・フレーズ) |
モッペラジョヌベベ(Moppera Jonu Bebe)は、起源とされる「口で音を編む」発声慣習である。一般にはや即興詩の周縁知として知られている[1]。
概要[編集]
モッペラジョヌベベは、複数人が一定の呼吸周期で短い音節を受け渡し、聞き手の注意を「意味」ではなく「配置」に誘導する発声体系であると説明されることが多い。とくに、最後の音を曖昧に伸ばすことで、次の参加者が勝手に“正解らしさ”を作ってしまう点が特徴とされている[1]。
成立の経緯は諸説あるが、交易都市の広場で行われたとされる「沈黙の競り合い」が原型だという系統が有力である[2]。当事者たちは内容を固定せず、代わりに“数えてしまうリズム”だけを共有したとされ、そこで生まれた合図が“ジョヌベベ”と呼ばれたとする説明がある。
なお、学術的にはの文脈で扱われることが多く、音の高さよりも声の「滞留時間」を測る指標が導入されたことで、研究対象として定着したとされる[3]。一方で、民間では歌というより「声の道具」として扱われ、儀礼の作法書に相当する口承が存在するとも言われる。
概要(選定基準と記録のされ方)[編集]
本項でいうモッペラジョヌベベは、少なくとも次の条件を満たすものとして扱われることが多い。第一に、単独で完結せず、参加者の交代によって“聴こえ方”が更新される形式であること。第二に、音節が一定の“呼吸句”に従い、語尾の長さが儀礼上の意味を帯びること。第三に、記録は楽譜ではなく、口承の手順(誰がいつ吸うか)として残されることがある点である[4]。
記録方法には二系統があるとされる。一つは近郊の共同作業場で採用された「二拍子遅延版」で、録音を一度“遅らせて”から再生し、参加者に聞き比べさせることで差分を記録する方式である[5]。もう一つは、遠方の親族に向けた「呼吸カレンダー版」で、日付を音節の伸ばしで対応づけるという、現代から見るとかなり奇妙な実装が報告されている。
歴史[編集]
起源:沈黙の競りと“声の領収書”[編集]
モッペラジョヌベベの起源として、最初期の記録に現れるのは「沈黙の競り」であるとされる。これは交易都市の広場で、誰も値段を口にせず、代わりに“購買者の呼吸が揃った瞬間”だけ品物が開かれる儀礼だった、と説明される[6]。
伝承によれば、品物を見せない代わりに、呼吸周期を揃えさせる係がいて、その合図が「ジョヌベベ」と呼ばれたという。特に、合図係は声帯ではなく“喉仏の角度”を変えることで音色を固定しようとしたが、失敗し、結果として“少しずれているのに一体感だけ生まれる”状態が広場で珍重された、という逸話がある[7]。
さらに、この広場には“声の領収書”があるという。紙ではなく、参加者の記憶にだけ残る順序表で、最終音節の伸ばしを「13拍」「17拍」などの数字に対応させたとされる。ここで、数字が一般化しすぎたせいで、次第に正確さを争う余興が増え、競りは儀礼から遊技へと変質した、と推定される[8]。
発展:研究機関と“遅延再生”の普及[編集]
19世紀末、交易路の改革に伴い、民間の口承が文字に近づけられた。とくにフランス系の教育機関が「話者の身体動作」を観察項目として採用したことが、形式の固定化を後押ししたと考えられている[9]。
その過程で、の工房に「音響遅延試験室」が設けられたとする記述がある。室長としてなる人物名が挙げられるが、その経歴は当時の新聞の断片に依拠し、詳細は確認できないとされる[10]。ただし、遅延再生により参加者が“ずれているはずの音”を自分で正すようになる、という現象が報告され、その結果、の研究手順に組み込まれたと説明される。
一方で、普及は順調ではなかった。特定の伸ばし方(例:語尾を「0.8秒」ではなく「0.81秒」に揃える)を厳密に守ろうとする流派が現れ、音響指導が“技能”から“規律”に変わる事件も起きたとされる[11]。なお、この0.81秒という値は、測定器の記録紙が見つかったという伝聞に基づくが、当時の測定器の誤差が大きかった可能性も指摘されている。
国外流入:儀礼から“声の設計”へ[編集]
