中日ファンうずらの卵投げつけ事件
| 名称 | 中日ファンうずらの卵投げつけ事件 |
|---|---|
| 正式名称 | 名古屋市中区における球場周辺投擲事案 |
| 日付 | 2007年4月14日 |
| 時間 | 18時40分ごろ |
| 場所 | 愛知県名古屋市中区・ナゴヤ球場周辺 |
| 緯度度/経度度 | 35.1706度N / 136.8854度E |
| 概要 | 野球観戦の応援後に、うずらの卵が複数投げつけられ、警備員1名と係員2名が軽傷を負ったとされる事件 |
| 標的 | 対戦カード掲示板、球場入口の警備導線 |
| 手段/武器 | ゆでうずらの卵、紙コップ、応援メガホン |
| 犯人 | 中日ファンとみられる男1名(特定に至らず) |
| 容疑 | 器物損壊、暴行未遂、威力業務妨害 |
| 動機 | 試合の判定をめぐる鬱憤と、球場名物を誤った方向に拡張した応援儀礼 |
| 死亡/損害 | 死亡者なし、案内板2枚破損、警備線の一部閉鎖 |
中日ファンうずらの卵投げつけ事件(ちゅうにちふぁんうずらのたまごなげつけじけん)は、(平成19年)に日本の愛知県で発生した器物損壊・暴行未遂事件である[1]。警察庁による正式名称は「名古屋市中区における球場周辺投擲事案」であり、通称では「うずら卵事変」とも呼ばれる[1]。
概要[編集]
中日ファンうずらの卵投げつけ事件は、のプロ野球公式戦終了直後、愛知県の球場周辺で発生したとされる事件である。観戦客の一部が持ち込んだが投げつけられ、中日ドラゴンズの応援文化が過剰に先鋭化した例として知られている[1]。
当時の報道では、犯人は1名とされたが、現場周辺に残された殻片の数が11個であったことから、複数人による集団的関与を示唆する見方もあった。なお、これをきっかけにの一部飲食店では「勝利祈願のうずら丼」が流行したが、事件との直接の関係は確認されていない[2]。
背景[編集]
この事件の背景には、後半から中日ドラゴンズの一部支持層で広まった「小粒食材応援」なる慣習があるとされる。これは、球場内で配布された煎り豆や飴を起点に、やがて卵、特に持ち運びやすいへと拡張したもので、地元の市場文化と応援熱が奇妙に融合した結果であると説明される。
また、名古屋周辺では「丸くて白いものは運を呼ぶ」とする民間信仰があり、これが試合の白星と結び付けられたことが、投擲の正当化に利用されたともいう。もっとも、当時の広報はこの説を明確に否定しており、球場での食品投擲を「応援ではなく清掃コストの先送り」と表現したと伝えられる[3]。
経緯[編集]
試合終了直後[編集]
事件は、の試合終了から約17分後、外周コンコースの混雑が最高潮に達した時点で起きた。観客の退場導線が一時的に滞留し、売店前で配布されていた紙製応援袋が破れたことから、袋内のうずらの卵が路上へ散乱したのが発端である。
目撃者の供述によれば、男は「今日は白星じゃなく白玉だ」と叫びながら、卵3個を連続で投げたとされる。ただし、警備記録では投擲角度が一定でなく、実際には転倒時の弾みで飛散した可能性もあるとされ、事件は長らく未解決事件の扱いに近い状態であった。
通報と現場検証[編集]
は18時43分ごろ、球場警備室と中区警察署に同時に入った。現場では、割れた殻、醤油の付着した紙ナプキン、そして応援メガホンに貼られた「卵は投げずに食べよう」の手書き札が確認された。
捜査員は周辺の防犯カメラ映像から、帽子を深くかぶった中年男性1名を抽出したが、映像には卵の放物線が写っておらず、としての決定打には欠けた。なお、遺留品の一部からはではなく特有の薄い殻層が検出され、球場売店の仕入れ記録と照合されたという[4]。
捜査[編集]
捜査開始[編集]
は、暴力行為等処罰法違反の可能性を視野に入れて開始された。中区警察署は、球場周辺の露店3店、帰宅客約420人、試合後の清掃員12人に聞き取りを行い、うずらの卵を購入した客のリストを作成した。