1920年代に入り、港湾都市を経由して日本へ“口承の発声技法”として紹介されたとされる。最初の紹介者として東京市文化局の嘱託であったと説明されるの名前が文献で確認されるが、一次資料は教育局の廃棄目録にしか残っていないとされる[12]。
日本側での受容は、儀礼の再現よりも「声の設計」として寄せられた。たとえばNHKの前身に近い放送研究会で、音節の受け渡しを使ったスタジオ・リハーサルが試験されたという。伝えられるところでは、同研究会は「三者同時録音」よりも「二者交代録音」の方が失敗率が低いと結論し、その理由として“モッペラジョヌベベ”が持つ「聞き手の予測補正」を挙げたとされる[13]。
ただし、国外で一般化するにつれて、共同体の儀礼上の意味が薄れ、音の手順だけが“技術”として残った。結果として、元の共同体では「声の道具」を返すべき相手が誰か、という議論が再燃したとされる。
批判と論争[編集]
モッペラジョヌベベは、学術的には身体性と予測補正の研究素材として評価される一方、単純な再現可能性へ落とし込もうとする試みが批判されてきた。とくに、伸ばし時間を数値化し、再現性を売りにする指導書が流通した際、「呼吸が揃うこと」と「意味が揃うこと」を混同している、という指摘が出たとされる[14]。
また、海外紹介の過程で“起源がある特定の部族の儀礼だ”という物語が強化された点も論点である。研究者の間では、広場の沈黙競りという起源が複数都市にまたがる可能性が示唆される一方で、あえて単一起源として語る方が宣伝効果が高いという問題が、学会の内部資料で言及されたと報告されている[15]。
さらに、いわゆる「声の領収書」を持たない参加者が“正しい手順”を守れない場合、儀礼上の罰として沈黙を強いられるのではないか、という倫理面の懸念も出た。もっとも、その罰が実在したかは不明とされるが、罰の説明だけはやけに細かい数字で残っている。たとえば「三回目の誤りで参加者は7分間、喉を鳴らすことだけ許される」といった記述がある[16]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ Mamadou Sarr「沈黙の競り合いと呼吸周期」『Journal of Ritual Acoustics』Vol.12第3号, 1931, pp.44-67.
- ^ Claire Delattre「遅延再生がもたらす自己補正」『Revue d’Audio-Anthropologie』Vol.5第1号, 1948, pp.12-29.
- ^ 佐々木 朋之助「口承発声手順の放送的再構成」『東京市文化局報告』第18号, 1933, pp.201-228.
- ^ Jean-Baptiste Lenoir「喉仏角度による音色固定の試行」『Annales de Laboratoire Sonore』Vol.2第7号, 1926, pp.9-31.
- ^ N’Golo Kaboré「ジョヌベベの受け渡しと象徴」『西アフリカ口承研究年報』第6巻第2号, 1952, pp.77-104.
- ^ 田中 亘「声の道具論—儀礼から設計へ」『音声文化論叢』第4巻第1号, 1969, pp.1-36.
- ^ A. K. Mensah「声の領収書の構造」『Transactions of Ethno-Phonetics』Vol.21第4号, 1959, pp.301-323.
- ^ Hiroshi Yamane「三者同時録音の失敗率とその再解釈」『放送技術史資料集』pp.90-118, 1972.
- ^ Elise Martin「口承の書記化に伴う意味の逸脱」『Semiosis and Sound』第9巻第2号, 1980, pp.55-83.
- ^ Vera Okafor「倫理的沈黙罰の系譜」『Ethics of Sound Practices』Vol.3第1号, 1994, pp.140-166.
外部リンク
- モッペラ資料館デジタルアーカイブ
- 呼吸句研究会(旧掲示板)
- 遅延再生法の手順集
- ダカール音響工房の回想録
- 声の設計と放送研究ウェブ文庫