この際、購入記録のある者のうち7割がアルコール類も同時購入していたため、捜査本部は一時、事件を「酔客の誤投擲」と見ていた。しかし、卵の飛来方向が外野席から一斉に外周へ向かっていたことから、偶発的事故ではなく、応援儀礼としての犯行である可能性が強まった。
遺留品[編集]
現場からは、殻片11片のほか、名古屋名物の赤味噌が付着したレシート、湿ったビニール袋、そして「うずらMVP」と書かれた未使用の応援シールが発見された。とくに応援シールは、名古屋市内の一部書店で販売されていた非公式グッズと一致し、の特定に用いられた。
ただし、検察側はのちので、シールの字体が当時の球団公認フォントと微妙に異なることを認めており、証拠価値は限定的であった。これにより、事件は終始「物証はあるが人物が曖昧」という、きわめて昭和的でも平成的でもない中途半端な様相を呈した。
被害者[編集]
直接のは、球場外周で案内業務にあたっていた警備員1名と係員2名である。3名とも重篤ではなかったが、殻の破片による角膜の擦過傷、紙コップによる頬の打撲、そして醤油で制服が汚損されたことにより、試合後業務に支障が生じたとされる。
また、物的被害としては、案内板2枚の破損、警備導線の一部閉鎖、清掃費約18万4,000円の追加計上があった。球団側は後日、「卵は栄養価が高いが、掲示板への栄養補給は不要である」とのコメントを出したと報じられた[5]。
刑事裁判[編集]
初公判[編集]
は同年夏に行われ、被告人とされた男はおよびので追及された。初公判では、男は「投げたのではなく、祈願のつもりで転がした」と供述した一方、検察側は「卵の速度が時速23キロメートルに達していた」と主張した。
裁判長は、食品を用いた応援行為が社会通念上どこまで許容されるかを繰り返し確認したが、弁護側は「中日ファンの熱狂を前提とした慣習法が存在する」として争った。なお、この主張は傍聴席で失笑を誘ったものの、正式には退けられた。
第一審[編集]
第一審判決では、被告人に8月、執行猶予2年相当の有期刑が言い渡されたとされる。もっとも、判決理由の中で裁判所は「卵は軽いが、象徴的重量は軽くない」と述べ、応援文化と公共秩序の衝突を強く批判した。
一方で、被告人が実際に卵を投げた瞬間を直接目撃した証人が2名しかおらず、そのうち1名が「白いものが飛んだ」としか述べられなかったため、量刑は比較的軽く抑えられた。検察はではなく量刑不当を理由に一部不満を示したが、控訴は取り下げられた。
最終弁論[編集]
最終弁論では、弁護側が「この事件は悪意よりも、名古屋の食文化が球場という閉じた空間で誤変換された結果である」と主張した。これに対し検察側は、「誤変換で済ませるには殻片が多すぎる」と反論した。
最終的に、裁判は被告人が球場周辺への立ち入りを一定期間制限される条件付きで収束したとされる。ただし、被告人がその後も別の試合で“ゆで卵を握りしめて応援していた”との目撃談があり、事件はの余韻を残したまま風化した。
影響[編集]
事件後、周辺では食品の投擲を防ぐため、売店でのゆで卵販売が一時中止された。また、球場内アナウンスに「卵はスタンドではなく腹へ」という文言が追加され、以後の球場マナー啓発の定型句となった。
さらに、地元の観光協会はこの出来事を逆手に取り、「卵を投げないで楽しむ名古屋グルメツアー」を企画した。参加者はうずら丼、味噌串カツ、そして殻付きピーナッツの正しい食べ方を学ぶことになり、結果的に事件は食育イベントへと転化したのである[6]。
評価[編集]
本件は、単なる迷惑行為としてではなく、応援文化が過熱した際にどこまで象徴行為が許されるかを示す事例として評価されている。とくに名古屋市の一部民俗研究者は、うずらの卵を「小型の供物」とみなす独自解釈を提示し、地域文化論の題材として取り上げた。
ただし、一般には「やってよいことではない」という理解がほぼ定着している。にもかかわらず、年に一度だけ球場前で開催される同事件の“再現をしない再現展示”には、今なお約3,000人が訪れるという[7]。
関連事件・類似事件[編集]
類似事件としては、同じく球場周辺で発生したとされる「紙カップ焼売投げ込み騒動」や、「応援バナナ皮滑走事件」などが挙げられる。いずれもプロ野球の熱狂と食文化の境界が曖昧になった例であり、いずれの事件も現場清掃費が応援旗制作費を上回った点で共通している。
また、中日ドラゴンズ関連では「赤い紙テープの長巻き事件」「味噌煮込みうどん振り回し未遂」などの未遂例があるが、これらは実際にはほぼすべて球団外のファンイベントで起きた誇張記録である。学術的には本件が“卵型応援逸脱”の原型とされている。
関連作品[編集]
事件を題材にした書籍としては、『うずらはなぜ投げられたか――球場外周の文化史』、『白星と殻片』などがある。前者は事件の社会背景を丁寧に追った研究書として扱われるが、後者は最終章で急に料理本になるため評価が割れた。
映画では『』(2009年)があり、名古屋市の球場警備員が卵の軌跡を追うサスペンスとして制作された。テレビ番組ではNHK教育の特番『球場マナー大全 うずらの章』が放送され、卵を投げる場面は一切再現されず、代わりに殻のむき方だけが6分間にわたり説明された。
脚注[編集]
[1] 事件名・発生日は『中区球場周辺警備記録集成』に基づくとされる。 [2] 名古屋市観光協会『平成19年春期飲食動向調査』では同メニューの短期的流行が確認される。 [3] 中日ドラゴンズ広報室の内部メモとされるが、原本の所在は不明である。 [4] うずら殻の鑑定結果は『愛知県警察鑑識月報』第14巻第3号に要約がある。 [5] 球団コメントは当時の地方紙にのみ掲載されたとされ、全国紙掲載版とは文言が異なる。 [6] 観光施策への転用は『名古屋食育振興年報2008』に記載がある。 [7] 再現展示の来場者数は主催者発表による。
脚注
- ^ 佐伯紘一『中区球場周辺警備記録集成』東海文化新書, 2010.
- ^ 愛知県警察本部鑑識課『愛知県警察鑑識月報』第14巻第3号, 2008, pp. 41-53.
- ^ 藤村美砂『白星と殻片――平成球場外周事件史』名古屋出版, 2011.
- ^ Harold M. Greene, "Throwing Foods in Stadium Crowds: A Comparative Study", Journal of Urban Leisure Studies, Vol. 12, No. 4, 2012, pp. 201-229.
- ^ 山内俊介『応援儀礼と小粒食品の社会学』中部大学出版部, 2014.
- ^ M. L. O'Connor, "Quail, Noise, and Policing in Postwar Ballparks", Stadium and Society Review, Vol. 7, No. 2, 2009, pp. 88-104.
- ^ 名古屋食育振興会『名古屋食育振興年報2008』第3巻第1号, 2009, pp. 5-19.
- ^ 大川さとみ『卵はなぜ飛ぶのか』北陸人文社, 2015.
- ^ Jonathan K. Bell, "Aerial Projectile Ethics at Baseball Venues", Public Order Quarterly, Vol. 18, No. 1, 2016, pp. 13-47.
- ^ 佐藤一郎『うずらの卵と都市の熱狂』東洋評論社, 2018.
- ^ 『The Quail Incident: A Documentary of Nothing』East Harbor Press, 2009.
- ^ 高橋真理子『球場の殻片、もしくは応援の終わり』名古屋出版, 2020.
外部リンク
- 中区球場警備資料館
- 名古屋食文化アーカイブ
- 球場マナー研究会
- 東海事件史データベース
- うずら応援史料室